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観客の熱狂は頂点に達していた。
「ワドコイン!ワドコイン!」
その声はライブハウスの壁を震わせ、俺の頭の中まで響いてくる。
リーダーは高揚感に満ちた表情で俺に近づき、再び囁いた。
「さあ、ラストソングだ。この曲で成功率を100%にするんだ。」
俺はリーダーの目をじっと見返した。
「これが完成したら、何が起こるんだ?」
リーダーは不敵に笑う。
「君が歌った曲と共に、新しい経済の秩序が生まれる。それこそが、このワドコインだ。」
「新しい秩序…」
その言葉に背筋が凍る。俺が歌い続ければ、この熱狂が現実に変わってしまう。それが何を意味するのかはわからないが、良い結果にはならない気がしてならなかった。
「次の曲名は…」
リーダーが手を広げ、観客が息を呑む。全員が俺の一言を待っている。
だが、俺の中で葛藤が渦巻いていた。このまま彼らの思惑通りに動くのか。それとも、この場を壊すべきなのか。
次の瞬間、俺は深く息を吸い込み、マイクを握り直した。
そして――
「ラストソングは…『真実のリセット』!」
その言葉を聞いた瞬間、リーダーの顔が凍りついた。
「な、何だと?」
観客がざわつく中、俺は強引に即興で歌い始めた。
バンドメンバーも一瞬戸惑ったが、俺の意志を感じ取ったのか、即座に合わせて演奏を始める。
--イントロ--
ガシャーン!
(激しいドラムとギターの音)
壊せ、壊せ、この幻想を!
真実を取り戻せ!
--Aメロ--
光る画面に囚われて、
聞こえない声がある!
目を覚ませ、この世界で、
自分を取り戻せ!
--サビ--
リセット、リセット、真実の灯を、
手に入れろ、今ここで!
偽りの未来はいらない、
自由を掴むその瞬間!
観客の中に動揺の波が広がる。誰もがスマホを見つめていた手を下ろし、ステージに向ける視線が疑問と不安で揺らいでいる。
「何をしている!?やめろ!」
リーダーが叫びながらスタッフたちに指示を出し、ステージに向かって駆け寄ろうとする。だが、俺はさらに声を張り上げた。
--ブリッジ--
「気づけ!これはお前の未来じゃない!」
俺は観客に向かって叫ぶ。
「本当の自由を選べるのは、お前たち自身だ!」
観客の一部が拍手を始め、次第にその勢いは会場全体に広がる。
その時、スクリーンに映っていた「成功率」の数字が逆回転を始めた。
「92%... 81%... 65%...」
リーダーが完全に動揺しているのが見て取れる。
「だめだ、止めろ!これ以上は…!」
俺は最後の力を振り絞り、マイクに声を叩きつけた。
--アウトロ--
ガシャーン!
(音楽が最高潮に達し、静寂に切り替わる)
スクリーンが一瞬白く光り、その後、完全に真っ暗になった。会場に漂うのは、静まり返った空気と観客たちの困惑した表情だけだった。
俺はマイクをゆっくりと置き、リーダーを見据えた。
「終わりだな。」
リーダーは何かを叫びたそうにしていたが、声にならなかった。観客の何人かがスマホを床に置き、出口へ向かい始めるのが見えた。
俺はステージから降りると、観客たちの間を抜けて静かに会場を後にした。
外の空気は冷たくて澄んでいた。遠くで朝日が昇り始めているのが見える。
全てが終わったわけではないかもしれない。でも、少なくとも今は自由だ。
俺は深呼吸をしながら、再び歩き出した。