【第53話】守ってみせる!
街の西側。
既に機能を失った結界柱の周囲からは、弱体化した結界の穴を潜り、魔物たちが続々と街へ侵入していた。
「取りこぼしは無視して! 目の前の敵に集中するのよ!!」
オークウルフを、一刀の下に切り伏せたイヴが叫ぶ。
「イヴ、皆! 下がって! 炎よ、風よ、共に悪意を焼き尽くせ! ファイアストーム!!」
リーナが唱えた炎と風の合成範囲魔法が、結界を通り抜けた魔物たちを焼き焦がしてゆく。
「紫電一閃!」
炎の嵐を耐えた数十体のオークウルフが、イヴの雷光に引き裂かれる。
「展開せよ、サンクチュアリ!」
間髪を入れず、クレムは光の聖域を展開。魔物の群れを結界まで押し戻す。
イヴと5名の兵士が最前線に立ち、3名の自警団に守られたリーナとクレムが、後方でそれを支援する。
取り逃がし、侵入を許した魔物もけっして少なくはないが、ここまで何とか持ちこたえていた。
しかし、それも時間の問題だろう。
一基の結界柱を失い、街を覆う結界全体が、徐々に弱くなってきているのだ。
「イヴっ。これ以上は危険だよ!」
イヴたちの実力もさることながら、少人数にもかかわらず前線を維持できているのは、魔物がここだけに集中していないからだ。
現に、ほとんどのオークや魔物たちはここではなく、街を取り囲む形で陣を組み、結界に対して攻撃を加えていた。
街の周囲に巡らされた堀も至る所で埋められ、今やその用をなしていない。
結界が消えれば、魔物の群れは街の四方から、一気に攻め入ってくるだろう。
これ以上ここで戦い続けても、孤立してしまうだけだ。
「撤退して、砦の防衛に当たります! リーナ!」
住民が避難する時間は、十分に稼げたはず。
ここからは、砦での本格的な防衛戦だ。
「はいは~い! 立ち塞がれ、ストーンウォール!」
一部の魔物たちを押しつぶしながら、岩の壁がそびえ立ち、結界に空いた穴を塞ぐ。
「持って10分ってトコかな? 全力で走った方がいいよ」
「ええ、私が殿を務めます。総員、退却!」
イヴの号令の下、全員が砦に向かって駆け出す。
「結構、上手くやれてるよね、ボクたち」
リーナが、隣に並んで走るクレムの顔を窺う。
「ええ、ここまではぁ。ですが、魔物の大半はまだ結界の外です。それに、巨人族のオーガや、空を飛ぶ魔物もかなりいますし。小さな砦を守るのは、なかなか大変ですよぉ?」
クレムは、特に焦った様子もなくそう答えると、穏やかに目を細めた。
「クレムってさ、どんなに大変な時でも、落ち着いてるっていうか、ホンワカだよね~」
平常時であれ戦闘時であれ、クレムの態度や話し方が変わる事はない。
「あらぁ、リーナさんだって、命が危険な場面でも、飄々として、軽口を叩いてるじゃないですかぁ」
いつもと何も変わらない。傍から見れば、彼女たちが戦闘中とは思えないだろう。
「あはは、それもそうだね~。イヴはいっつも、厳しくて怖い顔してるしね」
「聞こえているわよ、リーナ。気を抜かずに、しっかり周囲の警戒に集中しなさい」
大声を出したわけでもないのに、耳の良いイヴには聞こえてしまったらしい。
イヴが少し冷めた態度で指示を出すのも、いつもの事だ。
「は~い」
「皆さん、気を付けてくださいねぇ」
クレムが、同行する守備隊員と自警団員に声を掛けた。
「承知しました!」
8人全員から、覇気のある声が帰ってくる。
彼らの目には、イヴたちの態度が、随分と余裕のあるものに見えただろう。
意図する、しないにかかわらず、それは彼らの気持ちにもゆとりを与えていた。
砦に戻れば、合流した他の兵士たちの士気も上がる。
「大丈夫。私たちは勝てます!」
根拠など、何もなかった。
だが、絶望的な戦力差だろうと、諦めるわけにはいかない。
たとえ命を落とすことになったとしても、この街と住民は必ず守ってみせる。
その覚悟を胸に、イヴは強く剣を握りしめた。




