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【第38話】勇者様のお迎え

「いったたた……」


 朝を告げる小鳥の鳴き声に目を覚ました漣は、体中の痛みに思わず唸り声を漏らした。


 衝撃吸収性がある服を着ているとはいえ、一晩中硬い木のベッドで寝ていたせいで体のあちこちが強張り伸びをするのも一苦労だ。


「よく途中で目が覚めなかったな……」


 この状況でぐっすり眠れたことに、漣は自分のことながら少し驚いていた。


「俺って、意外と図太いのかも」


 それとも危機感が欠如しているかのどちらかだろう。


「さあてっと、これからどうするかな……」


 今のところいつ出られるのかは分からないが、たかが喧嘩でそう何日も勾留はできないはずだし、そもそもの原因はガロウズたちにある。


「いっそヤツらの方から襲ってきてくれればなぁ……」


 そうなれば堂々と返り討ちにしてやれる。


 そんなことを妄想しているところへ、守備隊員が入ってきて牢の鍵を開けた。


「お迎えだ。ほら、もう出ていいぞ」


「お迎え?」


 一応尋ねてみるものの、思い当たる人物はイヴとリーナとクレムの三人しかいない。


「まったく驚いたよ。分隊長から身元引受人がくるとは聞いちゃいたが、まさかねぇ……あんた一体何者なんだ?」


 守備隊員は漣の背中についた埃を軽く払いながら、興味深そうに尋ねた。


「料理人さ、ただのね」


「料理人ねぇ……ま、そういうことにしとこうか。ガロウズたちをあっさり料理したって話だしな? 次は是非、俺にも見せてくれよ、料理人の兄さん」


「ま、材料次第かな」


 笑って答えた漣の腕を、守備隊員がぽんっと叩いて頷いた。


「さ、こっちだ。あんまり美人を待たせちゃ悪いしな」


 隊員に先導されて待機室に入ると、開け放ったドアの傍でイヴが一人で待っていた。


「ノーバディさん!?」


 イヴは漣の姿を見るなり、その瞳を大きく見開いて驚きの声をあげる。


「怪我はっ……ない、の?」


 イヴの声はみるみるうちにトーンが下がり、表情からも険しさが消えてゆく。


「お陰様で。硬い木のベッドの方が手強かったくらいで、背中がちょっと痛いかな」


 場を和ませようとした漣の軽いジョークを一切無視するように、イヴは俯き加減に大きな溜息を零すとそのまま顔を上げず踵を返した。


「では失礼します。行きますよ、ノーバディさん」


「あ、ああ、うん」


 守備隊員たちに会釈をして、つかつかと先を行くイヴに並ぶ。


「あの……」


「……!」


 声を掛けようとしたら、イヴはぷいっとそっぽを向いてしまった。


 さっきの冗談が不味かったのか、どうやら怒らせてしまったようだ。


「えっと、ごめん……冗談、嫌いだったよね」


「別に、嫌いとは言っていません。苦手だと言ったのです」


 髪をなびかせて振り返ったイヴが、漣を鋭くねめつけた。


「というか、そこを謝るのですか!?」


「あ……」


 謝る順番を完全に間違えた。


「私、怒っています」


 顔を真っすぐ正面に向けたイヴが、漣を見ることなく言い放った。


「はい……すみません……」


「何に対して謝っているの」


 抑揚のない冷たい声に、漣は背筋が凍るような感覚を覚える。


 怒らせたうえに嫌われてしまっては、取り返しがつかない。


「……えっと、昨日の……」


「昨夜はっ!」


 イヴは立ち止まり声を荒げた。


 拳を握りしめ、わなわなと震えるくらいに怒っているところをみると、どうやらクビが確定したような気がする。


 漣は覚悟を決めて、次の言葉を静かに待つ。


「昨夜は……貴方がいなかったせいで、何も食べていませんっ!」


「そうだよね、ごめ……え?」


 思いもしない言葉に困惑する漣を、イヴはしばらくの間まじろぎもせずに見つめ、それからふっと口元を緩めた。


「冗談です」


 イヴはそう言って、いたずらっぽい表情を浮かべる。


「え?」


「不味かったですか? 一晩考えてみたのだけれど……」


 意表を突かれた漣だったが、ようやく飲み込めた。


「それも、冗談、だよね」


「ええ」


 二人は向き合ってくすりと笑った。


「ごめん。いろいろと迷惑を掛けたみたいで」


「貴方が謝ることはないわ。女性を助けようとしたのでしょう?」


「うん、まあそんなとこ……」


「ならば、もっと誇りに思うべきよ。少なくとも、私はそう思っているわ」


 乱暴しようとした連中がお咎めなしだったことに、釈然としない思いを燻ぶらせていた漣だったが、イヴの掛けてくれた言葉ですっきりと煙が晴れた気がした。


「ありがとう……ごめん」


「貴方の謝罪を受け入れます。心配で一晩中眠れなかったのだから」


「え?」


 イヴは風に揺れる髪をかき上げ、戸惑う漣をおいて歩き始める。


「それも、冗談?」


「さあ? どうかしら」


 振り向いたイヴの笑顔が、朝日に溶けて輝いた。





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