2話 ここにいる理由(わけ)
3年前からの構想がようやく形に…。
専門用語 整理
・アラトギリス:王国の名前
前回までのリセーブ。
ホームレスを助ける時に殺されてしまった、日高 橙也。
彼が目覚めたのは箒が空を飛び、鎧姿の騎士が町を歩き、魔物が荷車を引く異世界だった。
そして、街で暴れる怪物に果敢に挑むも再び殺されそうになった時、ヒーローとして覚醒する。
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「ん?何だここ、砂漠?」
橙也が目を覚ましたのは、何も無い砂だけが広がる寂しい世界。
「喉元まで感じる砂の匂いと太陽の痛さ…本物?」
瞬間に、目の前の風景が夜の砂漠へと切り替わり満点の星空が目の前に広がる。
「綺麗……」
目を奪われてしまいそうな自然が作り出した幻想的な空間に感動した直後に、瞬きの間に再び景色が変わる。
ー見上げても上が見えない森の木々達と差し込まれる陽光
ー波打ち際で潮風を感じながら広大な海と砂浜の境界線に足を取られてしまう
ー荒野が作る時と風が作り出した崖が広がる空間
ー豊かな自然と様々な色が織りなす一面に広がる花畑
ー雪と雪山だけの暗い夜の世界を見上げると幻想的なオーロラのカーテンが煌めく
そのどれもが心を打たれる景色なのに、何かが欠けている気になった。
「何だか…すごく寂しいな…」
ポツリ、と呟いた言葉が白い雪に吸収されそうな直後に、青空と反射する鏡の湖へと変わる。
「ここは…?」
先程までの夜景からの陽の光によって、眩しくて目を瞑る。また変わった景色を見渡す。
青空、反射する塩水、果てしなく続く水平線が視界に広がり続けているのを眺めていると、背後から視線を感じて振り返る。
「き、君は?」
……………………
“8”の上に“0”を足した様な金色のオブジェクトが反射する泉に鎮座していた。
そも物体に話し掛けるというのに、橙也は自分自身でも困惑しているのに、つい話し掛けてしまった。
だが、動かぬオブジェクトはとても満足そうに見えた。その直後、地面だった塩水の床がガラスみたく砕け散って橙也は下へ下へと落ちていった。
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「んぇっ⁉︎あっ、ゆ、夢か…はぁ、良かったぁ……」
橙也は冷や汗を掻きながら飛び起きる。
夢の中でもリアルに感じられた記憶は自然の音を高鳴らせる。
「てか、ここ何処だ?ベッドの上に、凄い数の包帯が巻かれてるし…」
見知らぬ天井。裸の全身に巻き付けられた包帯と応急処置の数々。何日間も寝ていた時と同じ怠さ。
突然、自分が異世界に来て『仮面ライダー』になって戦った記憶が鮮明に思い出される。
「ガタガタと物音が聞こえたと思ったら漸く起きたか」
「アルバートさん、どうも。おはようございます、この傷跡ってもしかして?」
「まだ気分は夢の中か?出会った時のお前の素っ頓狂な顔とそっくりだ。夢でも何でもまーた死んだのか?」
橙也は包帯だらけの身体を摩ると痛みはないが、死んだ時の記憶と初めて血だらけになりながら無茶をした記憶が呼び起こされる。
それに、アルバートは少し溜息から神妙な顔になる。
「お前、あそこで何してた?あの姿は何だったんだ?」
「見てたんですね…やっぱり、夢じゃなかったか…」
橙也は冗談混じりに笑ってやり過ごそうとするが、一瞬で背筋が凍る。
その正体とは、俯きながらも鋭い眼光を橙也に飛ばすアルバートのものだった。
「お前は自分がああいう風モノになれると知って、店からいなくなったんだよな?」
「………知りませんでした」
アンバートは静かにだが、確かに怒っていた。橙也も昔に叔父さんに怒られた時に、こういう風に怒られたのを思い出す。
「お前は死ににいったのか?それとも死ぬのが趣味なのか?」
「えっ、いやっちがっ!そんな訳ない、人を救おうと思って!!」
「だったら、態々死にに行く様な真似をするなッ!!」
アルバートはベッドの近くにあった机を思いっきり叩く。自分の手も痛いだろう勢いでの大声と物音で、橙也は肩を縮こませる。
「でも、だからってもっと人が死んでたかも…」
「それなら自分の命を換算に入れろ!今、お前が此処にいるのは向こうの世界で死んだからだろッ!家族や友人は今頃どうしてるか考えろッ!!」
ぐうの音も出ない言葉に橙也は膝に置いた拳を握り締める。
あの時に確かに自分はヒーローになれると思い上がっていた。今、思い返してみれば、自分は元の世界ではどうなっているのか。
今頃は葬式でも執り行われているのか、それとも身体ごとこの場にあるのか。
「俺はお前があの時に死んでいたら、きっと自分を許せなかっただろう。若い奴が死に場所探す真似なんざするな…」
「…………」
年上の父親くらいの人間から漏れ出たであろう言葉に、橙也は軽率だった行動を戒める。
「次に『何度死んだって』なんて二度と口にするなよ。人間、一度死んだら終わりだ」
「分かりました…すみません…」
酷く暗い空気になったのを感じたアルバートは扉を開いて、裏に隠していた物を投げ渡す。
「傷も治ったんだったら、それ着て地図にある場所に行ってこい。まあ…その、言い過ぎたとこはあるが…本当に心配の説教だ」
「洋服と地図?、それに身元引受証?」
「この王都に住むんだ。簡単な手続きだが、住民登録しとかないと衛兵にしょっ引かれるぞ」
シャツにジャケット、新しいズボンとそれに丁寧に書かれた地図。目的地には『ギルドハウス』と書かれていた。
「あと、お前の身元は俺が預かる事にする。一度でも説教しちまったからな、帰る場所位にはなってやる」
「分かった。本当にありがとう、アルバートさん」
「あっ、あぁ…何だ聞き分け良くてビックリするな。
アルバートは照れ臭そうにしながらも、聞き分けの良い橙也に少し肩透かしを喰らってしまった。
本来はもっと口論になるかと覚悟していたつもりだったが、包帯を付けたまま服を着て出掛ける支度をし始める位には本人も思う所があった様子だった。
「俺は少し呑みに行くから暫く店にいないから帰って来たら安静にしてろよ。あっ、あと2日も寝てたんだから腹減ってると思ってパンが置いてあるからな」
「何から何までありがとうございます!」
「それと堅苦しいのは辞めたいから、帰った時に砕けてろよ」
アルバートは着替えを待たずして、家を出て行った。
橙也は最初に倒れていた階段を降りて、一階の店側に置かれたパンを頬張って2度目の異世界の扉を開けた。
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橙也が渡された地図を頼りに歩き出した街は、必死に走った最初の頃に感じられなかったワクワク感があった。
日本とは全く違う建物や風景に、海外旅行にでも来た気分だった。
だが、街には人が少ない。出店にも店の軒先にも“居ない”というよりも何処かへ集まっている風だった
すると、道の先。地図を見ると大通りの方から愉快な音楽が鳴るお祭り騒ぎだった。
大通りであろう道には人の壁と頭上よりも高く掲げられた国旗と聞き馴染みのない楽器の演奏が行進に合わせて進んでいた。
「すっごぉ!!すいません、何かお祭りですか!?」
「ん?あぁ、勇者御一行様がお帰りになったんだ。凱旋パレードで丁度最後の旗振りが通り過ぎた所だよ」
「えっ、もっと早くに起きれば良かったぁ…。超楽しそうだったのにぃ!」
気さくで太ったおじさんが丁寧に教えてくれる。地団駄を踏んで落ち込む橙也を見て、気さくなおじさんは笑った。
パレードの喧騒はドンドンと遠のいていき、床に散った紙吹雪を残して各々の日常生活へと戻っていく。当然、説明おじさんも何食わぬ顔で歩き去って行った。
国の核であり最も巨大な建造物・アラトギリス王城。
先程、凱旋パレードを経て帰還した勇者御一行を迎えるべく、城門には多くの兵士が立っていた。
「魔王討伐の長旅ご苦労様でした、勇者様」
「帰還した、労いの言葉は結構。王に会いたい」
城門を前に荘厳な鎧とマントを付けた勇者は、白馬から降りて王都に着いて初めて地に足を着けた。
そして、重厚な兜を脱いだ勇者の素顔は、光を透き通らせる白髪をした麗しい少女だった。
「厳しい旅を経ても尚、お美しいです。
「世辞は良い。それよりも、早く王と会いたい」
「それは…只今、王は先日の街で起きた魔物事件への対応に追われておりまして…」
勇者である少女の名は、ジェーン・E・ナイトシェード。齢17にして世界最強の剣士として魔王討伐をした勇者の名である。
彼女は目の前の臣下に問い詰める様に迫る。
それと、彼女の素顔が現れるのと同時に、馬から降りていた青年と少女が勇者へと話しかける。
「んだよ、王に会えないのかよ。とっとと済ませたかったけど…まあ、あの王様に労い貰ったってしゃーないしな」
「俊熙様、そういう風に言ってはいけません。分かりました、私は教会に帰ってから仕切り直します」
1人は、紅 俊熙。勇者パーティにおける武闘家であり、武術最強国家である東方地域で若くして推薦された青年。
もう1人は、シスター・アネモネ。孤児でありながら、先天性の類稀なる神秘の力によって16歳にして選ばれた王都二大宗派の次期教皇長。
「それじゃあ俺は適当に王都をぶらつくわ。報告が終わったら国に帰るし観光でもしながらな、じゃーな」
「私は王都に彼を案内してから別れます。………勇者様、いえ王女殿下、また日を改めて失礼します」
俊熙とアネモネは、共に長旅をした勇者であるジェーンに対して大した情もなく別れる。
「(あのアネモネってシスター。若いけど、ナトリア教会の人間だろ?勇者様が穢されてないと良いが…)」
「(それにあっちは東方地域の人間だろ?噂じゃ、向こうの王は剣一本で魔王幹部を斬り伏せた蛮族国家らしいじゃん)」
「(東方地域ってのは夢見てる奴が多いがおっかねぇ場所なのかよ、お〜怖っ!)」
噂好きの兵士のヒソヒソ話すらも、勇者は耳に入っているのに何も言わない。仲間への誹謗中傷も無関心・無感情な様子だった。
2人の偉大な戦士が帰っていく姿を、城門に取り残された臣下も兵士も酷く淡白な別れに茫然としてしまった。
「あの…そういえば、賢者の方はお見えになりませんが…」
「彼ならば旅先で死んだ、以上だ」
「それは心苦しく思います。暫くした後に大規模な葬儀を取り行いましょう」
臣下は空気を取り繕うとしても、彼女の口から語られた仲間の死は呆気ないものだった。
戦死した仲間に涙などなく、淡々と状況の報告に兵士達もどよめく。『魔王を倒した勇者』という少女の目は何処までも黒く濁っていた。
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橙也は『ギルドハウス』と書かれた大衆食堂の方な建物に来ていた。
壁には物騒な貼り紙。客もハロウィンの仮装かと思える重そうな鎧や魔法使いのローブを着た人々が情報交換していた。
普通の洋服で入るのが場違いだと思えて窮屈に感じながら、奥にある受付カウンターへと緊張しながら向かう。
「こんにちは、住民受け付けの方でしょうか?」
「はい、ここに最近越してきまして。家主から登録が必要だと伺いましたので」
「この紙にサインと後で少しのテストがありますので分からない事があったらお聞き下さい」
身元引受証を渡すと、代わりに長々とある事務的な手続き書類に慣れない羽根ペンを渡される。
受付嬢は興味津々な目で橙也を見つめていた。
「あの…東方地域の方ですか?」
「にほ…そうですね、東方地域から来ました」
「やっぱり!髪色とか顔とかペンが使い慣れてないとか東方地域の人特有なんですよ!」
受付嬢は橙也が東方地域と聞いて、目を爛々と輝かせて声が上擦っていく。
「私、実は勇者パーティーの武道家さんを受付した事があって東方地域の方だったから貴方もかなって!」
「あはは、俺は諸事情で来ただけなんで何にもないっすよ」
熱い眼差しに狼狽えながらも話を切り上げようと、さっさと書類に記述を終える。
「記入ありがとうございます。それでは、此方のパンフレットとテストの御準備をお願いします」
「学力測定に…身体測定テスト…魔力測定?」
「はい、王都では住民登録に、冒険者申請も兼ねてまして。丁度、これからテストがありますので頑張って下さい」
受け取った用紙に目を通しながら奥の部屋へと通される。
橙也は学校の見慣れた教室風景にも似た部屋へと入る。視界に入った一番後ろの席に座るが、周りを見渡すと『The ファンタジー』の衣装を着た同年代か上の人達がテストを心待ちにしていた。
「それでは、時間になりましたので用紙をお配りします。テストですが生活の基礎の基礎なので緊張せぬ様に。では、始め!!」
ーー約1時間後
「学力測定の答案をお返しします。既に、ギルド登録済みですので結果だけを確認して下さい」
「………0点。マジかぁ」
橙也は返された答案に肩を落としていた。
それもその筈で彼には答えようの無い問題ばかりだった。
『Q1.王都アラトギリスと首都は?』
『Q2.北西部のラクリエント地方の特産物を3つ以上答えよ』
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『Q49.グランディディエント・ドラゴンが吐くブレスで最も警戒しなければならないのは?』
『Q50.王都アラトギリスの現国王の名前をフルネームで記述せよ』
「知らないし答えられないのは当然だけど。0点は落ち込むなぁ…。せめて、選択問題ならなぁ…」
橙也は初めて見た0点の答案用紙に肩を落としながら次のテスト会場へと場所を移す。
今度は、ギルドハウスの中庭へと場所に出る。
「次は体力測定です。一般の方は力を抜いて、冒険者の方はしっかり全力で取り組んで下さい」
筋骨隆々なトレーナーが弾け飛びそうなバルクをワイシャツのボタンとサスペンダーにムチムチと押さえ込み待っていた。
「体力測定か〜。学校では上ノ下って感じだったしいけるだろ」
「それでは、準備が出来た方から番号と名前を言って開始して下さ〜い」
橙也は学力測定の結果から挽回すべく、準備運動のストレッチを入念にする。
周囲は自分だけが洋服で、他の人は新人冒険者らしく重そうな装備や装飾品を身に付けていた。
結果はというと…。
「マルアンナさん 7.02秒」
トーヤさん 12.8秒」
「ぜひぃ…ぜひぃ…ぜひぃ…」
100m走は同時に走った女子に大差をつけられてしまう。しかも、相手は重い鎧を付けた女子に。
「ハルソンさん 52kg
トーヤさん 36kg」
「んぐぅおおぉぉぉ!!だあぁぁぁぁ!!!」
握力測定では、パワー系とは思えない魔法使いの男の子に完敗する。
負けた相手は、橙也よりも腕が細身なのに何処に力があるのかと疑いたくなる。
「オリバーさん 132回
トーヤさん 48回…って大丈夫ですか?」
「おえぇ…無理……皆、凄す…ぎぃぃぃ……」
反復横跳びは自分よりも年下の男の子に完全に倍の数字を見せつけられて、追い付こうと必死で無理して倒れた。
橙也は異世界(約)2日目にして分かった事がある。異世界の人は基本的に現代日本人より倍以上強いという事に。
「最後に、魔力測定です。このオーブに手を翳すだけで魔力が測れますので直ぐに終わりますよ」
体力測定で既にボロボロの橙也は、わざと最後に並んで他の人の様子を見る。
魔力というよりも『魔法』は少しだけ興味があった。漫画や映画で見たあの魔法を使えればな〜、なんて異世界に来た時から少し夢を抱いていた。
「ほっほっほ、ジェイミーさんは、綺麗な赤。とても良い魔法使いになれるのう
エミリーさんは、白い色。僧侶職にピッタリじゃ。
アレックスさんは、淡いオレンジ色。あまり魔法適正はちと薄いのう」
髭を蓄えた中腰のお爺さんが、オーブに触れて輝く色で次々と判別と解説していく。
十人十色、という言葉通りに誰一人として同じ色がなかった。
「最後は、トーヤさん。オーブに触れてみて」
「はいっ!!」
「おぉっ、これは………全くの無反応。魔法適正0、残念じゃが基本魔法すらも再現負荷じゃな」
橙也はオーブを前にその場で膝から崩れ去る。オヨオヨと涙を流して落ち込む姿に、お爺さんが肩を叩いて慰める。
せめてもと思っていた魔力測定が今後の魔法の道が崩れ去った音がした。
「トーヤさん、総合判定ですが“Gランク”となります」
「G……ランク…」
「冒険者として、とても厳しいですが日常生活では問題ないので来年のテストお待ちしています」
渡された住民カードには『G』の文字が大きく書かれていた。
全てにおいて、この場にいる人達よりも下回っているのに酷く落ち込みながらギルドハウスを後にしようとした時。
「すみません、先程の東方地域の方ですよね!」
「そうですけど、さっきの受け付けの人」
「あのですね、ここら辺では『ナトリア』っていう教会には気をつけて下さいね…。少数派宗教なので勧誘にはお気をつけを…」
受付嬢はそれだけを言って、すぐさま定位置へと帰って行った。
何だったのかと頭を傾げて外へと出る。
「はあぁぁぁ…やっぱ、テストでこんな成績出した事ないからスッゲェ落ち込むな…マジで辛ぇ…ん?」
胸元を弄るとジャケットの中に、コインが数枚と紙が入っていた。
『登録終わったら買い食いでもして帰って寝ろ』と書いてあったのは、硬貨価値は分からないが素直に買い食い出来るだけはあるだろう。
「ふふっ、何から何まで有難いなぁ」
アルバートからの優しさに触れて、気分が回復したついでに美味しそうな匂いがしそうな場所へと足を運ぼうとした直後に。
「また胸騒ぎ…これって!!!」
橙也は胸のざわつきが強くなる方へと再び走り出す。
そして、最も強くなった場所では冒険者が数人で怪物へと挑んでいた。
「何で王都に魔物がいるの!?」
「分からないがサポートは任せた、行くぞ!!」
「俺の斧を喰らえぇぇぇ!!!」
大通りの真ん中に、ワニの様な頭にゴリラみたいな丸太の様な太い腕を地面につけてら後ろ足は鹿の形をしたキメラ生物。それも例えで出しただけでそれぞれが全くの別物。
そんな怪物を複数人が取り囲んで果敢に挑んでいた。
「ファイア!ファイア!ファイア!!」
「このッ!喰らえッ!ハアァ!」
「コイツ、鱗がバカみてぇに硬えぞっ!俺の斧が刃こぼれしちまってる!!」
何もせずに立っているだけの怪物は無抵抗であり銅造のように鎮座していた。
火炎魔法に、鍛えられた剣、重鈍な斧がその身に襲うが無傷。寧ろ、攻撃した側の腕が疲弊して、大男の斧が砕け散った。
「俺の斧が…クソゥ、硬いワイバーンの肌でも切り裂けんだぞっ!」
「ダメだッ!俺の魔力を込めた剣でも通じない…今までこんな事なかったぞ!!」
「ねえ、魔法が効かないのもおかしくない?ここまで何も通らないなんて本当に魔物なの!?」
この3人だけではない。ハンマーの衝撃も、槍や矢の切先も、雷や氷魔法も全てが意味を成さず、数十人の冒険者達は困惑し口々に「ダメだ」と呟く。
瞬間、怪物の目が光った気がした。獲物を狩る野獣の瞳が捉える前に、橙也は走り出し叫ぶ。
「変身ッ!!!」
冒険者達が諦めて気を緩んだ直後に、割り込んだ橙也………仮面ライダーが不意打ちの様に振り上げられた怪物の拳を受け止める。
頭上から振り下ろされた腕は想像以上の威力で、受け止めた側の足元に大きくヒビが走った。
「ぅぐぐぐぐっ!!重いっ!ッダァァ!!」
「嘘だろ、何だこの威力!?」
「それに何なのっ!?化け物が2匹目!?」
怪物の一撃は、まるで隕石でも衝突したのかと思う威力であり冒険者達がたじろぐ。
変身した橙也は、何とか距離を取ろうと身を捩って腕の圧迫から抜け出す。
「早く逃げてッ!危ないからッ!早くッ!!」
「グゴォォォォォォ…………」
怪物から静かに喉奥から出される唸り声は身の毛もよだつ声に背筋が凍る。
冒険者達は怪物の唸り声を聞いて蜘蛛の子を散らす様にして逃げ出す。
お陰で、仮面ライダーからすれば闘い易くなった。逃げ出す最後の1人が目の端に映った直後に、怪物の大きな鰐の口が獲物の身体を影を作り出す。
「っぶなッ!!何なんだ…よ…」
顎が閉じる間一髪の所でバックステップで避けたと思った瞬間、追うものとしての瞬発力が外したのも獲物に牙を剥く。
「ちょっ!まっ!あぶなっ!
「ガゴァァァァァアアア!!!!」
後ろへ、右へ、左へ、跳んで、しゃがんで、避けた先へと自慢の顎が追ってくる。
振り下ろしただけで地面にヒビを入れる腕が鹿子足の跳躍に合わせて跳んで来る。5本の指が細かい方向を器用に制御して、蹄の足が踏み締める力を底上げる。
「何だ、アイツ…。凄え下手くそな戦い方だな、平和ボケしたド素人の動きだ」
騒ぎを聞きつけて、勇者パーティの格闘家・俊熙が屋根の上から観察していた。
見た事のない怪物とヘンテコな鎧を着た男の戦いは武術家すれば見るに耐えない酷いものだった。
「避けるので、精一ぱ…ヤバっ!!?」
橙也の避けるのに必死だった足がヒビ割れた窪みに引っ掛かりバランスを崩す。
怪物はその瞬間を狙っていたのか浮いた左足に噛み付かれる。そのまま、何度も暴れられ歯が喰い込んだ足から多量の血が噴き出す。
更に、ワニのデスロール態勢へと移り変わる。
「ッッッッッッツゥァァァ!!!!離せぇッ!!」
「グヲォォォォンッ!」
声にもならない悲痛な絶叫が左足を骨まで噛み砕こうとする顎に、反対の足で蹴り上げる。
怪物は怯んで後退り、橙也は背中から地面に叩きつけられる。
「ッハァ!ハァ!ハァッ!!」
痛みで動悸がおかしくなる。目の奥が血走って抉れるみたいな痛みが走る。
それよりも、左足が怪物の牙が食い込んだ跡から血が噴き出ている。目は涙で滲んでいるのに、マスクはそんな顔を見せさせない。
動かせない足を庇う様にして立ち上がった時には、怪物は体勢を立て直しつつも顎への一撃から警戒している。
「(やっぱり…コイツらには俺の攻撃が効く…。でも、さっきの我武者羅な一撃で距離を取ってる…)」
怪物の頭には、目の前の弱った獲物を仕留めるか、それとも危険から敵から逃走して獲物を探すか。
橙也の方も、危険を承知で向かってくる怪物に一撃を喰らわすか、逃げ出す方へと全力を出すか。
どちらも一撃で死に、逃げれば(逃せば)終わる。生きるか殺すかの2つの命の“生の選択”は瞬きの間に決まる。
「グッ、オオォォォォォォ!!」
怪物は橙也から逃げ出し走り出す、と見せかけて跳び上がる。細かく挙動を操れる5本指が巨大な図体を急カーブさせて顎を斜めにして噛み砕こうとする。
「待ったぜ、その一撃ッ!その考えッ!!」
わざと怪我をした左足に軸足をずらして地面へと倒れ込んで、怪物の体が頭上を飛ぶ。
すかさず、両手で地面を蹴り上げて右足を光らせて溜めた一撃を宙に舞っている胴体へとクリーンヒットさせる。
「ライダァァァキィィック!!!」
カウンターキックと同時に気合いを入れた叫びは、左足の傷口から血を更に噴き上がらせる血管の痛みすらも歯を食いしばって力に変える。
脅威を脅威のままにせず、安寧を手に入れようとした怪物の体は地面に喰いしばれずに、そのまま吹き飛んで爆発と共に塵になる。
「は、ははっ、勝ったぁ…」
キックから上手く着地出来ずに、地面へ倒れた橙也は変身が解けて、元の人の姿へと戻る。
天を仰ぐ様にして、辛勝を噛み締めながら死ぬか喰われるかの賭けをした心臓が鳴り止むのを待った。
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満天の夜空になった頃に、橙也はアルバートが待つ家へと帰る。
「ただいま〜、帰りました〜」
「遅いッ!って、お前その足どうした!?」
「また戦う事になっちゃって…。えへへ、勝った、よ…」
ボロボロで血だらけの穴だらけのズボンに布を巻き強めに付けて引き摺りながら、帰ってきた橙也は貧血で倒れた。
ここまで、まともに動かせない片足で進んできた分で帰りが遅れてしまった。
「またコイツは…。さっさと2階のベッドで寝かさねぇと…」
「夜分遅くにすみません!ナトリア教の者です。重症人がコチラに向かっているとお知らせが!!」
アルバートにもたれかかる様にして、気絶した橙也の次に入ってきたのは、シスターを2人引き連れた勇者パーティのアネモネだった。
To be continue…‼︎
2話目にして、登場人物が結構増えましたが、
冒険者の名前は覚えなくて良いです。