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嬉しい誤算

ふたりの転生令嬢の嬉しい誤算〜幸せの先の幸せな時間〜season3

作者: パル

お読み下さりありがとうございます。

嬉しい誤算シリーズ第三弾になります。

第一弾season1、第二弾season2は

異世界恋愛のジャンルにて投稿しております。

言葉足らずの内容など、シリーズ内で

解決していきたいと思っております。

※ご都合主義作品となりますので、

あしからずご容赦下さい。


(人•͈ᴗ•͈)♡いつも、誤字脱字報告をいただき

ありがとうございます。m(_ _;)m




 この世界は、乙女ゲーム『花の乙女』通称『花乙』の中である。

 ゲームの世界へ、私が悪役令嬢のユリエルとして転生してきたのは今から20年前のこと。

 そして、この世界へと転生してきたのは、私だけではなかった。


 ゲームの舞台であるジーンダス国立高等学院へと入学し、私はヒロインのルシアと出会った。

 ヒロインである彼女は、ゲームの中の彼女と同じで、可愛らしい容姿をしていた。

 しかし、彼女もまた私と同じように前世では日本人だったと知る。



 そんな、ルシアと初めて会話をしたときのことは、今でも記憶に新しい。


 あの日、私は可愛らしいピンクの封筒を受け取ると、『放課後に裏庭で待ってる』この世界に来て初めて見る日本語の懐かしさに(内容はさておき)心を震わせた。


「どうして入学するまでに、レイシュベルトと婚約していなかったのよ! 悪役令嬢に転生したアンタには、不幸しかないんだから!」


 ゲーム通りならば、この国の第二王子のレイシュベルト殿下と私は幼少期に婚約をしていた。けれども、私と彼が婚約を結んだのは学院で二学年へと進級してからである。その為、乙女ゲームのオープニングを迎える入学式からの1年間は、何事もなく日々が過ぎただけだった。

 それを知った彼女も、ゲーム通りの人生を歩めずにいたことで納得出来ずに私を呼び出したのだろう。

 彼女からの第一声に驚きはしたが、話を聞けばストレスを溜め込んでいる様子に同情し、彼女もこの世界の中で懸命に生きてきたことが窺える。


 それからというもの、ルシアはヒロインとしてのゲームの役割を全うするかのような言動をしてくるようになった。

 私の姿を視界に捉えると、急ごしらえで即席イベントを作るようになったのだ。

 最初の頃は、私に何かしら言葉をぶつけた後で、彼女はこちらの様子を窺うような表情を浮かべていた。

 その度、彼女に応えるように悪役令嬢として振る舞えば、毎回私の発する言葉をわくわくしながら待つようになった。

 そんな彼女とのやり取りは、その場で瞬時にアドリブ対応をする私からしてみれば冷や汗ものだ。


 前世で途中までしかプレイしていなかった私に、ルシアは色々と教えてくれた。

 ゲームでは、学院の卒業式に第二王子のレイシュベルト殿下が、その婚約者であるユリエルに婚約破棄を言い渡すということだった。

 しかし、私と彼女がストーリーを変えてしまった為か、この世界においては前日の予行練習のときに婚約破棄のイベントが発生した。

 見込み違いや読み外れのために、ゲームのエンドには無いエンディングを迎えたわけだ。


 その後の私達は、悪役令嬢とヒロインという役割を終え、先の未来へと進み始めている。


 それは、ゲーム終了後の未来ではなく、私と彼女の誤算により訪れた筋書きのない未来だ。




◇◇




 学院を卒業してから、半年後。

 私は、婚約者のマービラウスことランスとの結婚を前に忙しい日々を送っていた。


 二歳年上のランスは、グロウェル公爵家の長男だ。私は、ユリエル・シフォンガイ。シフォンガイ侯爵家の長女として生まれたときから前世の記憶を持つ転生者である。


 グロウェル公爵家へ輿入れする私も、結婚準備で忙しい日々を送っていた。でも、約一月後には大好きなランスと夫婦になれると思うと、今の私の気持ちはマリッジブルーって何? いやいやブルーじゃなくてピンクの間違いでしょ? と言いたくなるくらい幸せだ。

 ずっと、遠い帝国へと留学していた彼とは、5年間も会えなかった。その間、私は彼と婚約解消していると思っていたのだ。が、なんと! 婚約は継続されていた。それを知ったときには愕然として、時が止まったかのようだった。……夢か現か? そんな感じ。ずっと、ランスのことが好きだった私は、彼の手を取り、これからは何があっても絶対に手を離すもんかと心の中で誓った。






「ユリエル・シフォンガイ様。お待ちしておりました」

「お久しぶりです、ネイローズ様。今日は、お招き下さってありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は必要ないですわ。マリーノラ様も、先ほど到着したばかりなのよ。早く中へ行きましょう。お話したいことが沢山あるの」


 第三王子の婚約者であるネイローズ様からのお茶の席への招待に、学友であるマリーノラ様も一緒に招待されると、学院時代の話に花が咲く。中でも、卒業式で私がランスにエスコートされて登場したことを今更ながら根掘り葉掘り聞かれる。

 貴族の令嬢である私たちの、お茶の席は情報を掻き集める場でもある。ランスと私の披露宴に招待している2人は、この場で私から聞き出した内容を披露宴の席で美しく語るつもりだろう。


「そうだわ。ユリエル様にお聞きしたかったことがありますの」


 腰まである金色の長い髪を耳にかけ、赤茶色の瞳が好奇の眼差しを向けてくる。ネイローズ様から聞かれたのは、私とルシアの関係だ。彼女が疑問に思うのも頷ける。学院の裏庭にルシアから呼び出されたとき、私達の会話を書面にしてくれたのは彼女だ。

 その日、私は初めてルシアと会話をしたのだが、ルシアが口にした言葉は転生前にプレイしたゲームの内容だった。それも、会話の中に出てくる登場人物の名は、この世界での身近な人物の名ばかりだ。それなのに、当時の彼女は私に何も聞き出すことはしなかった。


「ルシア様と私は友人です。といっても、ちょっと変わった関係の友人と言えばいいのでしょうか」


 転生者仲間って言えるはずもない。ならば、友人として彼女達には話しておくのがいいだろう。


「ふふっ。友人ですか? たくさん嫌がらせをされていたのでは?」


 ……く、苦しい。横からジャブを入れてくるとは。

 おどけるようにクスリと笑みを零し、ぷるんとした可愛らしい口が弧を描く。口の左下にあるホクロが色っぽいさを増して、すこぶるセクシーだ。マリーノラ様にそう言われても仕方がない。学院では、いつも彼女と一緒にいたのだ。故に、彼女は毎回ルシアの即席イベントの場に居合わせていた。


「実は、ルシア様の嫌がらせには理由があったのです。詳しくはお話できませんが」


 目を伏せそう言葉を返すと、2人は納得した表情で顔を見合わせた。

 多分、ランスと私が婚約していたことで、レイシュベルトと私の不仲をルシアと私で演じていたと思ったのだろう(勘違いだけどね)。「詳しく話せない」を王族絡みと解釈したようだ。


「それでしたら、ルシア様もユリエル様の披露宴にも参列されるのでしょうか?」

「招待状は用意しているのですが、公爵家との披露宴に平民であるルシア様をお誘いしてもいいのかと」

「グロウェル様には相談されました? 直接お聞きしてみた方がいいと思いますわ」


 ごもっとも。確かにそうだ。そうなんだけど……なんとなくランスには聞きづらくて、ずるずると問題を先延ばしにしてしまったのだ。

 列席して下さる方々が、上位貴族と平民との関係性を聞いてくるだろうし、何らかの意思表示を示してくるだろうと思う。一番の理由は、公爵家の披露宴の席に平民が、ということ。グロウェル公爵夫妻に迷惑を掛けてしまうのは、目に見えて分かりきったことだ。

 だからといって、ルシアを呼ばないという選択肢は無い。彼女とは学友ではないが、私は合縁奇縁の仲だと感じている。日本人同士、転生した者同士、ゲーム登場人物としての立ち位置にしてもそう。彼女とは、思いもよらぬ不思議な縁で結ばれていると思う。そして、なぜだかは分からないが、これからもその縁は続いていくような、切ってはいけないような。言葉にすれば曖昧な表現しか出来ないのだが、そんな気がするのだ。だからこそ、この世界に来た者同士の彼女には、お互いにゲームの内容から外れた結末の、その先への未来を見定めて欲しい。

 しかし、まさか自分でもここまで持ち越すとは思っていなかった。大きく息を吐き出すと、早い内にランスに相談しなければ、と自分自身自分を急かすことにした。





 最近のランスは、以前よりも口うるさくなったと思う。彼曰く、留学前の私が原因だと言う。「俺の話は最後まで聞くこと」確かに、ランスと会話をしているときに、話の腰を折ることが多いかも? 「話を急かさないでくれ」彼といるときは、ついつい本来の私が顔を出してしまうのだ。(日本人は、せっかちなのよ! 世界でNo.1なんです)と言いたくなるが。「急がず焦らず優雅に」公爵夫人となるための家庭教師の先生に言われると、ぐうの音も出ない。


 彼は、留学先から帰国後すぐに国際最高魔法裁判官としての仕事を始めている。それと同時に、次期グロウェル公爵となるために爵位継承の勉強も始めた。時間があるときは、父親であるグロウェル公爵当主と執務室へ籠るように教えを受けるという日々が続いているらしい。


 そして今日は、ランスは一日休暇を取ると、早朝から我がシフォンガイ侯爵家へとやってきた。

 今日は、仮縫いが終わったウエディングドレスの試着をする日なのだが。

 

 昨夜、なかなか寝付けずにいた私は、いつもの時間に起きることが出来ず、「もう少しだけ」と思い、寝返りを打とうとした。

 ……体が重い。寝返りが打てず、体の重みに目が覚める。「またか」と思うと眠気眼を擦り欠伸をする。彼は、休暇の日に我が家へとやって来るのだが、私が起きるより早く来て隣で寝ている。

 腹部に置かれている腕をどかすと、パチリと目が開かれる。


「まだユリエルを堪能しきれていない」


 せっかく退かした腕を、また私の腹部の上から腰に回し抱きつかれる。


「わざわざ一緒に寝なくても、来た時に起こしてくれればよかったのに」


 隣に顔を向けると、切れ長の目に長い睫毛の下から覗く薄紫色の瞳が細められ、額の上に唇を押し当てられる。

 艶のあるシルバーアッシュの髪が私の顔に掛かると、ふわりと薄いムスクの香りが心地いい。

 彼の唇が離れると、ニヤリとする顔に見惚れる。


 顔が良すぎよ。私だって満更でもないのに、彼と一緒にいると霞んでしまう。こんなに美しいランスがゲームの中で攻略対象ではなかっただなんて……。


 じっと彼を見ていれば、みるみる顔を赤くして、柔らかな表情から不快だと言いたげな表情へと顔を変える。


「見過ぎだ。……俺がどれだけ我慢しているのか解っていて見つめているのか?」

「はぁ。いくら見ても見たりないのよ。外見が良すぎているのが悪いわ」

「ユリエル。結婚式まで待てそうもない」

「……ランス。留学中も頑張れたのだから、残りひと月頑張れるわよ」


 ガバッと掛け布団を剥ぐと、ランスはシュンとした顔で起き上がり、私を恨めしそうに見つめる。

 そんな彼に後ろから抱きつき、「大好きよ」そう呟くと、彼は柔らかな表情を取り戻した。




 お針子たちが家に訪れると、仮縫いが終わったドレスを着る。私の周りをくるくる回る彼女達は、ドレスの所々にチェックを入れながら体のラインと合わせているようだ。

 その様子を、目の前のテーブルで頬杖をつきながらから、早く終わらせろと言わんばかりの顔で見ているランス。刺すような彼の視線に、お針子たちは顔面を蒼白にし汗だくで作業を続ける。可哀想に、冷や汗ダラダラだ。


「披露宴の招待状は出し終わったようだが、出し忘れはないか? 全て出したなら義父上に最終人数を確認してシフォンガイ侯爵家の招待者数を会場に報せようと思う」

「えぇ。……でも、1人だけ……招待しようか悩んでいる人がいるの」

「悩んでいるなら招待すればいいだろう。なぜ悩む必要がある?」

「学友だった彼女は、平民なのよ。同じクラスではなかったから、彼女を呼んでも話せる人がいないと思うと……」

「それなら、直接本人に確かめればいいだろう。その人と同じクラスだった友人と来てもらうのでもいいし」

「直接か……。そうね、そうする。……でも、いいの? 公爵家の披露宴に平民を呼んでも」

「気にするな。何と言われようが構わない」


 次期公爵となるために人脈作りにも精を出している彼は、招待客の人となりを見るのに丁度いいと言って、平民である友人の招待を良しとしてくれた。






 次の日。私は、ジーンダス国立高等学院へやってきた。

 学院長室で理由を話し、彼女の住む街を教えてもらい馬車を走らせる。石畳の道を過ぎると車輪の音がカタコトと鳴る。車窓から外を見ると平坦な道はまだまだ続きそうだ。


 王都から南へと、2時間くらい馬車に揺られ小さな町に着く。彼女の家はパン屋を営んでいると聞いてきた。

 馬車が停車したのは、木の板にパンの絵が描かれている看板を軒下にぶら下げているお店の前だ。買い物を済ませたお客様がバゲットを片手に店の扉から出てきた。その後ろから薄茶色の髪を三つ編みでひとつに束ねた女性が、見送りにでてくる。

 女性は、店の前で停車している侯爵家の馬車を興味津々に覗き見る。その姿に、私は馬車から降りるが、降りたときには既に女性は店内へ戻ったあとだった。

 扉を開くとチャリンとベル音が鳴る。「いらっしゃい!」元気よく客を迎える声の方へ視線を向ける。すると、先ほど馬車を覗いていたルシアとそっくりな顔をした女性が立っていた。


「ルシア様のお母様でしょうか?」

「まぁ、ルシアのお知り合いの方ですか?」


 質問を質問で返されたが、ルシアもこんな感じだったと思い「はい」と答える。彼女に会いに来たことを告げると、学院を卒業してから家には戻らず、近くの仮住まいに住んでいるのだと母親が言った。




 教えてもらった住所へと馬車を走らせると、家の隣にある庭で洗濯物を取り込んでいる彼女の姿が見える。


 車窓から見るルシアは、歌を歌いながらふわりとしたウェーブがかったピンク色の髪を揺らしている。澄んだ紫色の丸いパッチリとした瞳が日差しを浴びてキラキラと輝く。学生時代の頃と変わっていない彼女の可愛らしい姿に、「ふふっ」笑みが溢れる。


 馬車から降り、声をかける。振り返った彼女の可愛らしい顔が、一瞬で驚愕の表情へと変わる。


「ユ、ユリエル? どうしてここに?」

「ルシア様に会いたくて、お母様に場所を教えてもらったの。これ、お母様からよ」


 そう言って、彼女の母親から預かったパンを渡す。


「信じられないわ。母さんったら、貴族の令嬢に配達なんかさせたの?」

「まぁまぁ。私だって前世では庶民でしたのよ!」

「ハハッ、そう言ってくれると助かるわ!牢屋行きにならなくてよかった」





 彼女に促され、家の中へと入室する。カントリー調のような部屋にほんわかする。

 淹れたてのお茶を出されると、私は披露宴の招待状を彼女に差し出した。


「一月後に、結婚することになりました。是非、ルシア様に列席していただきたくて」

「結婚って、卒業式にユリエルをエスコートしていた、あのイケメンと?」


 彼女の問いにコクリと頷く。


「でも、旦那様になる方って公爵家の令息だって聞いたけど」

「えぇ。そうよ」

「来てほしいから、招待状を持ってきたのよ」

「行くわ!」


 さすがルシアだ。披露宴をタップリ堪能するわと喜んで(意気込んで)上位貴族が集まる披露宴を楽しみたいと頬を染める。

 ゲーム通りだったならば、彼女は将来王子妃となり、たくさんの催し物に参加していたはずだ。


「ねぇ、旦那様になる彼とは、いつ知り合ったの? 卒業式の日から気になっていたのよ」


 澄んだ紫色の丸い瞳で何かを期待しているような眼差しを向けてくる。

 うんうん。分かる。気になるよね。ルシアも知らない彼の存在。彼女が知らないということは、ゲーム内ではモブにもなっていなかったのだろう。 


 彼女の期待の眼差しに答えるはずが、ランスとの出会いからの私の人生を意気揚々と語ってしまった。

 こんなに話をしたのはいつぶりだっただろうか。彼女の前では気を張らずにいれる。というよりも、昔ながらの友人のような感覚にさせられる。


「あっ! ルシア様。もしかして、今チャーム(魅了)を発動していませんか?」

「はぁ? していないわよ! 卒業式に停止したから、もう発動できないわ。ユリエルが勝手にペラペラ話しただけじゃない」


 本当は、チャームの発動を自ら停止していたことは王妃殿下から聞いて知っていた。

 先日、ランスと二人で結婚式の招待状を持って登城したときのことだった。帰り際に王妃殿下付きの侍女様から声をかけられると、王妃殿下の下へと呼ばれたのだ。ランスを待たせている間に知らされたのがルシアのチャームのこと。


『チャームを停止したところで――』


 それと、もう一つ。レイシュベルト殿下の有責で婚約破棄となったときに、賠償として受け取ったイシュタール領地のことだった。


『……長く領主を不在にさせてしまったイシュタール領を発展させるように。これは必須です――』


――必須とは?

 王妃殿下の言葉に、私は首を傾げた。


 どうして、王妃殿下はイシュタール領を発展させたいのだろうか? それに、イシュタール領をグロウェル公爵家へと丸投げしてはならない、そう言っていた。発展が必須だと思うのならば、世間知らずの小娘なんかに任せずに、グロウェル公爵家で管理してもらった方がよっぽどいいのでは? そう思っても、王妃殿下へ口に出すことなど出来ない。私は、ひとまず疑問を残したまま笑顔で了承し、その場を去ったのだ。


 物思いに耽っていると、ルシアが呆れ顔を向ける。


「ねぇ、気になることがあるんだけど。ユリエルの彼氏は何の仕事をしているの?」

「彼の仕事? 国際最高魔法裁判官よ」

「……やっぱり」

「やっぱり? って、何が?」

「ねぇ。私は、ゲーム内で彼を見たことはないのだけれど、彼のことを知っているわ。そうだったのね……彼が……」


 頭の中に疑問符が乱舞する私をそっちのけで、彼女は両手で包み込むように持っていたカップを置き、テーブルの上にある焼き菓子に手を伸ばす。心ここにあらずと言わんばかりだ。


「……ねぇ、何がそうだったのか言ってから自分の世界に意識をとばしてよ。 それで、ルシアはランスを知ってるのね?」

「うん。でも、それで分かったわ。貴女がレイシュベルトになびかなかった理由が」


 レイシュベルト殿下になびかなかった理由が分かる? そんなのどうでもいい。聞いているのはランスの情報だってば。 

 眉を引き寄せ眉間に皺ができた私の顔に、ルシアの視線が焼き菓子から戻ると、テヘっと舌を出す。


 やっと話しだしたのは、彼女のゲーム情報だ。

 ルシアは前世で、『花乙』全ての攻略対象とのエンドを回収したらしい。本当ならば、その後でレアルートに進められることができるのだ。でも、彼女はこちらの世界に来てしまったことでレアルートをプレイ出来なかった。


「レアルートの隠しキャラが国際最高魔法裁判官なのよ。でも、名前や容姿までは分からなかったから……」


 語り始めと一転して、ルシアは半ベソをかくかのような表情で話し終えた。


「そう、ならランスはレアルートって中の隠れキャラだったってこと?」

「うん。ユリエルの彼、メインヒーローのレイシュベルトよりイケメンなんだもん。それ以外、あり得ないでしょう。今更だけど、卒業式のときに、じっくり見ておけばよかったわ」


 ランスは、『花乙』の隠れキャラだったのか。だからといって、あの容姿だ。今更驚きはしないけど。


 それと、先ほど思い出した王妃殿下の言葉も気になり、ルシアに卒業式でチャームを停止した理由と情報を尋ねる。


「婚約破棄されたときのユリエルの表情を見て、目が覚めたの。私は、無理にゲーム通りにしようと思っていたのね。でも、貴女のように、この世界で私らしく過ごして行けばいいだけじゃん? って思ったら、気持ちが冷めちゃって……。卒業式が始まったときにチャームを停止したのよ。そしたらね――」


 卒業式の後でマクウェルズ・スターリンドから婚姻の申し出をされたらしい。チャームを停止したときの状況はまだ語られていないのに。まぁ、次回でいいか。女子トークに恋バナは必須だからね。

 ……何を思い出したのか、今度は頬を真っ赤に染めて、もじもじしだした。


「マクウェルズ・スターリンド? 同い年のスターリンド伯爵家の令息は、リックウェルズだったわよね?」

「リックウェルズは双子なのよ。彼が兄で、マクウェルズが弟なの。マクウェルズは、スターリンド伯爵家の三男だったから、家も継がないし。次男のリックウェルズみたいにレイシュベルトの側近になりたくなかったらしく、学院では伯爵家の令息なのに一般科のクラスだったの」

「……じゃぁ、私にルシアからの封書を持って来たのは――」

「ふふっ。マクウェルズよ」

「不思議だったのよ。彼が低姿勢だったから。違う人物だったとは驚きだわ」


 その彼は、学院に入学しときからずっとルシアの支えになってくれていたのだという。

 今は、まだ結婚とまではいかないが、半同棲の生活をしているらしい。騎士団に所属している彼は、王都にある騎士団の寮とルシアとの家を行ったり来たりしているのだとか。


「私たちも落ち着いたら籍を入れるつもりよ」


 そう話すルシアの顔は、とても幸せそうな表情だ。


 


 帰り際に扉に手を掛けると、私はルシアに振り返る。


「ねぇ、ルシア。私達、良い友人になれると思うのだけど?」

「やだ、ユリエルったら! 私達、既に友達でしょう? それに、気づいてないの? 話の途中から、ユリエルは私をルシア様じゃなくてルシアって呼んでいるのよ。ふふっ、可怪しい」


 やっぱり、この感じだ。彼女との言葉のやり取りは、とても気分が良くなる。毎回、突然ルシアの言葉に振り回され、アドリブで悪役令嬢の言葉を返していたことが思い出される。


「そうだった。既に友人だったわね。じゃぁ、披露宴で会えるのを楽しみにしているわ」


 そうルシアに返すと、彼女は「うん!」と頷き、とびきりの笑顔を見せた。




◇◇◇




「ルシア。忘れ物はないか?」

「うん。全て荷馬車に積んだわ」

「ここからだと、3時間以上の移動距離があるからな。トイレは大丈夫か?」

「あっ、行ってくる!マクウェルズ。ちょっと待ってて」


 学院を卒業してから1年後。

 今日は、待ちに待った引っ越しの日。マクウェルズと卒業後から半同棲していた我が家とも今日でお別れになる。古い家を改良していた私達の新しい住まいが完成したのだ。


 パン屋の一人娘として生まれた私の名前はルシア。この世界にヒロインとして生まれた前世の記憶を持つ転生者である。

 学院を卒業してから婚約を結んだのが、スターリンド伯爵家三男のマクウェルズ。学友だった彼からプロポーズされた後でお互いの両親から了承を得ると、私達は直ぐに半同棲生活を始めた。了承を得るまでが大変だったが――。


「お待たせ! マクウェルズは大丈夫?」

「あぁ。じゃぁ、出発するぞ」

「うん!」


 一見すると可愛らしい守られ系のキャラに見える彼は、実は激しい性格の持ち主である。普段は見た目通りワンコっぽい。

 馬車を走らせ始めると、ふわりとした薄茶色の髪が柔らかく揺れ薄紫の瞳がキラキラと輝き少年らしい表情で……めっちゃ若く見えるんだよねー。「チッ!」


「ルシア! 今、舌打ちしたな!」

「してないよ?」

「絶対した!」


 自分では気づかなかったが、たまに舌打ちをするときがあるらしい。マクウェルズに指摘されてからは、気をつけるようにしている。「もうしない」と言った数日後、無意識に舌打ちをしたら、罰を与えてくるようになった。食事で、嫌いな物を一品完食しなくてはならない刑……結構キツイ。


「してないよ。チュッ」


 とりあえず、ほっぺにチュウで無かったことにさせるのが手っ取り早い。


「つ、次からはカウントするからな」

「してないってー」


 そんな彼とは、籍を入れてまだ一週間しか経っていない。実は私たち、新婚さんなのです。


 王都から南に進んだところに住んでいた私達は、今から3時間掛けて北東に進む。どうして、そんな離れた場所に引っ越すのか? それには理由があって。まぁ、ユリエル絡みなんだけど。







 ユリエルの披露宴の席に参列してからというもの、彼女は度々我が家へと足を運んでくるようになった。



 その日は、ユリエルがマービラウス様と共に我が家に訪れた。

 家の扉が外から開かれると、ひょっこり横にした顔だけを扉から出したユリエルが――。緩く編み込まれたストロベリー色の髪は垂れ、蜂蜜色の瞳が見えないくらいに目を細め、不気味にニタリと微笑んでいる。


「ひぃっ!……ユリエル。びっくりさせないでよ!」

「披露宴ではルシアとゆっくり話せる時間がなかったから。連れて来ちゃった」

「だ、だからといって、毎回突然過ぎるのよ!  扉前で、「ルシア〜居る〜?」とか言いながら返事を待たずに開けるだなんて、最中だったらどうするつもり?」

「あー。ごめん。じゃぁ、続けて! 終わったら呼んでくれる? 外で待っているわね」

「な、なんてこと言うの! 全く、旦那様にきちんと夫人教育するように伝えたいわ」

「ん?  居るわよ?  隠れキャラ、連れて来ちゃった」

「な、なんでー! は、早く言いなさいよ」

「先に連れて来ちゃったって言ったじゃない」

「突然の訪問で申し訳ありません。披露宴の席ではご挨拶もままならず、ユリエルの夫でマービラウス・グロウェルと申します」


 ……ぅっ……眩しぃ


「グロウェル様、ようこそお越し下さいましたわ。こちらまで、遠かったでしょう。直ぐにお茶をお入れ致しますので、狭苦しいところですが、どうぞ気軽にお入りくださいね」


 初めての隠れキャラとの会話は、そんな感じの挨拶だったような。

 まさかのマービラウス様の来訪に、私は鼻血が出そうになった。……あれはあれで、ユリエルは大変だわ。あんな美しい人と、毎日顔を合わせるだなんて私なら絶対無理。

 たまたま、その日はマクウェルズも仕事が休みの日で、家に居たのが幸いだった。マクウェルズにマービラウス様を押し付けて、ユリエルと庭のテーブルでお茶を飲むことにした。


「ルシアは、今後どうするか決まってる? 結婚とか子育てとかじゃなくて、将来設計は考えているの?」


 会話の中で、ユリエルから突然尋ねられたのは、『将来』についてだった。


「将来設計か。考えているにはいるんだけど……。学院に通っていたころに、治療院でバイトをしていて、薬を作っていたの。今も週に二日は王都へ行って薬の調合もしているわ。将来は、自分の商売に出来たらいいなと思ったの。でも……」


 この国では、薬はとても高価なものだ。王都に治療院は一軒しかないし、そこでしか薬は購入できない。数が少ない薬は、自ずと貴族が買い占める為に高額になる。


「そう。でも?」

「うん。調べてみたら、この国で薬を扱う商売は平民だと無理なのよ。でも、そのことを調べながら分かったことがあって、薬を作るだけじゃだめだなって」


 私が学院の入学式を欠席した日、母さんが火傷を負った。そのとき私は、治癒魔法を行使して母さんを治療できた。でも、私が魔法を使えなかったら? 神殿で祈りを捧げるだけだったのでは? たまたま私が魔法を使えたからの結果だ。一般的な平民の家庭であれば、医者に見てもらうお金はない。薬を買うお金もない。

 ならば、平民にも薬が買えるようにしたい。医者に掛かれるようにしたい。そう思うと、薬を作る以前の問題なのだと考えたのだ。


「……色々考えてみたんだけど、違うことを考えなきゃって思っていたところよ」


 そもそも、治療院が王都に一軒しかない理由とは、貴族でなくては治療院を開業できない為だろう。だって、好き好んで治療院を開業する貴族はいないのだから。


「そうなのね。問題は爵位ね。了解」

「こればかりはね。……ん? 了解?」

「どうしてヒロインだった貴女が後ろ向きの姿勢なの? 爵位なら授かればいいだけの話でしょう?」

「はい?」

「大丈夫よ。私に任せて! そうね、7日後くらいに、また来るわ」

「任せって、どういうこと? それに、暇だからって、そんなに来なくていいわよ」

「ルシア、私が暇なわけないじゃない。嬉しいって、素直に言っていただきたいわ」


 ユリエルがそう言った後で、マービラウス様が彼女を迎えに庭に出てきた。マービラウス様から差し出された手に彼女が手を重ねると、二人は我が家を後にした。


 二人の様子は映画のワンシーンのようで、その光景に見惚れてうっとりとする。


 ……あっ。うっとりしている場合じゃないわ。


――私、言ったよね?

  違うことを考えなきゃって




 それから7日後。

 先日、ユリエが告げた通り我が家へやって来た。 

 扉を開くと、彼女とマービラウス様が扉前で立っている。今回、一緒にやって来たのには、どうも理由があるらしい。


 話たい事があるという二人と、マクウェルズと私。この日は4人でテーブルを囲むことになった。


 二人が話す驚きの内容に、マクウェルズと私は困惑する。話のスケールの大きさに、二人には返事を待ってもらうことにした。


 二人が帰ったあとで、先ずはマクウェルズと話をまとめることにする。

 それはマービラウス様との会話の話から始まった。


「ユリエルが、レイシュベルトの有責で婚約破棄となったときに、賠償として受け取ったイシュタール領地の管理をしないか? から話が始まったわよね?」

「あぁ。それには爵位が必要だから、イシュタール伯爵となって欲しい、ってことだった」

「その為、伯爵となるのに一度スターリンド伯爵家からグロウェル公爵家の養子になり、グロウェル公爵家からイシュタール伯爵位を叙爵する流れになると言っていたわね。そして、伯爵となったマクウェルズと私が婚姻をするにあたり、私にも爵位が必要となるから、準男爵位を叙爵させるって」

「うん。ルシアの準男爵位を授かるための内容は、平民からジーンダス国立高等学院へ特別枠で満点合格し首席で卒業、治癒魔法の使い手、学生時代には既に聖女のような志を持ち休暇中には国民の為に薬を作る日々、その行いは卒業した今も継続中。って感じの内容だったな」

「うん。その内容で、二人の爵位獲得に向けて国王陛下に謁見の手続きをするから、問題ないって言っていたわね」


 問題ないと言われても。恐ろしい内容だ。聞いといてなんですが、この話って私達のことですよね? そう聞き返したかったくらいだ。


「でも、どうしてマービラウス様が、こんな発想を?」

「発想は、ユリエル様らしいよ。マービラウス様は夫人の願いは全て叶えることを目標にしているって」

「うわー。溺愛ルートだわー」

「溺愛ルートって?」

「なんでもないわ。それよりも、マクウェルズは話を聞いてどう思ったの? 転職って簡単に言うけど、騎士は続けて行きたいのでしょう?」

「ルシア、そのこともマービラウス様が言っていただろう。騎士団を新たに設立するって」


 そうだった。イシュタール鉱山と領地、領地民を護るために騎士団と警護隊を新たに設立するという話だった。

 ここまでは、マクウェルズの騎士としての人生は確保されている内容だ。問題は、そのあとのユリエルの話だわ。彼女の考える未来設計だ。


 ユリエルの話は、王妃殿下と彼女の話から始まった。


「以前、王妃殿下からイシュタール領を発展させるようにって言われたのだけど、やるなら私の好きに発展させたいなって、思って色々と考えてみたの――」


 王妃殿下からそう告げられ、外出時では馬車の車窓から外の様子をよく見るようになったとユリエルが話す。気づいた点をメモを取っていくようになったのだとか。

 そうしていくうちに、辿り着いた問題があった……貧困問題だ。

 例えば、この国では治療院が少なく、薬の必要性が低い。それなのに、貴族は病にかかれば薬を求める。対照的に平民はというと、神殿へ祈りを捧げに行くのだ。というのも、薬代が高く平民は買うお金がない。その為、神殿で祈れば病が治癒出来ると信じて足を運ぶしかない立ち場に基づく考えをしているのだ。

 学校も同じように、貴族のように頭を使わないから必要ない。でも実際は、学校の数が少ない。学校に通わせる高額なお金がない。そういった意識形態から相対的貧困となっているようだ。


 それと同時に、絶対的貧困の問題も大きい。王都でも、スリが多発しているという。調べてみると、ほとんどが親から捨てられた子供たちだ。自警団によって捕らえられた子供達が連れて行かれる最終の場所は、孤児院だと聞いたが。孤児院でも、子供を保護出来る数は多くない。その為、成人にも満たない子供達が、孤児院から出される。そして、食べていくのに困った子供達は、また犯罪を繰り返すのだ。


「それを基に、私が考えたのは工場をいくつか作ること」

「工場?」

「そうよ。職場を作って、お金を稼いで、稼いだお金で生活する。生活の基盤を作りたいと思ってるの。工場に勤める人達の家、買い物をする店、病院……色々必要になるけど。つまり、その考えを整わせるために、ルシアの知識と情報も活かしていきたいと思っているのだけど」

「私の知識と情報?」

「うん。日本での記憶よ。私達は、記憶が基になっているから、この国の色々な疑問に気がつけるでしょう? 疑問から問題、問題から解答へと頭の中で導くこと、同時に打算的に行動することができる。利益を領地の運営に回すことで領民の暮らしが向上する」

「なるほど。スケールが大きいわ」

「うん。一人では、無理だけと、ルシアと私の知識を出し合えば、たくさんの思いつき、閃き、そこから私達ができるものをチョイスしていくことで、失敗も少ないと思うの。ルシアの将来設計と内容は違うかも知れないけど、考え求めついた先は同じだと思って。難しく考えなくてもいいわ。私とルシアがゲームを進めることを楽しんだように、街づくりも楽しく進めていければいいなって、先ずはヤル気が必要だからね」



 そう話した後で、彼女が帰りに告げた言葉が頭を巡る。


「なにがしたいのか、なにができるのか。出来れば、充実した日々を送りたい。この世界に生を受けた理由が分からないのならば、自ら使命を与えればいいだけよ」


 乙女ゲーム。ルートを進み、エンドを回収し、楽しい時間。でも、この世界にきて、知ったのは、画面上では見えない部分だ。


 平民といっても、裕福な人もいれば貧困に苦しんでいる人もいる。数少ない治療院。低い衛生概念。学校で学ぶことができない子供達。向上心のない社会。視界に映る場所だけでも分かることが多い。

 微々たることしか出来ないかも知れないが、少しでもこの国へと貢献したい。そう思い始めていた。ユリエルも同じことを考えていたなんて驚きだ。


――したいことと、できること……か……






 爵位を叙爵するために、王城へと向かう。

 公爵家の大きな馬車に乗り、対面に座るユリエルと車窓から景色を眺めていればキツネの親子が視界に映る。「キツネがいるわ!」と言うと、ユリエルがどこにいるの?と車窓から顔をだす。よく見えないと言いながら、身を乗り出す彼女。


「危ない!」


 慌ててマービラウス様がユリエルの腰を両手で支える。

 その二人の姿に吹き出す寸前で私は両手で口を押さえる。公爵家の若夫婦のこの姿。大金を注ぎ込んでも、他では見ることは出来ないだろう。本人たちは大真面目だろうが、はたから見れば滑稽すぎだ。

 冷淡な顔のマービラウス様が、慌てふためく顔は見ものだ。柔らかな表情を見せるのは初めてだ。彼はユリエル相手だとこんな表情をするのかと、そのギャップに見入ってしまう。


「ルシア、今から城門を通過するわよ。一人だけ、ルシアが良く知る人物が門前に立っているわ」


 ユリエルの言葉に城門に視線を向けると、マクウェルズが私の後ろから車窓の外を指差す。

 指の差す先に視線を向ける。数人の兵士を一人一人見て行けば「あっ!」後ろを振り返る。一瞬、マクウェルズが兵士として立っていると錯覚しそうだった。私の奇声に驚いた薄紫色の瞳が大きく見開かれている。


「リックウェルズ様だわ」

「うん。そうだよ。正解」


 マクウェルズとそっくりな兵士は、彼の兄のリックウェルズ。二人は、双子の兄弟だ。よく似ている二人だが、マクウェルズの瞳の色は薄紫色。兄のリックウェルズは薄翠色をしている。


「でも、どうしてリックウェルズ様が門兵を?」

「レイシュベルト殿下の側近だったからね。主を正すように導こうともしなかった側近の3人も、お咎めなしとはいかなかったのさ」

「マクウェルズ。どうして、教えてくれなかったの?」

「ごめん。でも、3人とも反省期間を設けられただけだから――」


 私の問いに、マクウェルズがユリエルを見る。彼の視線に応えるように、ユリエルは眉尻を下げマクウェルズへと気遣わしげな表情を浮かべた。


「私は、登城の際に何度かお見受けしております。ルシアは知らなかったのでしょうか」

「はい。ルシアには言っておりませんでした。もう、関わることもないだろうと思っていましたし、兄たちの罰も3年間という短い期間で済みましたから。軽い罰で済んだのも、ユリエル様が国王陛下に進言して下さったからだと兄から聞いております。ありがとうございました」

「いいえ。わたくしは事実をお話ししただけですわ。彼らの擁護などは一切しておりません。ですので、お礼には及びません」


「私のせいでもあるわ。彼らに謝罪したい」

「ルシア、彼らは王子の側近だったんだよ。そういう立ち場でありながら、王子がユリエル様に失態を晒すことを止めなかったんだ。自分らが蒔いた種だ、自分で刈り取るしかないからな」

「そうね。ルシアと私が、次に彼らと会ったときに、変わった私達を披露することで良いんじゃない?」


 ユリエルとマクウェルズにそう言われ、私は車窓から見えるリックウェルズに向かって頭を下げた。




 馬車は速度を落とし、しばらくすると停車する。完全に止まったところで馬車の扉が開らかれ、最終地点となる城の前で私たちは降り立った。


 上品なドレスに身を包み、緊張する私を隣でクスリと笑うマクウェルズ。彼は何度か足を踏み入れたことがあるという目の前の大建築物。……城だ。


 私は空を見上げるように、その建物を見上げる。後ろに倒れそうになるほど、真上に顔を上げるとようやくてっぺんが見えた。目の前で見るとこんなに大きかったのね。


 マービラウス様とユリエルの後ろをマクウェルズとついて歩き、着いたところは謁見の間。


 扉の前で深呼吸を繰り返す。彼の腕に絡めた緊張している私の手をマクウェルズが空いている方の手で重ねて握る。

 彼の顔を見上げれば、「大丈夫だよ。行こう」ふわりと柔らかに笑みを見せる。私は頷くと、扉の中へと足を踏み出した。


 視線の先では、国王陛下と王妃殿下、並んで王太子である第一王子の姿も見える。爽やかな印象の第二王子であるレイシュベルトに似ているが、金色な髪は長髪で、少し垂れている目が優しげのある雰囲気を醸し出している。

 跪き頭を垂れる私達に、陛下から頭を上げるようにとお言葉を賜わり、私はゆっくり頭を上げると玉座を見上げた。






 マクウェルズと半同棲していた我が家を後にしてから3時間後。着いたところは今日から住まう我が家だ。


 イシュタール伯爵当主となったマクウェルズと私を歓迎して、家の門からズラリと並ぶ使用人の多さにびっくりする。

 

 挨拶を済ませると、開かれている伯爵家の扉から中へ足を踏み入れた。

 広いエントランスに驚きが隠せず、ぐるりと首を回す。

 その様子に、執事のルーベックが眉尻を下げる。


「古い建物でしたので、お気に召さないときは改装いたします」

「大丈夫です。とても気に入りました」


 さすがユリエルだ。彼女に任せて正解だった。アンティークの内装は、とても癒される。マービラウス様に伯爵家を建て替えると言われたのだが、建築されてから100年以上経っていると聞いた私は、そのままの邸で人が住める状態にして欲しいとお願いしたのだ。


 それと、邸の門から続く長い家までの道の途中に、30畳くらいの広さがある事務所を建てた。ユリエルと私の仕事部屋だ。


 用意していただいた昼食を済ませると、私は仕事部屋へと向かった。木々が並ぶ石畳の道を散歩しながら門へ向かって進む。途中で右の脇道に入れば馬車が乗り降り出来るように作られたロータリー。その奥にあるカントリー風の建物が仕事部屋。


 扉を開けると新築の木の香りに癒される。直ぐに仕事を始められるようにと、ユリエルが先に揃えてくれた部屋の中を見回せば、扉を開く鈴の音がした。


「ルシア。着いてる?」

「うん。今、着たところよ」


 大きな袋をぶら下げてユリエルが入室してくると、甘い香りが漂う。

 二人で開業祝いをしよう、といってお土産を買ってきたのだと彼女がニカッと微笑む。私は、早速お茶の用意を始めた。


「ルシア、お茶がぬるいわ。せっかく人気のチョコレートを買ってきたのよ。お茶で口の中を温めた後に、チョコレートを食べると蕩けるのよ。高校受験の頃に、朝から糖分補給するためにって、母さんが熱いお湯をカップに注いでくれたわ」

「ふーん、そうなんだー。じゃなくて、私はユリエルの母親じゃないんだから、自分で沸かしてよ」

「分かったわよ。ルシアはどうする?  熱いお茶、淹れようか?」

「じゃぁ、私のもお願い。……そうじゃなくて。ねぇ、まったりする前に、先日の話の続きが聞きたいんだけど?」

「了解よ。お茶だけ淹れるから待ってて」


 台所で、お湯を沸かし終えたユリエルが戻ってくると、カップに熱々のお茶を注ぐ。随分手慣れた様子に、彼女へと視線を向けると彼女は苦笑いをするかのような表情をしながら対面の席に腰を下ろした。


「ふふっ。こちらの世界での生活でも、自分で出来ることは自分でするようにしているの」


 カップを見つめながらそう話す彼女は、少しでも、以前の私を忘れたくなくて。と言って上瞼を下げる。日本での彼女は、両親が居なかったらしく、ある程度のことは一人で出来たという。


「そうだったの。じゃぁ、苦労してたの?」

「いいえ。苦労という程のことはしていなかったと思う。ただ、友人達と遊びに行きたくても、バイト三昧だったから。学生でも、働かなければ生きていけなかったしね。だから、今こうしてルシアとお茶をしているのが、日本での出来事のように感じて嬉しいわ」

「私も、ふとした時に日本を思い出すわ。ホームシックみたいな感じかな」

「うん。だから、ルシアから届けられた手紙は、今でも大切に持っているの。私に会いたいって書いてくれた、日本語のラブレター」

「ラブレター? 確かに、裏を返せば……会いたいって内容だったわね。ははっ!」


 そんなこともあった。悪役令嬢として転生してきた彼女を、手紙で呼び出した。


「今思えば、あの頃は何もかも上手くいかなくて、転生したのが私だけじゃなくてよかったって思うと、ユリエルに何度も相談したいって……勝手だけど、そう思っていたわ。多分、一人だったら私は間違えた未来に進んでいたと思う」

「そうなのね。でも、私達はこの世界で一生懸命生きてきたじゃない。人間だもの、意思があるんだもの。完璧な人間なんていないわよ」

「うん。ありがとう」

「そうそう。ルシアも伯爵夫人になったわけだし、何も知らないままでは貴族社会で生きていけないから、家庭教師の先生をお願いしておいたわ」

「家庭教師……。うん、頑張ってみる。必要なことは全て学ぶわ」


 そうして、私達は二人三脚で未来に進んで歩み始めた。




◇◇◇





 少し先の未来の――とある日。


「ユリエル! いつの間に領地にあんな建物作ったのよ」

「えっ、完成する前に気づいちゃったの? せっかく内緒にしてたのにぃ。あっ、マクウェルズ様がルシアにバラしたのね!」

「マクウェルズ? 彼も知っていたの?」

「だって、イシュタール領も豊かになってきたから……。人生、娯楽も必要よ! 私達も、娯楽仲間だった訳だし!」


 眉間にシワを寄せるルシアは、私の口から発せられた言葉に、ぐうの音もでないらしい。


「心配しなくても大丈夫よ。イシュタール鉱山の源泉かけ流しだから、そんなに維持費もかからないわ」

「……娯楽って、何を建ててるの?」

「それはね! スーパー銭湯よ! お風呂にサウナ。 スポーツも出来るようにしたわ。もちろん卓球よ! ゲームはトランプとチェスね。そして、軽食が食べれるフードコート」

「凄いわね」

「驚くのはまだ早いわよ。フードコートにはサンドイッチ屋さんが入店予定で、隣にはパン屋さん――」

「……えっ?」

「……そろそろ、こちらに呼んでも良いんじゃないかなと思って。誘ってみたの」







 我慢しながら小さな声で泣きじゃくるルシア。彼女の背中をさすりながら思うのは、二人で話し合って作ってきたこの領地のこと。

 やっと地盤が出来上がってきたことで、ルシアのご両親を呼び寄せることができたのだ。

 といっても、これからの問題も山積みだ。

 イシュタール領から国全体へ、まだまだ先は長そうだ。


「本当は、銭湯をサプライズにしたかったんだけど、折角だから手伝ってくれる?」

「もちろんよ。相棒でしょ」


 学院時代を思い返せば、悪役令嬢に転生した私とヒロインに転生した彼女。二人が手を取り合って、領地を改革するとは思いもしなかった――。

 ランスとの幸せな毎日を送る中で、ルシアと育んできた未来。それもまた、私の幸せな時間だ。


――幸せの先にある

  幸せっていうのもいいね




 一先ず、区切りがついたとことで、ちょっとの休息も必要だ。


 私達の進むルートには、エンド回収はない。

 私達の未来は、まだまだ先へと続くから――。






最後までお読み下さり

ありがとうございました。


次回、第四弾は王妃サイドの

話となっております。

制作途中なので、出来上がり次第

投稿したいと思います。


誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。m(_ _;)m

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― 新着の感想 ―
幸福な人生のことを「薔薇色の人生」などといいますし、ヒロインも悪役令嬢も関係なく、ローズピンク色の幸せな日々を過ごしていけると良いですね。
この場合、ラブラブだし「マリッジピンク」なんじゃないですか?
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