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【第39話】誰でもない

「少し回り道をしましょうか。二人だけで話したいこともあるので」


 砦を出たイヴは真っすぐ宿へは向かわずに、遠回りになる路地を曲がった。


「いいけど、話しって?」


 さっきまでの和んだ雰囲気が変わり、イヴの横顔に神妙な表情が浮かんだのを見れば、何を聞かれるのかはおおよそ見当がつく。


「先ずは、貴方に怪我がなくて安心しました。ただどうしても腑に落ちないことが幾つかあります」


「えっと、何だろ?」


 そう続きを促すと、イヴは一度短く漣を見つめたあと、すぐに正面へと向き直った。


 言いたくなければ答えなくても構いません、とわざわざ前置きをしたのは、これからする質問が漣にとって答え辛いものだと、彼女がわかっているからだ。


「話しによると貴方は、ガロウズたち八人をほんの一瞬で叩き伏せたそうですね」


 一瞬、とは些か大袈裟すぎる表現だが、概ね間違ってはいない。


「一発ずつでやっつけたのは本当だけど、一瞬ではないよ」


「どちらにしてもあり得ないわ。仮に貴方が戦闘職だとしても、彼らのレベルは20前後、ガロウズに至っては26よ。どうやっても、勝てるはずがない」


 ガロウズたちが、そんなに高いレベルとは思ってもみなかった。せいぜい10前後と見積もっていたし、もし敵わないとなればそのときはバスターガンを使うつもりでいた。


「それは多分……あいつらが相当俺を見くびって、油断してたんじゃないかな?」


 適当な理由も思いつかず、苦し紛れのような言い訳で躱そうとする漣に、イヴは少し冷ややかな言葉で追い打ちをかける。


「たとえ彼らに油断があったにしても、貴方とはレベルが大きく開いているわ。1、2の差ならスキルで覆すことができても、10以上となればもはや大人と赤子に等しい。それほど絶対的なものだということは、わかっていると思いますが?」


 初めて聞いた。いや、ある程度の予想はしていたのだが、まさかレベルの概念がそれ程絶対的なものだとは思っていなかった。


 これ以上言い逃れはできそうにない。それならばここはあえて誤魔化さず、話せることだけを話すべきだし、話せないなら正直にそう言うべきだろう。


「ごめん、今はまだ話せない。というより、俺にもわからないんだ」


 これは嘘ではない。漣にはレベルやスキルの理屈がほとんどわかっていない。


 ただ憶測ではあるものの、例えば攻撃力はレベル1のとき5だった数値が、レベルアップ毎に5ずつ増えていた。それを踏まえて、漣もガロウズも戦闘職で基本数値が5として計算した場合、26のガロウズは5×26=130。漣は20[×12]=240でその差は110となりレベル差を覆すことになる。


 この実数値の後の[×12]が重要なカギとなっているのではないか。


 今のところ検証する手段がないため、あくまでも憶測の範囲でしかない。


 いずれ、もしイヴがそれでも漣を信じてくれるならば、確かめるために相談もできるだろう。


 この状況では、単に漣の希望的観測でしかないのだが。


「そうですか……」


 イヴは溜息をつくように零れた自分の言葉を、まるで目で追うかのように俯いた。


 表情からは、彼女の心を窺うことはできない。


 それから暫くの沈黙の後、イヴは顔を上げることもなく尋ねた。


「オークプルートたちとの戦闘の後、レベルが4に上がっていたことも、ですか?」


 あのときのイヴの問い詰めるような視線は、やはりそれに気付いていたからだったようだ。


「援護したのは俺だよ。それでレベルが上がった。でも、どうやったのかは、ごめん、言えない。信用してくれとは言わないし、クビにしてくれても構わない。ただ、君の親切には本当に感謝してるし、それに報いたいと本気で思ってる」


 漣は精一杯の気持ちを言葉にして、イヴに投げかけた。


 これで否定されるならそれもしょうがない。


 イヴは視線を地面に落としたまま、感情を露わにせず淡々と話し始める。


「貴方を全面的に信用していると言えば、それは嘘になるでしょう。それはおそらく、貴方も同じではないかしら。貴方が全てを話せないように、私も話していないことがあるのだから。でも私はあのとき、貴方を保護すると約束しました。」


「お互い様……か。まあ、知り合ってたった四日だしね」


「ええ、たったの四日です」


 そう言って振り向いたイヴは、どこか清々しい表情を浮かべて蒼銀の髪をかき上げた。


「貴方は……誰ですか?」


「誰……かな。誰でもないよ、今は、多分……」


 自分が何者になるのか、それを決めるにはもう少し時間が欲しい。


 空を仰ぎ、流れる雲を見つめた漣はそう思った。

 





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