【第30話】美女のお願い
「わ、美味しそうっ。じゃあ早速っ」
「ちょっと待った。そのフォークを使って」
漣の予想通り、リーナもクレムも料理に直接手を伸ばした。
イヴもそうだったところをみると、この世界にはまだフォークが普及していないようだ。
「フォーク?」
「ほら、これをこうして……」
首を傾げるリーナとクレムに、イヴがフォークを手に取りゼーバルフライを突き刺して見せる。
「へぇ、何か便利だね~」
「これなら、熱いものでも冷まさずに食べられますねぇ」
「ノーバディさんの、お国の物らしいわ」
タルタルソースのたっぷりかかったフライを、リーナはフォークに刺しひょいと口に運ぶ。
「あつっ……でも、んんっ、おいしいっ」
「まあ本当。外側はカリっとしていて、中は柔らかくてジューシーで……この食感は癖になりそうですねぇ」
クレムは一口齧ってそう言うと、満足そうに頬に手を添える。
「このとろみのあるソースが魚の身と絡まって……淡泊な味なのに、くどくない濃厚さが出ているわね」
イヴにも概ね好評のようだ。
「口に合うようで安心したよ」
「あれ、キテレツくんは食べないの?」
テーブルに並べられている皿が3つだけなのに気付き、リーナは漣を見上げて首を傾げた。
「ああ、俺は後で食べるよ」
成り行きとはいえ、あくまでも料理人として雇われた身だ。雇い主である彼女たちと同じテーブルにつくわけにはいかない。
そのことを話すと、リーナがフォークを置いてクレムに顔を向ける。
「なに遠慮してるのさ。ボクたちだってイヴに雇われてるんだよ? ねえクレム」
「はい、そうですよ。ですから、どうぞご一緒に」
クレムが目を向けると、イヴは漣を見上げてこくりと頷く。
「私たちにそんな遠慮はいらないわ。ここにいる間は、みんなで一緒にたべましょう。さあ、貴方の分も持ってきて」
「そうそう、皆で食べる方が楽しいよ、キテレツくん」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」
リーナだけでなくクレムもイヴも賛成してくれたので、漣は早速自分の皿をテーブルに運び席についた。
「え? ねえキテレツくん、それって生じゃないの?」
刺身の載せられた皿を指さし、少しぎょっとした顔でリーナが尋ねる。
どうやら漣の予想していた通り、魚を生で食べる文化はないようだ。
「俺の国の食べ方でね、刺身っていうんだ」
刺身の一切れに少量の練りわさびをのせ、醤油につけて口の中へ。
醤油だけでももちろん美味いが、わさびの辛みがいっそう魚の旨味を引き立ててくれる。
フォークでは少し食べ辛いものの、ここで箸を持ち出すとまたイヴたちに驚かれそうなのでやめておく。
「へぇ~、何か綺麗で美味しそうだね。ボクにも一つ分けてよ」
クレムから悪食と言われるだけあって、リーナは食べ物に関して偏見がないようだ。
「そうだね。口に合うかどうか分からないから、とりあえず一切れずつ食べてみて」
漣は新しいフォークを取り出し、一切れずつ醤油と少量のわさびをつけた刺身を、3人の皿によそう。
「わ、なにこれ、美味しいっ」
「ほんのりと甘みがあって、鼻に抜ける風味が……これは、衝撃的ね」
「思っていたような生臭さもありませんし、歯ごたえと舌触りも優しい感じですねぇ。後味も心地良いですし」
意外にも3人にはすんなりと受け入れられたようで、漣は少し誇らしげな気持ちになった。
「ねえねえキテレツくん、もうちょっと貰ってもいい?」
「私も、頂いていいかしら」
「申し訳ありません、私も……」
3人が気に入ってくれたのなら、漣に断る理由はない。
「どうぞ、遠慮なく」
漣は、残りの刺身をそれぞれの皿に取り分けていった。
「ホント、キテレツくんの出すものって、びっくりするものばっかだよね~。料理もすごく美味しいしさ、この街にいる間、なんて言わないでずっといてほしいな。なんか飽きないし、仲良くなれそうだし」
「それはいいですねぇ」
これから何をすべきか、どこに行くべきか、何も定まっていない漣としては悪くない申し出ではあるが、料理人として雇われ続けることには少し抵抗がある。
それに、ある程度この世界の知識を得たら、自由に旅してみたいとも思う。
「えっと、それは……」
「私からもお願い。ずっととは言わないわ。でも、貴方の気が変わるまでは、このパーティに居てくれないかしら」
3人もの美女に見つめられそうお願いされては、もはや選択肢は一つだけだ。
「分かった、俺からもお願いするよ」
漣は美人に弱かった。
 




