【第46話】魔族の威圧
「くそっ、ムシャクシャするぜっ。ぜってーこのままじゃ済ませねぇ!」
ガロウズは感情に任せて大剣を振り回し、辺りの木々を手当たり次第切り倒していた。
漣に対する怒りはもちろん、イヴに対する腹立たしさの方も同じくらい大きくなっている。
誰が相手だろうと怯んだことなどない。
初めて魔物と戦った時も、怖いとは思わなかった。
恐怖など、強くなれない者が持つ下らない感情だ。
強い自分に、恐怖を与えられる存在などありはしないと信じてきた。
それなのに、イヴに睨まれた途端、全身が震えて指の一本さえ動かすことができなかったのだ。
「認めねえ……認めねえぞ!」
ガロウズは怒りのまま、大剣を地面に突き立てた。
腹いせに、魔物たちをズタズタに切り刻んでやりたいところだが、どういう訳か今日は一体も姿を見せない。
「けど、どうするよ。ありゃあ、どうやったって勝ち目はねぇぜ……」
「レベルが違い過ぎる。同じ人間とは、思ねぇよ」
手下たちは、いまだに蒼ざめた顔色のまま項垂れて首を振る。
「黙れ! 弱気なこと言ってんじゃねえっ! いいか、世の中舐められたら終わりなんだよ! 考えろっ。あの女勇者を辱めて嬲り尽くす方法をよ! ノーバディの奴を、ぶち殺す方法をよ!!」
トレインを起こして魔物の群れをぶつけたところで、ガロウズたちの引き起こせる程度の規模では、何の障害にもならないだろう。
ましてや、和解の振りをしての騙し討ちなど、通用するわけがない。
と、その時。
「随分と面白い話をしてるじゃねえか。なンなら、俺が手伝ってやろうか?」
森の薄闇の中から響いた声が、一瞬でガロウズたちの自由を奪う。
「なっ……」
これまでに感じた経験のない暗く異質な気配と、息を吸うのも難しく感じるほどの、べっとりと纏わりつくような暑苦しく重たい湿った空気。
立っていることさえできなくなるような激しい眩暈に襲われ、ぐらぐらと景色が揺れる。
少しでも気を緩めれば、瞬く間に意識を刈り取られてしまいかねない緊迫感が肌を刺す。
先ほど勇者から向けられたものよりも、さらに強大な威圧感。
やがてその根源を持つ黒い影が、動けずにいるガロウズたちの前にゆっくりと姿を現す。
「オイ、返事はどうした? 俺がわざわざ尋ねてやったンだぜ」
「ぐ、ふ……」
誰だてめえは! ガロウズはそう言いたかったに違いない。
だが喉の奥からは僅かな呻き声が漏れただけで、それが言葉になることはなかった。
何が起きているのか、何をされたのかもわからない。
辺りを包む恐怖に全身の震えが止まらず、指先はおろか舌も動かせず、目の前の異質な存在から視線すら外すこともできない。
明らかに人間ではない存在が二人。
魔族、ダークエルフの男女だ。
「聞こえねえのか? いつまでダンマリを決め込んでる気だ?」
男の表情が険しくなり、辺りの空気が更に重さを増す。
「お前が闘気で威圧しているからだろう、グレイオ」
女が飽きれたように肩を竦めた。
「ン? ああそうか。ワリイワリイ」
グレイオの表情がふっと緩み、同時にガロウズたちを縛り付けていた威圧感も消える。
「これで喋れるだろ? で、どうなンだ」
「てめえ……魔族か……」
ガロウズはようやく動くようになった肺に息を吸い込み、呻くように声を絞り出した。
「オイ、聞いてンのは俺だ。余計なことを喋るんじゃねぇよ人間」
「内容をしっかり話してやれ、グレイオ。そうでなければ、答えようがないだろう」
短気な男に比べて、女の方はいくらか話が通じるようだ。
「それもそうだな、ジェンガ。オイ人間ども、一度しか言わねえからよぉく聞きな。お前たち、あの女勇者が邪魔なンだろ? 実は俺たちも同じでな。そこでだ、アイツは俺がやっちまおうじゃねえか。なあに、手足もぎ取って動けねえようにしてやるから、痛めつけるなり嬲るなり、お前らの好きにするとイイ。その代わり、お前らにやってもらいてぇコトがある」
グレイオは、やけに親し気な笑みを浮かべた。




