【第40話】森の中の監視者
気になることがある。
そう言って一人森へ行こうとしたイヴを、リーンとクレムが説き落とし、情報は共有したいと全員で出かけることとなった。
漣が同行するのは、一人で残しておいた場合、ガロウズたちが何をしてくるかわからないと、イヴたち三人の意見が一致したことに加え、イヴにも考えるところがあったからだ。
イヴの提案で今日はそれぞれが単騎騎乗ではなく、2頭のウィンドランナが牽く獣車1台に四人全員が乗っての移動となった。
森に入ってしばらく進むと、それまでずっと静かだったリーナが、森の全体を窺うように見渡しながらイヴに尋ねる。
「ねえイヴ。気になることって、何なの?」
獣車は荷馬車を改造した簡易なもので屋根はなく、森の様子は否が応でも飛び込んでくる。
「もう少し奥に向かいましょうか」
御者席のイヴは後ろのリーンにそれだけ答えると、手綱をピシッと弾いてマオに合図し獣車の速度を上げた。
「昨日、森を巡回しているときに、妙な気配を感じました」
20分ほど獣車を走らせただろうか、イヴは「そのままで聞いて」と森での出来事を話し始める。
「妙な気配?」
御者席の隣で漣が尋ねると、イヴは小さく頷く。
「探知スキルの範囲外だったので、はじめは気のせいかとも思ったのだけれど、その気配はずっと、私に着かず離れずの距離を保っていました」
「あちゃ~、覘かれてたの? 水浴びとかしなくて良かったね」
荷台に手を加えた後ろの席で、リーナが神妙な顔でぼやいた。
「そういう問題ではないと思いますけどぉ」
向かい合って座るクレムは、本気なのか冗談なのかわからないリーナの言葉に首を傾げる。
「じゃあ今日は、それを確かめるために?」
「ええ。私たちを監視しているのであれば、また現れると思ったのですが……どうやら正解のようです」
そう言ってイヴは顔を漣の方に向けた。
「え?」
一瞬、自分を見たのかと思った漣だが、すぐその勘違いに気付く。
「かなり距離がありますが、微かな気配を感じます」
彼女の視線は漣を通り越し、森の奥へと向けられていたのだ。
肉眼で捉えることはできないものの、精神を集中させた漣の網膜に小さなENEMYの文字が二つ。
方角は獣車の進行方向から左。
距離が300m以上離れているせいか、脅威度は表示されない。
「ホントだ、何かいる」
この視界の悪い森の中において、これだけの距離から監視できるということは、相手が人間だとは考えにくい。
更に周りを見渡すと右後方にも反応があり、こちらは八つで距離はおよそ50m。【ALERTⅡ】と表示されていることから、ガロウズたちではないかと推測できる。
「そちらにも気付きましたか。やはり貴方に来てもらって正解でした」
「やはり、って……」
「貴方は何らかの探知スキルを持っているのでしょう? そうでなければ、完全に透明化したディスアザードを見つけることはできないわ」
それくらいはお見通し、とでも言いたげな表情でイヴは漣を見つめた。
あのとき漣が感じた通りイヴの洞察力はかなり鋭いようで、これ以上隠し通すのは好手ではないだろう。
「君の思ってる通り、俺は見えない距離からでも、敵の数とある程度の強さを認識できる。範囲は、ギリギリ300mってトコかな」
「さ、300……」
イヴの表情が驚愕の色に変わる。
それもそのはずで、かなり優秀な彼女の探知スキルでも、範囲は3分の1の約100mなのだ。
「キテレツくんって、いろいろ驚かせてくれるよね~。ホントはめっちゃ凄い人だったりする?」
「300mの探知なんて、初めて聞きましたぁ……」
驚いたという割に、いつもと変わらない態度のリーナとは対照的に、クレムの方は目を丸く見開いて漣の背中を見つめている。
「それで、どうしようか」
「後方の連中は、私もガロウズたちだと思います。冒険者が冒険者の後をつけるのは、少々モラルに欠けた行為だけれど、今は相手をする必要はないわ。問題は……」
イヴは見えない相手を窺うように、森の中をねめつけた。
「確かめる?」
「できれば。でも、近づけば離れて行くし、街道を逸れた森の中だから、追いつくのは無理ね」
監視の対象であるイヴや、同行者の漣が追えばそうなるだろう。だが、相手に気付かれなければ……。
「なら、これを使おう」
漣はレッグバッグのスイッチを押し、亜空間収納から黄金虫を模した昆虫型偵察機、ドローンビートルを手の平の上に出した。




