サラの人生5
ダレル殿下とエマ王太子妃の結婚式が行われてから3ヶ月後。2人が第一子を授かったという報道がなされた。その子はもちろん、私のお腹の中にいる。
エマ様は逐一私に身体の状態を聞いてきた。見た目の変化はいくらでも変えられるが、内臓の変化は変えることはできない。今はつわりの状態やお腹の張り具合、時期がくれば胎動の様子などを手紙を通じて教えることになるのだろう。
私はできる限りメイドの仕事を続けた。今後の自分から逃げるように、がむしゃらに働いた。
10ヶ月後。とうとう陣痛がきた。鼻からメロンなんて生やさしいものではない。しかし、長い時間、私は耐え切った。赤子の泣き声を聞くと、この10ヶ月間のことが思い出される。
せめて我が子の顔を近くで見たい。
私はそう願ったが、叶うことはなかった。産婆がすぐに赤子を隣の部屋に移す。部屋の前では歓声が上がる。私は産後の処置が終わって横になると、騒がしい部屋と対照的な、静かな部屋で一人寂しく涙した。
産後は気分の落ち込みが激しかった私だが、思いの外、励ましてくれたのはメイド長のカネーシャであった。
「私はね、最初の子は生まれてすぐに亡くなったんだ。そのときに思ったね。もう、二度と子どもを産むもんかって」
私のベットの上に腰掛け、ホットミルクを入れてくれてから、カネーシャは自分の昔話を始めた。
「だから、子どもを取り上げられたあんたの気持ちは、少しはわかるつもりさ。でも、その後私は3人の子どもを産んだ。元気に育って、今はそれぞれの家庭を持ってる。だから、サラも元気をお出し」
カネーシャは立ち上がると、私の頭をポンポンと叩いて部屋を出て行った。
私の母は幼い頃に亡くなったらしい。私の記憶の中にもない。そんな母の温もりを、私はカネーシャに感じた。
「本を読むことよ。女が勉強したって、構わないからね。武器を作るんだよ」
去り際、カネーシャは私にアドバイスをくれた。
私は次の日から早速本を読んだ。もともと、文字を読むことは好きだが、家には本が少なかった。しかし、ここには図書館がある。私はさまざまな種類の本を読んだ。
本来なら2ヶ月ほどある産後休暇だが、前向きになった私は1ヶ月で復帰した。同僚たち、特にカネーシャには心配されたが、気分が上向きになった今、部屋でのんびりしているのは退屈だった。
私はメイド業に注力した。夜の仕事は毎日のように求められたが、私は全て断った。初夜の印象が悪かったことも大きいが、パーティとはいえ、給仕している私に全く気づかなかったことも要因だ。もちろん、エマ様はすぐに気づいたが。私のことを見てない人に、夜だけ求められて向かうはずがない。
3人の子を産むように契約はされているが、いつまでに、というのはない。少し前向きになったら考えようと思っていた。
概ね平和に2年が過ぎた。メイドとしての仕事のほかに、着付けやマッサージの仕方などを教わった。料理の腕も賄いを任されるまでになった。
そろそろ2人目を考えようか。そう思っていた。
それはたまたま偶然だった。むしろ、今までなかったのが不思議なくらいだった。
私はふと庭に目をやると王妃殿下と子どもが遊んでいた。
「ママ〜」
よちよちと歩く子ども。ママ、と呼んだ先には王妃殿下がいる。
その瞬間、私はドス黒い感情と共に吐き気を催した。
慌ててトイレに駆け込む。胃の中が空っぽになるまで吐き尽くすが、それでも吐き気は治らない。
あれは私の子。私の子。いつのまに歩いて?私はその間、何をしていたの?ママ?誰?その人はママじゃないよ?ママは私、ママは私、私、私私わたしわたしわたし・・・。
目が覚めると私は自室のベッドに横になっていた。
「目が覚めたのね」
そばにはカネーシャが座って本を読んでいた。私が目を覚ましたことに気がつくと、本を置いて私の隣に来てくれた。
何があったか聞こうとし、慌てて自分の記憶に蓋をする。
「カネーシャさん」
「何も言わなくていいわ。しばらく休みなさい」
カネーシャは私の頭を撫でてくれた。その心地よい雰囲気に、母を感じた。幼くして亡くなったという母の面影は知らないが、もし生きていたらこういうふうに頭を撫でてくれただろうか。それと同時に自分が我が子の頭を撫でることがないことを想い、私は枕を濡らした。
数日間の休息ののち、私は仕事に復帰した。それと同時に夜の仕事も再開した。
もっとも、前のように請われるがままやるわけではない。妊娠するにもタイミングがある。前回出産後に得た知識だ。そのタイミングを図ってダレルの要望に応えた。
2回ほど行為をすると簡単に妊娠した。行為の後にダレルが何か言ってた気がするが、薬で朦朧とした私にはその意味を理解することはできなかった。
第2子を出産し、今度は早々に睡眠薬を飲んで眠りについた。あまり間を置かず、今度は第3子を妊娠した。
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