【第44話】緩めの倫理観
「らい……ふる?」
イヴがキョトンとした顔で首を傾げる。
全言語同時翻訳会話機能は働いているのだが、この世界の言語に『ライフル』に当たる言葉がないため、『カメラ』と同じく元の世界の言葉のまま、訳されていないようだ。
「ええと、そうだな……大雑把に言えば、目には見えない鏃で標的を射抜いたり、爆発する塊を飛ばしたりできる武器……かな」
それ以上に的確な言葉は思いつかなかった。
「つまり、弦のない弓、みたいなものってこと?」
「そう! そんなトコ」
リーナの解釈は間違ってはいない。
無理やり感はあるものの、発射する、という概念は同じだ。
「なるほど……オークプルートやハーピーも、それで攻撃したのですね?」
なぜ隠していたのかをイヴが尋ねなかったのは、漣の事情を考えてのことだろう。
初めて会った相手に、自分の全てを話すことは有り得ない。
ただ頷いただけの漣に、イヴはほんの少し口角を上げた。
「これからどうするのイヴ。逃げた魔族を追う?」
そう尋ねたリーナにイヴは首を振る。
「いいえ、おそらく追っても無駄。彼らはノーバディさんの言った通り、正面から戦うつもりはないようだわ」
「少々、厄介ですねぇ」
クレムは魔族の消えた画面から顔を上げ、森の奥を見つめて眉根を寄せた。
「直接の戦闘なら簡単なのに、搦め手でこられるのは面倒だよね~」
たとえ二人の魔族が相手でも、戦いになることにまったく躊躇していないような言葉。
イヴの強さは理解しているつもりだが、リーナやクレムも穏やかそうな見かけはしていても、やはり勇者パーティーの一員として、かなりの経験を積んできたのだろう。
「彼らが何を仕掛けてくるかわからない以上、警戒を強めるしかないわ」
「ま、そうだね……それとさ」
リーナは馬車の後方を振り向いて、森の奥に目を向けた。
「こっちにも覗き魔がいるんでしょ? まあ、ガロウズたちの狙いは、キテレツくんだろうけど」
「俺?」
にやりと笑って横目に見つめるリーナに、漣は何のことかと首を傾げる。
「あらあらぁ、随分と興味を持たれたみたいですねぇ、ノーバディさん」
口元に手を添えて、クレムは嫋やかに目を細めた。
「ああ、そういうこと……」
恨みをかった理由なら、十分すぎるほどにある。
ガロウズのようなチンピラほど、無駄にプライドが高いものだ。
傲慢ともいうが、そのプライドをあっさりとへし折ってやったのだから、連中がどさくさに紛れて、漣を殺そうと考えていてもおかしくはない。
「いっそのこと、その銃ってやつでぶっ飛ばしちゃえば?」
リーナがちょいちょいっと、EARを指さす。
「いいのかなあ……」
「いいわけがありません! 実際に襲ってきたならともかく、こちらから先に手を出すなんて、もっての外です。リーナっ」
イヴはそう言って、リーナをねめつけた。
「あはは、冗談だってば。ホント、イヴは真面目なんだから~」
真面目とか不真面目とかの問題なのだろうか。
イヴも一応止めはしたが、それは先に手を出すなと言ったわけで、相手が襲ってきた場合は殺しても構わないと言外に匂わせている。
一応の法律はあるとしても、この世界の倫理観がかなり緩いのは確かなようだ。
ガロウズのような男がのさばっているのも、仕方のないことかもしれない。
漣は、自分の経験とかけ離れた文化の違いを思い大きな溜息を零した。
それを別の意味にとったのか、イヴはふと心配そうな表情を見せる。
「あんな連中でも、一応は冒険者です。いざという時、多少は戦力になる……」
「そうですねぇ。何が起きるか分からない現状ですから、戦力は一人でも多い方がいいですよねぇ」
「しばらく我慢しててよ、キテレツくん」
その口ぶりから、このまま何事もなくは終わらないと、イヴたちは考えているようだ。
「それでも、彼らには少し忠告をしておくべきね。リーナ」
「はいはい、それじゃあ……」
リーナは短い呪文を唱えると、右手の杖を天にかざした。
「みんな、ちょっと目を閉じててね。光よここに!」
十数メートル先で眩い光が爆ぜ、漣たちの姿を飲み込む。
「行きます!」
その光を突き抜け、イヴは駆け出した。




