アランの人生2
夕食後、僕は父上に呼ばれて執務室に入った。ここに入るのは随分と久しぶりだ。僕の教育が始まったころから、もうここが父上のいる遊び場でないことを理解していた。
「失礼します」
父上の入室の許可があってから、僕は部屋の中に入る。父上に促されてソファに座った。向かいに父上が座る。父付きの侍女がすぐにお茶を淹れてくれた。そういえば、殿下に侍女はいなかったな、と思い出した。
「アレン。殿下とはどういう話をしたのだ?」
単刀直入に父上が聞いてきた。僕はダレル殿下との短い会話を父にぶつけた。
「アレンはそれに対してどう思った?」
すぐに否定されるかと思ったが、父上は否定しなかった。むしろ、僕の考えを聞いてきてくれた。
「僕は殿下の側近になることに疑問を持っていませんでした。しかし、殿下の話を聞いて、本当に僕がやりたいことなのかどうか、疑問に思いました」
父上にこういう話をするのは初めてだった。ただ、何を言っても怒られないだろうという雰囲気は感じたので、そのままの気持ちを伝えた。
「確かにそうだな。貴族というもの、与えられた役割をこなすものではあるが、果たしてそれが正解なのかどうかは誰にもわからない」
父上は僕の言葉に納得するように頷いた。
「ならば明日、イザベルと街に行くといい。そこで何かやりたいことがあれば、遠慮なく言いなさい」
明日、母上と出かけることができる!
僕は飛び上がるくらいに喜んだ。
「父上、ありがとうございます!」
翌日、僕はいつもより早く目が覚めた。寝巻きから部屋着に着替え、朝食を食べたのち、簡易な服装に着替える。子どもの僕でもわかる、薄く硬い生地の服だ。平民の子どもが着る服らしいが、違和感があって動きにくい。
これは乳母が準備した服だ。どうやら父上からの命令らしい。おめかしするものだと思ってた僕は少しがっかりしながら玄関ホールに向かう。そこでは、すでに母上が待っていた。母上もいつものドレスではなく、質素な服を着ていた。
「母上、お待たせしました」
「私も今、来たところよ。さ、行きましょう」
母付きの侍女と執事長、そして僕の乳母に見送られて屋敷を出る。
「今日は歩いて行きましょう」
「はい」
貴族街から街の中心まで街まで歩いていくと大人の足で15分ほどかかる。それを知ったのは後からだったが、その意図は先に知ることができた。
「アレン。これから私たちは街の視察に行きます。私たちがガーフィールド家の者と知られたら、街の人たちは萎縮してしまいます。それを悟られないようにこのような服装をして、徒歩で行きます。いいですね?」
「わかりました」
母上と一緒に歩けるのは嬉しかったが、街の中心までは通常の倍くらいの時間がかかってしまった。
「母上、少し疲れました。休みませんか?」
「これくらいで疲れていては楽しみませんよ?さぁ、まずは宝石店に行きましょう」
僕は母上に半ば引っ張られる形でとある宝石店に入った。そこには色とりどりの宝石が並んでおり、もともと宝石に興味のない僕でも目を奪われるほどだった。
「いらっしゃい!」
店員が元気に挨拶をしたが、僕らの方を見ると露骨に興味をなくした様子だった。
「あら、ここにある宝石は値段が高いのではなくて?」
「いや、これが正規の値段さ。価値のわからん人には高く映るかもしれんが」
目も合わせずにぶっきらぼうに答える店員を見て、僕は驚いた。母上にそんな話し方をする人はいないからだ。屋敷の人たちはもちろん、家族ですら、こんな口調で話しかけたりはしない。
「わかったわ」
しかし、母上は意に介した様子もなく、一通り宝石を見終わると店を出た。
「アレンの言いたいことはわかるけど、後でお話ししましょう」
そういうと、母上は次の目的地に向かった。そこは何も置いていない、ただ椅子と机がある建物だった。
「今、街に着いたところなんですけど、いいですか?」
「はい」
そういうと一人の店員が奥から出てきて僕たちに席を勧めた。
「今日はどういった物件をお探しで?」
「ええ。最近、夫を亡くして息子と二人で田舎から出てきました。そこで2人で暮らせるアパートを探してるの」
父上はまだ生きてるよ!何を言ってるの!?
僕は喉まででかかった声をなんとか飲み込んだ。母上が僕の太ももを軽くつねり、首を横に張ったからだ。
「それはご愁傷様です。ところで予算はいくらくらいでお考えですか?あと、働く先はお決まりですか?」
「働く場所は決まっておりませんが、夫の遺産がありますから、当面の生活費ならなんとかなります」
母上がそういうと、店員は眉をひそめた。先ほどの宝石店の店員と同じだ。
「働く場所が決まってないとなると、こちらとしてはなかなかご案内しにくいと言いますか・・・」
「あら、どうしてかしら?」
「部屋を貸したはいいですが、逃げられても困るので。前払い制ならお貸しすることもできますが、割高になりますよ?」
「それでもいいわ。一つ、物件を紹介してちょうだい」
「・・・かしこまりました」
店員は資料を取りに奥に向かった。
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