エマの人生7
「ねぇ、アラン様。私がお仕事を手伝ったら、ダレル殿下は私のことを見てくれるかしら」
私はアランの要望を受け入れた後、できる限り普段通りに言ってみた。アランは先ほどの笑顔から一転、暗い顔になった。
「・・・ええ。きっと」
アランはまだ、社交界に慣れていない。顔と口調と台詞を建前で固めることは難しいのだろう。私も皇后陛下に教わっている最中だ。
「わかりました。なら尚更、頑張らないといけませんね。しかし、私は無知ですから、アラン様のサポートが必要です。お願いできますか?」
「ええ。喜んで」
再びアランは笑みを浮かべた。どうやら、彼の前では建前を取り繕えたらしい。マリーの顔を見れば、うまくいっていないことは明白だったが。
私はアランに助けてもらいながら、王妃教育の合間に仕事をこなしていった。その量は徐々に増えていったが、睡眠時間を削りながらもなんとかこなしていった。
さらに社交界にも積極的に参加するようになった。お茶会はともかく、パーティはダレル殿下も招待されていたが、規模が小さいものは欠席、大きな会でも開始早々に一人で退室していた。
私が仕事や社交に精を出している間、殿下のやからぬうわさを聞いてしまった。どうやらお忍びで街に繰り出しては街中の女性に声をかけているとか。お手つきをしている時もあるらしく、どうやら火消しにそれなりのお金が使われているらしい。
最初はヤキモキした気持ちが強かったが、仕事量が増えてくるとそのことを気にかける余裕もなくなってきた。
仕事を始めて3ヶ月ほど経ったある日。不意に殿下が執務室を訪れた。いや、元々は殿下の執務室なので不思議でもなんでもないのだが、今は私の部屋に近い。
「お前にこれをやる」
ダレル殿下は私に箱を渡した。シンプルだが重厚な作りのそれは、見るからに重要なものが入っている。
私は恐る恐るその箱を開けると、なんと金色の印が現れた。
「ダレル殿下。これはいただけません」
それは王族のみが所持することができる王印だ。私が所持してるだけで犯罪になる。下手をすれば首が飛びかねない。そもそも、こんな重大なものを他人に渡すのはあり得ない。
「大丈夫だ。もともと仕事をしているのはお前だからな。私は印を押すだけ。それならお前が押した方が効率がいいだろう?」
私の慌てっぷりをよそに、ダレル殿下はそう言い切った。そして、私の手に箱を押し付けるとすぐに立ち去ろうとする。
「ダレル殿下」
私は殿下を呼び止めた。
「なんだ?私は忙しい。用件は手短に」
「殿下は何をお求めに?なぜ、私を婚約者になさったのですか?」
「そんなことか。単純さ。自由を求めてるんだ。だったそうだろう?窓の外では国民たちが自由に暮らしているんだ。だが、私はどうだ?来る日も来る日も勉強に明け暮れ、まるで自由がない。そんなの、おかしいだろう?こんな仕事なんてしてられないだろう?だから、私は自由になるのだ」
そして部屋を再び出ようとする直前、殿下は私の二つ目の質問に答えた。
「そうそう。お前を婚約者にした理由だったな。単純だよ。婚約者を作らないといけなかったからだ。いわば義務だよ。その中でも1番、おとなしそうだったからな。それだけだ」
「殿下!いくらなんでもお言葉がすぎます!」
その言葉を聞いて、隣にいたアランが大声を上げた。
「アラン様。私は大丈夫です」
「そもそもお前だって親に言われたから、好きでもない俺の婚約者になったんだろう?表面だけの愛より、はっきりと言った方がいい」
そう言って今度こそ殿下は部屋を出ていった。
「エマ様・・・」
アランが心配そうに私を覗き込んでくる。だが、私は平気だ。覚悟はしていた。
しかし、溢れる涙はなんだろうか。おそらく殿下に失恋した、とかではない。私が思い描いていた理想の夫婦になれないことが決まったからだ。だから悔しくて涙が出る。きっとそうに違いない。
皇后陛下の言っていた2年間が、もうすぐ終わりを告げる。
エマの人生編は一旦終わりです。
よろしければ⭐︎評価をお願いします。




