格差の証明
カナタがバルガスを退けた興奮冷めやらぬ中、本戦1回戦は容赦なく進んでいく。
そこで観客が目撃したのは、上位ランク者たちによる、文字通りの「蹂躙」だった。
「あはは! 見てよカナタ、あのセツナって子。指一本動かさずに相手を『廃人』にしてる。趣味悪すぎ!」
リセットが指差す先、Bランクのセツナは対戦相手のC級魔導師を、ただ見つめるだけで無力化していた。
相手は自分が何をしようとしていたかさえ忘れ、呆然と立ち尽くしたまま場外へ歩いていく。
「……あいつ、スラムにいた時より権限が強まってるのか」
「そうだよ。この街はギルドの電波が強いからね。彼の『記憶干渉』の精度も上がってるのさ」
そして、反対側のブロック。
元Sランク・ジンの試合は、さらに異常だった。
対戦相手は全身を機械化した重装騎士。物理防御の最高峰。だが――。
ジンがただ一歩、足を踏み込んだ。その瞬間の「踏み込み」の風圧だけで、重装騎士の装甲が紙屑のように弾け飛んだのだ。
「……触れてすらいないのか」
カナタの背筋に冷たいものが走る。
システムに守られた能力者と、システムさえ追いつけない暴力。
『――続きまして、準々決勝・第1試合! カナタ vs 鋼の処刑人!』
休憩の間もなく、カナタの次の試合が告げられる。
相手はバルガスよりもさらに上のランクに位置する、冷酷な暗殺者。
バルガスの敗北を見た彼は、最初から「能力の理屈」を見せない戦い方を選んできた。
「小細工の隙は与えん。お前のペンが動く前に、その喉を断つ」
暗殺者が影に潜み、四方八方から超高速の投擲刃を放つ。
書き換えるべき「本体」がどこにいるか分からない。
「……リセット。これ、インクを多めに使うぞ」
「いいよ、景気よく行っちゃえ!」
(インク充填。代償:50,000ポイント)
カナタは目を閉じ、足元の石畳に直接万年筆を突き立てた。
(追記:この半径10メートル以内において、『影』の定義を書き換える。それは「非実体」ではなく、触れたものを捕縛する「高粘度の泥」となる)
シュッ、と暗殺者が影から飛び出そうとした瞬間。
彼自身の足元の影が、まるで底なし沼のように彼を飲み込んだ。
「な、なんだ……!? 影が、動かん……っ!」
「……見えなくても、そこにある『ルール』さえ変えれば、あんたはもう逃げられない」
影に囚われ、逆さ吊りになった暗殺者の喉元に、カナタは万年筆を突きつける。
『――勝者、カナタッ! 準決勝進出決定!!』
泥臭くも鮮やかなハック。
だが、勝利を確信したカナタの耳に、隣のコートから凄まじい爆音が届いた。
ジンの拳が、準々決勝の相手を闘技場の壁ごと粉砕した音だ。
そしてもう一方では、セツナが対戦相手の「家族の記憶」を弄んで自害寸前まで追い込み、不敵に笑っている。
生き残ったのは、カナタ、ジン、セツナ……そしてもう一人の上位ランカー。
準決勝、第一試合。
カナタは、全身から蒸気を噴き出しながら立っていた。
対戦相手であるB級上位の重力使いを、万年筆のインクを底まで使い切る「ハック」で辛うじて場外へ叩き出した直後だ。
「……はぁ、はぁ……勝った、ぞ……」
視界がチカチカする。ポイント残高も、今の一撃で数百万まで減った。
だが、胸には熱い火が灯っていた。次こそ、隣のコートでこれから戦うセツナを引きずり下ろす番だ。
「あはは、お疲れ様。でも、ゆっくり休んでる暇はないかもよ?」
リセットが、不気味なほど冷めた目で隣のコートを指差す。
準決勝、第二試合。
セツナ vs ジン。
「……ジンさん。君の記憶、楽しみだよ。君のような規格外の怪物が何を考えて生きてきたか、全部吸い出して、僕の宝物にしてあげる」
セツナが不敵に笑い、忘却の庭を展開しようとした、その刹那だった。
――ドォォォォォンッ!!
轟音。そして、会場に響く悲鳴。
何が起きたのか、観客の誰も理解できなかった。
ジンはただ、一歩踏み出し、拳を振っただけだ。
「……あ、……ぁ…………?」
セツナの喉から、掠れた声が漏れる。
彼の展開した防御障壁も、記憶を吸い出す特殊領域も、ジンの「ただの突き」の風圧だけで、ガラス細工のように粉々に砕け散っていた。
ジンの拳が、セツナの腹部にめり込んでいる。
「システムがどうした。権限がどうした」
ジンの低い声が、静まり返った闘技場に響く。
「……お前の『庭』など、俺の歩みを止める芝生にもならん」
ドォッ! と二撃目の衝撃が突き抜ける。
セツナの体から、これまで彼が奪い溜め込んできた「記憶の結晶」が、火花のように溢れ出し、夜空へ霧散していく。
「僕の……僕のコレクションが……! やめろ、やめてくれッ!!」
プライドを完膚なきまでに叩き潰され、血と涙にまみれて地面を這いずるセツナ。
かつての絶対的な強敵は、そこにはいなかった。ただの、惨めな敗北者が転がっているだけだった。
『――勝者、ジン!! 決勝進出ッ!!』
カナタは呆然とそれを見ていた。
自分が追い続けてきた復讐の対象が、自分以外の者の手によって、あまりにも呆気なく、無様に終わった。
「……嘘だろ。俺が、あいつを……俺の手で、あいつに……」
「残念だったね、カナタ。復讐の機会は消えちゃった」
リセットが、カナタの耳元で残酷に囁く。
「代わりに来たのは、復讐なんて言葉が通じない『天災』だよ。あんなのに、あんたのペンが届くわけないじゃない」
ジンが、ゆっくりと首を回し、カナタを射抜くような眼光で睨みつける。
セツナという目的を失い、目の前に残ったのは、システムすら通じない圧倒的な「暴力」の化身。
決勝戦。
カナタは、何のために戦えばいいのか。
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