【第61話】空を焦がす爆炎
「蒼雷疾走! 」
イヴの振るう剣から、大地を斬り裂いて稲妻が奔る。
オークウルフ数体を瞬時に屠った光を、オークハデスは振り下ろした大剣の衝撃波で相殺した。
もちろん、そう簡単に倒せる相手だとは思ってない。
イヴは瞬きの内に間合いを詰め、がら空きになったオークハデスの首を狙って剣を一閃。
「紫電一閃!」
だが、渾身の気合を込めた必殺の一撃でさえ、オークハデスは切り返した大剣で弾いた。
「っつ!」
魔導技をこうも簡単に、しかも連続で止められたのはこれが初めてだ。
動揺したイヴの動きに、一瞬の隙が生まれる。
「オオオオ!」
オークハデスは雄叫びをあげ、大剣を袈裟懸けに振り下ろす。
ガキィン!
「くうっ」
辛うじて受け流すものの、衝撃に腕が痺れ思わず声が漏れる。
速さも力も、オークプルートより数段上だ。
三合、五合と打ち合うが、徐々に押され気味になり、イヴは堪らず一旦距離を取る。
余裕なのか、警戒しているのか、ハデスもすぐに距離を詰めようとはしない。
僅かにずらした視線の先では、防護壁の上と下での攻防が続いていた。
クレムの支援を受けて、門を守るシュルツたちは今のところトロールやオーク相手に善戦しているものの、そこに魔物たちも殺到しつつある。
防護壁上では、次々と襲い掛かるハーピーとビイアンフを、リーナが中心となり一体ずつ撃退はしているようだ。
だが、守備隊員の配置が手薄な場所では、壁を昇ろうとする魔物を完全には阻止できていない。
クレムとリーナの魔力も、もう長くは続かないだろう。
これ以上、時間を掛けている暇はない。
オークハデスを倒し、すぐにでも加勢に向かわなければ、この戦いに勝機はなくなる。
しかし、クレムが掛けてくれた身体強化魔法の効果は既に切れていた。
現状で、互角などというつもりはない。
明らかに実力はオークハデスの方が上で、しかもイヴはかなり消耗しているのだ。
一気に敵を叩くためには、自分で自分を強化するしかない。
イヴは左手を胸に当てた。
「燃え上れ、闘気爆発!」
立ち昇る闘気によって、イヴの周りで空気が揺れる。
強化魔法と違い、効果時間も短く、使った後の消耗も激しいが、自身の能力を10倍に高める技。
「はああああ!!」
踏み込む大地が爆ぜ、瞬時にハデスとの距離をゼロしたイヴは、すれ違いざまその脇腹に斬りつける。
「グオオオオッ」
高められた能力によるイヴ剣は、ハデスの黒い鎧を破壊し、生身の脇腹を斬り裂く。
「覇光隆翔!!」
空から舞い降りた黄金の稲妻が、空気を引き裂く爆音を伴って、オークハデスを呑み込んだ。
高温による煙と巻き上げられた砂塵が収まると、そこには半分以上が溶けた鎧に包まれた、消炭状態のオークハデス。
「ふぅ……」
イヴは息を整えながら、門を襲うトロールに目を向ける。
バーンブレイブの効果は、もう暫くは続きそうだ。
あのトロールに、一撃を加えられるくらいは。
そう考えて踏み出した、次の瞬間。
「オイオイ、何処に行くンだ?」
気配も感じさせず横に並んだ男に、イヴは大きく弾き飛ばされ、地面を転がった。
「う、くっっ」
何をされたのか、まったくわからなかった。
激しい痛みと眩暈に襲われながらも、何とか立ち上がり、新たな脅威に備える。
「不意打ちとは……こそこそと隠れて覗き見る、ダークエルフらしい……やり方ですね……」
イヴが顔を上げた先には、整った顔立ちで青白い皮膚の男が立っていた。
間違いなく、昨日見た魔族の一人だ。
「ああ、悪かったな、咄嗟に手が出ちまったンだ。まさか、そこまでぶっ飛ぶとは……」
「エアカッター!」
イヴは男の言葉を遮るように風の刃を放ち、同時に地を蹴る。
上位魔族の強さは、おそらくオークハデスよりも上。
ならば、能力強化の効いているうちにケリをつけたい。
「喰らいなさい、エアバニッシュ!」
全速で突進する勢いに乗せ、イヴは魔族を目掛けて衝撃波を撃つ。
イヴのエアバニッシュは、通常でもトロールを数m吹き飛ばし、オーク程度なら圧死させる威力がある。
「うおっ」
咄嗟に身構えた男だったが、耐えきれずに10m以上吹き飛び転がった。
イヴは剣に闘気を込める。
「終わりです、ライトニングドラグーン!!」
オークハデスをも一撃で粉砕した、怒れる龍の如き金の光が、よろけながらも立ち上がろうとする男に襲い掛かった。
雷鳴が響き、光に撃たれた男は地面に倒れ伏す。
「はぁ……はぁ……悪い事をしましたね、咄嗟に、手が出てしまいました……」
イヴは肩で息をしながら、男と同じ言葉を呟いた。
倒れた男には、もう聞こえないだろうが。
だが。
「いやぁ、気にすンなよ。これでお相子だ、な?」
男は目の前にいた。
反応さえできないイヴの胸に、衝撃が走る。
「かはっ」
ただ鎧の上から、拳で殴られただけだ。
それなのに、躰を圧し潰すような痛みが、鎧をつき通し胸から背中に抜ける。
立っていられず、イヴは膝をついた。
「はっ……は……く、ぁ……」
まともに息ができない。
能力を強化していなければ、今の一撃を耐えきれただろうか。
「なかなか、大した魔導技だったぜ。見ろよ、服がちょっと焦げちまった。ああ、髪も何本か焼けてンなぁ。レジストしてなきゃ、火傷してたかもな」
確かに、全体的に煤けてはいるものの、男はほぼノーダメージだ。
「まさか……そん、な……」
剣を杖代わりに立ち上がろうとするが、もう脚にも腕にも力が入らない。
「上手くやったようだな、グレイオ」
いつの間に現れたのか、男の傍には同じダークエルフの女が立っていた。
「おう、ジェンガ。そっちはどうだ?」
「逃げようとした、指揮官らしき奴を始末した」
「そうか、ンじゃ、そろそろ終わりにするか」
グレイオはそう言って、掌をイヴに向ける。
「イヴ!!」
混戦の防護壁上で、リーナの目が、蹲るイヴと二人の魔族の姿を捉えた。
「リーナさん、目を逸らしては駄目!」
「でもっ」
距離が遠く、クレムの支援は届かない。
ハーピーたちに囲まれたリーナも、援護する余裕がない。
さらに、二人の魔力も、もうほとんど残ってはいなかった。
負ける。
誰もがそう思った時。
ドオォォォォォォン!!
耳が引き裂かれるほどの爆発音が響き渡り、広場の南に、空を焦がす勢いの爆炎が上がった。




