『もう一つのスタンダード』 バランタイン(12年)
今回は『ジョニーウォーカー』と並ぶスコッチのもう一つのスタンダード、
『バランタイン』です。
我らが小町ちゃんに、ヴァインのおっちゃんも何やら唸っておりますが、
今度は何にお悩みなのでしょうか?
※前回からⅩ(旧ツイッター)での更新報告に瓶とグラスの画像を載せております。
ご興味でしたら併せてお楽しみ頂ければ幸いです。
@jyounai_j9
「…う~ん、ないわねぇ。」
PCに向かいながら、私、飲酒盃小町は頭を抱える。
「…う~む、ないのう。」
テーブルでタブレットをいじりながら同じ様に頭を抱えているのは
異世界のドワーフ、ヴァインのおっちゃんだ。
目下私達は、おっちゃんの世界で『炭酸水』を得る為に、
二人して無い知恵を絞っているのだった。
「なぁに?…『炭酸水』が欲しいのぉ?」
「そうじゃよ、何も酒を割るだけじゃない。
そのまま飲んでもまぁ美味いし、果実なんぞを絞れば女子供も喜ぶじゃろう。
夏に冷えたのを頂いたら、さぞ爽快じゃろうて。
何とか向こうの世界でも手に入る様にしたいんじゃがのう…」
そんなおっちゃんの希望を叶える為、私達の無謀な挑戦が始まった!
(『風の中のすぅ~ばらぁ~♪』…脳裏に流れる例のテーマソング。)
まず考えたのが炭酸鉱泉を見つける事。
うん、軽く考えてたんだよな。
わーくにだと、明治時代に兵庫県の山の中で神戸在住のイギリス人さんが
炭酸の源泉を見つけたの。
今やスーパーやコンビニでも普通に見かける『ウィルキンソン』の炭酸水は
これが始まり。
なもんだから、あっちでもそれなりにあるんじゃないかと
思ったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。
ない事はなさそうなんだけど、どうも飲用に適さない水質だったり、
濃度が足りない、産出量が足りない、運ぶには遠い、と条件が色々難しかった。
今更だけどインフラや輸送って大事なのねぇ。
天然物は無理っぽい事が分かったので、ならば、と作る方を考える。
まず冷水に『クエン酸』を溶かす。
そして『重曹』を加える。
するとシュワシュワっと『炭酸水』の出来上がり!
なんだ、簡単じゃ~ん、とはいかないんだなこれが。
『クエン酸』と『重曹』って、どうやって作るの?
『クエン酸』も『重曹』も、何なら『炭酸水』そのものも、サンプルを
持たせるのは簡単だ。
だけど、サンプルがあったからって簡単に
『はい、こちらが出来上がりです!』とはいかないわ。
3分間クッキングじゃないんだから。
出来るだけ分かりやすく作り方を説明しなきゃいけない。
だけどこれ、中学高校の授業レベルの化学じゃ追っつかないわよぅ!
『A』を作るのに必要な『B』を作るのに必要な『C』を作るのに必要な…
出来るか、こんなもん!
おっちゃんは、と見れば、向こうもすっかり頭が茹で上がっている。
「ちょっと休憩しましょぉ?…冷たい『炭酸水』よぉ。」
「う~む、こいつのせいで悩んでおるんだが…まぁ、有難く頂こう。」
二人してボトルをごくごくと飲み干す。
混じりけなしの炭酸水が心なしか喉に引っ掛かって感じられる。
私達の前途は多難だ。
・・・
調べ物は何ら進展がないまま、気が付けばすっかり夜になっていた。
「あちゃぁ、もうこんな時間。」
今からご飯の用意はちょっとめんどくさい。
しゃぁない、ひとっ走りして何か買ってくるか。
「ちょっと買い出しに行って来るわぁ。
20~30分もかからないから、適当に休んでてぇ。」
「うむ、気を付けてな。」
私は革のボマージャケットを羽織ると、階下に降りバイクを走らせた。
「ただいまぁ。」
「おう、早かったの。」
おっちゃんは大人しくテレビを見ていた様だ。
「テーブルの上、片してちょうだいねぇ…今日は牛丼と豚汁よぉ。
サラダと卵もあるわよぅ。」
「ほう、温いのを持って帰れるのか。
気が効いとるの。」
そういや、おっちゃん牛丼は初めてか。
「そうよぉ、熱い内に食べましょ?」
私は言いながら、卵を割り、かき混ぜる。
「何じゃ? 卵焼くなら台所で割れば良いだろうに…」
どした? おっちゃんは私の手元を見て訝しむ。
まぁいいや、溶いた卵を牛丼にシューッ!超エキサイティーン!!
と、おっちゃんが血相を変えて立ち上がった。
「な、何をしとる!? 死ぬるぞ! 死んでしまうぞ!!」
え? 何、何?
「卵は火を通して食うもんじゃろうが! 子供でも知っとるぞ!?」
あ…。
それかー。
どうやらあっちでも卵の生食は禁忌なんだな。
「…そっちでも生卵は食べちゃいけないもんなのねぇ。
こっちでも生卵を食べられる国は少ないわぁ。
でも、心配ご無用!
わーくには、生卵を!美味しく!安全に頂ける!数少ない国の一つなのよぅ!!」
「な、何じゃとぉっ!?」
「お肉とお米に絡んだ生卵の美味しさと言ったら…トぶわよ?」
「ぬぅ…うぐぐ…」
魔王の誘惑に耐える勇者みたいな顔で苦悶するおっちゃん。
「さぁ、いつまでこの誘惑に耐えられるのかしらぁ?」
私も魔女の様な微笑みを浮かべておっちゃんを誘惑する。
おっちゃんは苦渋の表情で卵をかき混ぜ、牛丼に掛け、そして…
「…うんまぁい。」
一口頬張り、満面の笑みで応えた。
くくく…堕ちたな!
「いけるでしょぉ?
生卵って美味しいのよぉ。」
安全に食べられる事に感謝しなくっちゃね。
「まさか、生卵を食う日が来るとは…しかもそれがこんなに美味いとはのう!」
今日は手料理を作る余裕がなかったけど、こんなんでも満足頂けた様で、
何よりだわ!
・・・
「とりあえず今日はもう、難しい事は一旦忘れて飲みましょうかねぇ?」
「うむ、それが良かろう。
飲むべぇ、飲むべぇ。」
お腹がくちくなって、もう二人とも頭を使う気はなくなった。
私はウイスキーのボトルとグラスに氷、炭酸水を用意する。
お摘みは、軽目にナッツ類の盛り合わせ。
「ほう…凝ったエンブレムじゃの。
それに、濃い琥珀色が美味そうじゃ。」
封を切り、とくとくと注いだグラスをおっちゃんに渡す。
「ちょっと取って置きのを開けたわぁ。
『バランタイン』の12年よぉ。」
そう、この12年、今は終売して10年ものに置き換わっている。
終売直前に買っておいた一本だ。
「前に『ジョニーウォーカー』を飲んだ時、あれが世界で一番売れてる
スコッチウイスキーって話したかしらぁ?
この『バランタイン』は世界で二番目に売れてるスコッチなのよぉ。」
「ほほぅ、世界で二番、とな?
心して頂こう…複雑な香りじゃの。
ドライフルーツ…桃にリンゴか?
シナモンの様なスパイスと蜂蜜もほのかに香っておるかの。
どれ、お味は…柔らかなキャラメル、なめらかなバニラにスパイスの風味。
ダークチョコと優しい花の香りに甘い薫香、長い余韻…
なめらかで芳醇な味わいよのう。」
「ストレートだとピート感はあまりないけど、ロックだと顔を出して
来るわねぇ。」
言いながら、私はグラスに氷を落とす。
「どれ…ほう、成程、甘味が引き締まって、ピートとビターさが強調されたの。」
「ハイボールだと、華やかな花の香りと爽やかな果物感が増すわねぇ。」
「流石は世界で二番、どう飲んでも美味い。
これは良い、良いウイスキーじゃのう!」
おっちゃん、バランタインも気に入ったようだ。
・・・
「この『バランタイン』は12年ものだけど、今は原酒が足りなくて
売ってるのは10年なのよね。
で、『ジョニーウォーカー』だと赤ラベル相当の『ファイネスト』って
のがあるんだけど、まぁ若いと言うか荒々しさが特徴だから、今回はなしね。
ファイネストと10年の間に、お手頃で熟成感もある7年てのもあるわぁ。
で、今はちょっと手が届かないんだけど、17年と、更にその上の
30年があるのよぉ。」
「何と、17年に…30年か!
どれ程芳醇な味わいがする事か…想像もつかんわい…」
うっとりとその味わいを想像するおっちゃん。
「で、何で今回『バランタイン』かって言うとぉ、世界で一番と二番に売れてる
スコッチを飲んで、自分の中の『基準』を持てたらいいと思ったのよねぇ。」
「『基準』とな?」
「えぇ、私にとって一番のスタンダードは『ジョニ黒』なんだけど、
もう一つのスタンダードって言いうのかしら?
私の中ではこの『バランタイン12年』、今は10年だけど、
ウイスキーを評価する時は、この二つを基準にしてるのよぉ。
勿論、良い悪いじゃなく、味や香りの方向性がどうか、って言う事ねぇ。」
「あぁ、何となく分かったわい。
儂も、宝石をどう磨いたり飾ってやったら映えるか、考える時には
基準やら方向性やらがあるからのう。」
…よく分かんないけど、要点は伝わった様だからヨシ!
「…時に世界で一番と二番、と言うたが、『じょにぃうぉーかぁ』と
『ばらんたいん』は何本くらい売れとるんじゃ?」
あ、それ聞いちゃうかぁ。
「…『バランタイン』が930万ケース、『ジョニーウォーカー』が
2160万ケースよぉ?」
「…え~と、930万?…何?」
「あぁ、ケースだから、一箱1ダース、12本入りねぇ。」
「お、おい…ちょ、待てよ!?」
おっちゃん、どこぞのイケメン芸能人みたいな口調で聞き返す。
「因みに、じゃが…こっちの世界って、どれくらい人がおるんじゃ?」
「ざっくりだけど、82億人よぉ?」
「!…ひぇ、ひぇぇぇ!!」
おっちゃん、今まで見た中で一番驚いた顔してたんじゃないかしら。
まぁ、驚くわよねぇ。
・・・
「『バランタイン』は王道と伝統のウイスキーなのよねぇ。」
「『王道』とは大きくでたの。」
「まぁねぇ。
200年近くスコッチの伝統と味わいを守り続けて、1895年には、
イギリスのヴィクトリア女王がグラスゴーの町まで訪れて、バランタイン社に
王室御用達の称号を授与したんだから、王道と言っていいんじゃないかしらぁ。
それにねぇ、バランタインの中でも17年は特別に『ザ・スコッチ』…
『スコッチそのもの』と呼ばれてるのよぉ?
私、水割りはあまり好みじゃないんだけど、17年は水割りが伸びやかで
美味しいって言うのよねぇ…いつか飲んでみたいわぁ。」
「何と、そんな歴史がのう。」
「その瓶のエンブレムも面白いのよぉ。
盾の中に4つの絵が描かれてるでしょぉ?
それは、ウイスキー造りの『4大要素』なのよぉ。」
「ほほぅ。」
おっちゃんも興味深々だ。
収穫したばかりの大麦、原野を流れる清流、銅の蒸溜釜、オーク樽。
誇らしげに描かれた、どれをとっても欠かせない4つの要素がおっちゃんの
目を捉えて離さない。
「大麦は水に漬けて発芽させて、頃合いを見計らって発芽を止めるんだけど、
これはピートを燃やした熱で乾燥させて水分を取り除く必要があるの。
この工程が麦芽にスモーキーな芳香を着けるんだけど…
この発芽の作業、重労働なのよぉ。」
前に飲んだ『モンキーショルダー』の話なんだけど、と前置きして私は続ける。
モンキーショルダーの原酒に使われる大麦麦芽は、『モルトマン』と呼ばれる
職人達が、仕込み水に浸した大麦を床一杯に広げ、空気に触れさせる事で
発芽させる伝統的な『フロアモルティング』で造られているのだが、順調な発芽を
促す為に大麦を数時間おきにシャベルで攪拌させなければならず、その作業が
極めて重労働なのだ。
この作業で生じる肩の痛みを『モンキーショルダー』と呼ぶ事から、
職人達の労力に敬意を表し、このウイスキーの名と共に、ボトルの肩に印象的な
3匹のお猿があしらわれているのだった。
「良い話じゃ…良い話じゃのう。」
「そぉよぉ、何事も長くて辛い苦労や努力が必要なのよぉ。」
おっちゃんも私も、ちょっと涙目になりながら話を結んだ。
・・・
そろそろお開きかな、と洗い物を流しに運んでいた私の目に、牛丼に使った
卵の殻が、ふと目に入った。
卵の殻…あ!
その時、程良く酔いの回った私の脳に電流走る!
私はPCに向かい検索を始めると、おっちゃんに声を掛けた。
「おっちゃん、ちょっとタブレットで検索して!
そっちでは何て言うか分からないけど、『トロナ鉱石』って言うの!
大きな川沿いとか塩分の濃い湖の近く、赤い藻があったり、赤い水鳥がいるとこで
見た事ないかしらぁっ!?」
「急になんじゃぁ?…ふむ、近くはないが、そういう場所はあるし、
こんな石も見た覚えがあるのう…この石がどうかしたのかの?」
ビンゴ!
「それ、天然の『重曹』よぉ!」
「何と! あったか、儂らの世界にもありよったのか!」
おっちゃんの表情が目に見えて輝いた。
私も検索を進める。
確かレモンみたいな酸っぱい柑橘類は向こうにもあるって聞いた。
レモンと卵の殻、卵の殻は炭酸カルシウム…
こっちも、ビンゴォ!
『…発酵レモンジュースをゆっくり沸騰させ、炭酸カルシウムを混ぜて
結晶化させて作ったクエン酸が、酸味料として販売され云々かんぬん…』
やったわぁ!
おっと、サルモネラ菌やらは…75度以上で1分以上煮沸…なら熱湯消毒でおけ!
これでいける!
材料と工程が分かるなら、完成品のサンプルを持たせてそれに近づけていく事で、
いつか同じものが出来るだろう。
おっちゃんの知り合いの錬金術師さんは良い腕だそうだから、会った事は
ないけど、ここは期待させてもらうわよ!
『バランタイン』や『モンキーショルダー』の様に長く厳しい苦労があると
思われた『炭酸水』の問題、これで一歩前進よぉ!
『バランタイン』、てっきり手持ちは10年と思っていたのですが、
終売前に12年を1本買ってあったのでした。
これ幸いとレビューした次第です。
流石『ジョニーウォーカー』と並ぶスコッチの雄、
甘さの中にキレがあり、ピート感は控えめ、長い余韻、と
しっかり個性を主張しつつ美味しいウイスキーでした。
7年や10年を飲んだ事がないので、12年が空いたら買ってみましょう。
ファイネストはややアルコールのアタックが強めで好まれない向きも
ある様です。
これは『ジョニ赤』もそうですから、若いウイスキーは仕方のないところ。
そちらはハイボールで楽しむとして、ストレートは7年くらいからが
良いのかしら?
また『モンキーショルダー』、前回語れていなかった名前の由来をちょいと
足させて頂きました。
城内は『バランタイン』も良いスコッチだと感じました。
好みで言えば『ジョニ黒』の方が舌に合う感じですが、
これはもう好きずきですね。




