サラの人生4
少し短めです。
シモーヌに言われたことを完全に理解したわけではないが、私は使われていない部屋の掃除を含め、今まで以上に丁寧な仕事をした。褒められることはないが、綺麗になった部屋や洗濯物を見ると心が洗われる。
残りの時間はあっという間に過ぎた。殿下のことを忘れたわけではない。というよりも、嫌というほど思い知らされる。なぜなら、王宮中がダレル殿下とエマの結婚式に注目してるからだ。
殿下が法律まで作って婚約者のことを愛している、と言ったが、それはエマが作った嘘だろう。なにより、エマ自身が自分の役割を義務だと言っているのだ。殿下も私との婚約を目指したことは本気だっただろうし、エマを愛してることはない、と思う。
私の気持ちはどうか、というと、1年前ほどの恋焦がれた情熱は持っていない。というよりも、あのパーティの一件で冷めたとまで言っていい。
ただ、私の処女を捧げる相手として、これ以上の人物はいないだろうと思うし、それが義務であり契約であるなら、それを受け入れるだけの容姿はしている。
結婚式の1週間前。私はメイド長から休みを言い渡された。それとともに多数の化粧品やクリームも渡される。
殿下の『初夜』のための準備だろう。おそらくエマは多くの侍女に手入れしてもらうのだろう。しかし、私の存在は極秘。一人で手入れをしていく。
ゆっくりと身体を休め、この1年を思い返す。
メイドとして王宮に入ったが、メイドの仕事を見たことがなく、イメージはつかなかった。舐めていた部分もあると思う。そんな自分がここまでできるとは思ってなかった。メイド長たちに感謝である。
そういえば、父はどうしているだろうか。王宮にメイドとして勤めるとは言ったが、わずかな手紙のやり取りしかしていない。なぜなら近況を送っても男はできたか、ということしか返ってこないからだ。父の気持ちもわからなくはないが、自分で手柄を立てるなり、商売で多くの貴族に取り入ればいいのに、それもしない。
もっとも、エマの姿を見たらそれで良かったと心の底から思う。エマのような女性陣の中で、私が生き残れるとは到底思えないから。
ダラダラと過ごしていくうちに、結婚式当日になった。王宮の中も外も騒がしい。結婚式に合わせて来賓も多く、国民も浮かれているため警備もより難しくなる。
同僚たちが忙しくしている中、じっとしてていいのかという疑問はあるが、私の仕事は私しかできない、と気を取り直す。
そして、とうとうその時間になった。殿下に恋心はもうない。殿下が私を恋焦がれていると、それはそれで嬉しいが、その期待は限りなくゼロに近いだろう。
それでも、その瞬間だけは私を見てほしいという願望はある。
部屋に入ると、すぐに私の願望は叶わないのだと悟った。
この1年でどういう心境の変化があったのかはわからないが、殿下は間違いなくエマを見ていた。一方のエマは冷たい視線を殿下に向けている。
「では、あとは2人で」
エマは部屋を出て行った。華やかなドレスとは裏腹に、笑顔のかけらもないエマ。しかしその動作は優雅で、私も思わず見惚れるほどだった。
少しの間、気まずい時間が流れた。
先に動いたのは殿下だった。私を抱きしめるとベッドに押し倒す。私を労る、ということはない。
「せめて、優しくしてしください・・・」
私は小さな声で殿下に向けた願いを呟いた。その言葉は確実に殿下の耳に入ったはずだが、残念ながら聞き入れられることはなかった。
私は身体の痛みと、そして何より心の痛みに耐えきれず、涙を流した。その涙でさえも、殿下の心には届いていないようだった。
翌日、私は立つことができなかった。そんな中、1枚の手紙が届く。これからはお互いが求めるときに愛し合うことができるが、一方で強制はできない、ということだった。
昨日のことを思い出し、私は腹が立ってきた。あのとき、私に甘い言葉を囁き、そしてパーティでの失態の道連れにされたにも関わらず、1年後には私よりも婚約者であるエマを見ているとは。
本当ならば1日でも早くここから立ち去りたかったが、そういうわけにはいかない。殿下との子を産まないとここから出ていくことすらできない。
でも、まずは腰を治すこと。そして、薬を手に入れること。殿下と正気のまま、夜を共にすることはできそうにないから。