エマのその後
尻切れ蜻蛉になってしまったので、短編形式で後日談を掲載していきます。
私が倒れたのは、末っ子である三女、ナタリーの成人の儀が無事に終わった翌日である。医師から過労と診断され、数日ののちに私は実家であるウォーカー公爵家が待つ別荘へと「療養」という名目で移住した。
過労、というのは仮病であることは昔馴染みの医師をはじめ、わずかな人間しか知らない。しかし、移住してしばらくしたら心身ともに軽くなったようで、実際過労気味ではあったのだろうと思う。
「紅茶でございます」
マリーが私の目の前にカップをおいてくれる。
結婚したというのに、マリーは家族揃ってこちらに移住してきてくれた。申し訳ない気持ちだが、嬉しいと思ったことも事実だ。
「最近は殿下・・・じゃなかった。陛下もおみえにならないですね」
「そうね。忙しいんじゃないかしら」
前国王陛下の逝去に伴い、国王の座に着いたダレル。私の戸籍上の夫である。仕事自体はほとんどダレルに移行してたが、やはり立場が変わって大変なのだろう。
「陛下の態度の変わりようったら、今思い出しても笑いが出ます」
「マリー。口を慎みなさい。不敬よ」
私はマリーを嗜めるが、実際、あそこまで変わるとは思わなかった。
『2年間、ダレルに尽くさない』
当時の皇后陛下に言われ、2年、ダレルに尽くした。この時の私は、間違いなくダレルを愛していたと思う。しかし、ダレルが私を見ることなく、さらには私のことを「大人しい」という理由だけで妻に選んだ、と言い放った彼を、再び愛することはなかった。愛していたという事実ですら本当だったか疑問に思うくらいに。
私との婚約が正式に発表され、殿下が真面目に社交界に出始めると、ダレルは私を見る目を変えた。
事あるごとに私に声をかけ、プレゼントを渡してきた。
もっとも、王太子妃殿下という立場を「仕事」と割り切っていた私は、彼とは最低限の会話のみに留め、プレゼントもマリーを通じて受け取っていた。
「エマ様の気を引こうとするダレル陛下のお姿は、側から見ても滑稽でした。5年かけてほぼ、仕事面に関してエマ様においついたのはさすが、というところでしょうか」
「だからこそ、私はこうして田舎でのんびりとできるのです」
私はカップに口をつける。甘めのストレートティが体に染み渡る。
プレゼントの大半はアクセサリーだった。もっとも、その宝石は私の持つ店のものであり、店に並んでいるということは当然、どこかのお茶会などに販売前につけたことがあるものがほとんどだ。だから、パーティでつけるわけにはいかなかった。
もっとも、彼はその事実を知らない。知ったらどういう反応になるだろう。
私が田舎に引っ越すと言ったとき、両親はホッとした表情をした。私が殿下の愚行を知った後も王太子妃の座を離れないと話した時、両親は大反対をした。
「なぜ彼奴の側でエマが支えねばならぬのだ!」
父は怒鳴った。
「いくら国王から頼まれたとはいえ、エマをダレル殿下の元に嫁がせるのは間違いだったわ」
母は悲観した。
私を一番優先し、公爵という肩書を持ちながらも王族に相対することを辞さない両親の言葉が嬉しかった。しかし、私の決断が両親の関係を壊すことだけは避けたかったので、あくまで国のためであり、時期がくれば王都を離れることを約束し、渋々納得してくれた。
だから、両親は私と共に喜んで王都を離れた。本当は兄も同じ気持ちだそうで、兄も引退を考えたそうだが、流石にそれはできないと王都に留まっている。ただ、今でも月に1回は私のところに来てくれていた。
そのほか、友人たちも入れ替わり立ち替わり、私の体調を慮って見舞いや私の元を訪れてくれている。
「寂しくないか」
だから、陛下が見舞いに来た時に私に聞いた言葉には、はっきりと答えることができた。
「数十年ぶりに両親と過ごせていますし、兄も1ヶ月に1度は来てくれます。ほかにもありがたいことにご友人の方々が訪れてくれていますから、陛下は職務を全うしてください」
暗に来訪を拒否してみる。陛下は肩を落としたものの、翌月にはケロッとして私の元に来る。
しかし、いくら愛を語られても、いくら高価なプレゼントをもらっても、前に自分の中にあった恋心に火がつくことがない。
必死に私の気を引こうとしている殿下の話を聞き流しながら、私は紅茶のカップを傾ける。
陛下は私の紅茶の好みをご存じかしら?
よろしければ⭐︎をお願いします。




