エマの人生1
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私がダレル殿下と初めてお会いしたのは11歳の時。12歳の殿下の婚約者を探すためのパーティーだった。同年代の貴族令嬢が十数名集められた中、引っ込み思案の私はなかなか王子殿下とお話する機会はなかった。結局、ご挨拶をした程度で終わってしまったから、私が婚約者に選ばれたのは不思議で仕方なかった。
貴族は貴族らしく、家の発展のために尽くすべきだ。
父からも母からもこの言葉を聞かされて育ってきた。私もその意見に異論はない。だから、王妃候補となり、公爵家である我が家がますます発展するために私の役割は大きいと思った。
ただ、私にも夫婦における理想はある。特に高位貴族の中には夫婦関係がほぼなく、お互いに愛人と過ごす家もあると聞く。一方、私の両親は娘の私から見ても仲睦まじい。私の理想の家庭は後者であった。
1年間、我が家での厳しい教育を受け、私は両親とともに殿下の前に立つことを許され、玉座の間にやってきた。
「ウォーカー家の長女、エマ・ウォーカーにございます。ウイリアム国王皇后陛下、およびダレル第一王子殿下につきましてはご機嫌麗しゅう存じます」
私は一生懸命練習した口上を述べ、カテーシーを披露した。
「顔を上げよ。エマ嬢よ。よく来てくれた。心よりうれしく思う。ウォーカーもしっかりと教育を行ってくれたな」
「ありがたきお言葉にございます」
父の言葉に合わせて、私は顔を上げた。
国王陛下は白髪でしわも多かったが、決して老け込んではいない。むしろその一つ一つが威厳に満ち溢れていた。皇后陛下は優しく、慈愛に満ちた表情をしておられた。両親の血をひく殿下の顔立ちは整っていた。多くの女性を引き付けるだろうその表情は、しかし気だるさを帯びていた。
「エマよ。これから次期王妃として王宮での生活と教育を受けてもらう。覚悟はよいか」
「はい。国王陛下」
「良い返事だ。これからは私たちが第二の両親となろう。何か困ったことがあればいつでも言いなさい」
「ありがたきお言葉にございます」
私は再び、カテーシーを行った。
「国王皇后両陛下。一言だけ娘に伝えてもよろしいでしょうか」
「かまわん」
国王陛下からの許可が下りると、両親は私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「エマ。辛くなったら帰ってきても構わんからな」
「そうよ。国王陛下たちはああいってくださっているけど、エマの帰る家は私たちのところですからね」
父は複雑な顔をしていて先ほどの国王陛下の言葉を無視する発言をした。国王陛下にも聞こえていたようで、陛下は苦笑いしている。
「お父様、お母様。私をここまで育ててくださってありがとございました。皇后陛下を目標に精進してまいります。でも、辛くなったらまた、こうやって抱きしめてくれますか?」
「ああ」「ええ」
両親とも目に涙を浮かべている。
「名残惜しかろうが、そろそろダレルにも挨拶をさせてやってくれ」
国王陛下がそういうと、両親は私から手を離した。
「ダレル。エマ嬢にご挨拶を」
皇后陛下がダレルを促し、ダレルが渋々という感じで前に出る。
「第一王子ダレル・ウイリアムだ」
最低限の礼儀を伴った、簡単なあいさつであった。婚約者に対するものとしてはふさわしくなく、私以外の大人は顔をしかめた。しかし、私はまだ幼く、その姿の是非が判断できなかった。
「ダレル。エマ嬢をご案内しなさい」
「わかりました」
殿下は私の手を取り、玉座の間を後にした。
殿下は私をエスコートする、というよりは引っ張るように歩いていった。様々な場所を案内してくれたが、私はダレル殿下に付いていくので精いっぱいだった。もちろん、場所をすべて把握するのは難しかった。
殿下がようやく足を止めたのは、中庭についたときだった。そこにはガボゼがあり、すでに紅茶の準備がなされていた。
ダレル殿下が手を放し、椅子に座る。私はダレル殿下に挨拶ができていなかったことを思い出した。
「ダレル殿下。先ほどご挨拶させていただきました、エマ・ウォーカーと申します。これから殿下を支えていけるように・・・」
「そういうの、いいから」
私の口上を遮って、殿下は紅茶を口に含む。いろいろな礼節を教えてもらってきたが、私の言葉を遮った場合というのは教えてもらっていない。それに、少し苛立ちを感じている様子だ。
「おい」
ダレルが慇懃に声をかけると、侍女が近づいてきた。
「お前の侍女だ。何かあったら聞くといい」
ダレル殿下は紅茶をぐいと飲み干してその場を去っていった。私は椅子を勧められることもなく、立ち尽くしたままだ。
「私はマリーと申します。エマ様専属侍女としてこれからエマ様のお世話をいたします。先ほどのダレル殿下の無礼な振る舞い、誠に申し訳ございません」
「ええっと・・・マリー。少し混乱していますが、これからよろしくお願いします」
私はマリーに笑顔で挨拶をしたつもりだが、うまく笑顔を作れたかどうかはわからなかった。
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