アランの人生1
公爵家次男に産まれた僕の人生は、産まれた時から決まっていたに等しい。
公爵家として王家の宰相を輩出してきた我が家。今の父の地位には兄が就く。では、なぜ次男の僕の人生が決まっているのか。
それは僕が産まれる2年前に王子が誕生されたからだ。王子の側近として僕が生きることは、産まれた時からの決定事項だった。
僕はそのことに疑問を持たず、日々殿下を、王国を支えるべく勉強に励んだ。
10歳になったとき、僕は王宮に召喚された。本来なら王宮に召喚されるのは12歳なのだが、殿下が12歳となり、成人の儀に参加されることから、将来の側近としてのお目通し目的らしかった。
初めて屋敷の外に出た僕は、王宮に向かう緊張よりも楽しさの方が勝っていた。馬車の外をちらり、とのぞくと、母子で楽しそうに笑いながら歩いている男の子が目に入った。背丈からおそらく、同い年くらいだろう。
彼の姿は妙に印象に残った。この日が初めての外出となる僕は、もちろん母と外に出たとはない。楽しい気持ちが一転、少しモヤモヤしたまま、僕は王宮に入った。
「国王陛下にお目にかかれて、この上ない慶びにございます。私はアラン・ガーフィールド。ガーフィールド家次男でございます」
「アラン。よくきてくれた。ローランも面を上げて良い」
僕と父は立ち上がって直立不動となる。
「ふむ。デビュタント前でこのような立ち振る舞いができるとは、アランの努力がみられる。ローランの教育の賜物でもあろう」
「はっ。ありがたきお言葉にございます」
父が答える。宰相とはいえ、父も緊張しているようだ。
「ローランもアランも、そこまで畏まらなくても良い。あくまで非公式の会談だ。ダレル!」
そういわれて、国王陛下の脇からダレル殿下が姿を見せた。身なりは整えているものの、凛々しい国王陛下とは異なり、気だるそうな雰囲気を隠そうともしない。
「ここにいるのがガーフィールド公爵家のアランだ。将来のお前の側近となる。親交を深めるように」
「はぁ。よろしく」
僕がこんな返事をしたら、すぐさま叱責が飛ぶんだろうな、と思いながら気だるそうなダレル殿下の姿をみていた。実際、国王陛下は眉をひそめた。
「では、ローランと私は話があるので、2人はお互いに挨拶をしなさい」
そういうと、ダレル殿下は僕のほうに向かってきた。僕は緊張で動けなかったが、「付いてこい」といわんばかりに顎で扉の先を示した。僕は殿下に言われるがまま、後をついていった。
殿下に付いていった先は、殿下の執務室であった。父や兄の持つ自らの執務室に僕はあこがれていたので、素直に僕は殿下を尊敬の眼差しで見つめた。
「改めて、お初にお目にかかります、ガーフィールド家次男、アラン・ガーフィールドと申します。殿下を支えられるよう、日々精進して・・・」
「あー、そういうの、いいから」
僕の挨拶を遮って、殿下は手をひらひらと振った。そして足を机の上の投げだす。僕は呆気にとられた。
「アラン、だっけ?僕はダレルだ。一応、第一王子ということになっている」
「はぁ」
礼儀作法としては褒められた返事ではないが、そもそもの相手の態度を考えると仕方ないと思う。
「で、アランはどうして僕の元へ?」
「えっと、僕の家は宰相を輩出する公爵家ですので、殿下と年齢の近い僕も宰相に近い地位、すなわち殿下の側近となるべく、研鑽を積んでまいりました」
「そういんじゃないの」
殿下は机から脚をおろし、立ち上がった。
「窓の外を見ろ。平民は自由に街を歩き、買い物をし、そして結婚する。一方、僕はどうだ。たかが第一王子という肩書があるだけで自由に街どころか、王宮内すらも歩くことが許されず、やれ次期国王だやれ王子としての自覚だと言われ勉強漬けの毎日。これは不公平ではないか?」
僕は先ほど目にした母子を思い出す。
「アランもそう思うだろう?だから僕は自由に生きることにしたんだ。だから側近なんていらない。まあ、お前が自分の意思でここに来る、というのであれば止めないが。俺はこの考えを変えるつもりはないから、そのつもりで」
殿下はばっさりと言い切った。そして、早く出ていけと言わんばかりに顎をしゃくる。
僕は釈然としない気持ちで殿下の執務室を出た。
僕が殿下の側近となるのは、公爵家である父に言われたからだ。父の言うことは絶対であり、僕も当然のように受け入れてきたし、自分の役割と認識してきたし、それを疑問に思わなかった。しかし、殿下の言葉を聞くと果たしてそれが正しいのか、と不安になってくる。
もし、僕が公爵家でなかったらあの子のように母上と街で買い物ができたのだろうか。
僕は自然と玉座の前にいた。殿下の執務室への道のりを意識して覚えていたわけではなかったが、自分の記憶力の良さに救われた。
案外早い帰還で、かつ殿下もいなかったので国王陛下と父上は驚いていたが、そのまま挨拶をして王宮を去った。