【第54話】表に出ろ!
悲鳴が聞こえたのは砦とは逆方向、街の南入口に近い所からだった。
咄嗟に足を止めてしまった漣は、振り向くべきか一瞬迷う。
顔も知らない相手を助ける事に時間を割くより、一刻も早くイヴたちと合流したい。
「こんな時……」
時空騎行グランゼイトの主人公、『早瀬右京』ならどうするだろうか。
彼は正義の味方、そんな事は考えるまでもない。
漣は踵を返して、声のした方へと走った。
「やめてっ、お願い、許してっ」
助けを求めるその声は、意外なことに、戸締りのされた建物の中から聞こえてくる。
襲われているのは女性のようだが、魔物にしては様子がおかしい。
漣はライフルをハンドガンに持ち替え、建物の裏手へとまわり、施錠のされていない扉を静かに、少しだけ開けて数秒待つ。
中からは何も反応がない。
様子を窺い、見張りがいない事を確認してするりと中へ忍び込む。
狭い廊下と事務室らしい部屋を抜けた先が、どうやら倉庫になっているようだ。
声は薄暗いその倉庫から聞こえてくる。
「大人しくしてな!」
「死にたくねぇだろ?」
「魔物から助けてやったんだ、金がねえなら、こうやって払うのが筋ってもんだぜっ」
「何なら、魔物の群れん中に、放り込んでやろうか?」
「いや、やめて、いやああ」
恫喝する男たちの声と、懇願する女の声。
ここで何が行われようとしているのかは、火を見るよりも明らかだ。
漣の予想通り、倉庫には六人の男たちがいて、一人の女を弄んでいた。
四人が女の手足を押さえ、一人の男が覆い被さり、今まさに女の服に手を掛けようとしている。
もう一人は、こちらに背を向けそれを眺めていた。
全員、漣に気付いてはいない。
胸糞の悪くなる光景に、漣は顔を歪める。
このまま、警告なしに撃っても良かったが、それだと貫通した光弾が女を傷つける恐れがあるし、何より、薄汚い男たちの血を浴びるのを彼女は嫌がるだろう。
漣は傍にあった木箱を、勢いよく蹴り倒した。
大きな物音でようやく漣の存在に気付いた男たちが、動きを止め一斉に振り返る。
どの顔にも見覚えがあった。
「相変わらずの、屑っぷりだな。ガロウズ」
「てめえはっ、ノーバディ」
ガロウズは一瞬驚いた顔をして、足元に置いてあった剣を拾い上げる。
「一応聞くけど、こんな時に何してるんだ? 助からないと思って、自棄でも起こしたか?」
そうでなければ、この状況でコトにおよぶなど、正気とは思えない。
だがガロウズの答えは、漣の予想とは違っていた。
「助からねえ? 違うな、助からねえのはてめえと、あの女勇者だ。俺たちが、魔物どもに襲われる事はねえ」
どんな根拠があるのか分からないが、ガロウズが本気でそう思っているのは、その表情からも明らかだ。
「襲われない……?」
何か様子がおかしい。
以前と変わらない、人を見下した卑しい目つきの中に、狂気のようなものを感じる。
立ち上がった手下たちも、全員が同じ目をしているのだ。
「くっくくくっ……もうすぐ結界が壊れて、魔物が一斉に入ってくる。だが、それだけじゃねえ、上位魔族もいるんだ。あの女勇者は終わりだぜ? 手足もがれて弱ったところを、俺たちで遊んでやろうってなっ」
「あの女、どんな顔するか、今から楽しみだぜっ」
「惨めったらしく、泣き叫ぶんじゃねえかっ」
男たちは皆、それが決まった事のように笑い始める。
「上位魔族? 何でお前たちが、そんな事知ってるんだ?」
上位魔族の話など、イヴへの伝令にもなかった情報のはずだ。
「まだわからねえのか? 結界に細工したのは俺たちだ、魔族と取引してな」
ガロウズは人を小馬鹿にしたように、ちょんちょんっと自分の頭を突いた。
「その見返りが、イヴを慰み者にする事か?」
「そういう事だ。あの女、俺様を馬鹿にしやがったからな、簡単には殺さねえ。当分の間、奴隷として飼ってやるのも悪くねえな」
人間の、しかも冒険者でありながら、そんな下らない理由で、敵対する魔族と取引をするなど理解し難い。
漣は思わず、眉間に皺を寄せた。
「まあ、てめえが一人で現れたのは、手間が省けたぜ。今ここで、ぶち殺してやる。ああ、まてよ、手足へし折って、魔物の餌にしちまうか」
「そりゃあ見ものだぜ!」
何が楽しいのか、ガロウズと手下たちはどっと笑った。
「いいだろう、お前らの顔も見飽きた。勝てると思うなら、表に出ろ」
漣は静かに、心を決めた。




