【第27話】乙女三人の食事事情
「とりあえず、もう一度市場に戻ろうか。買いたいものも見つかったし」
漣はくいくいっと親指を市場へ向けた。
「お、ってことは~。今日のメニュー決まったの? ねえねえ、なになに?」
リーナの声と表情には、なぜか過剰な期待が込められているようにみえる。
「そんなに期待されてもなぁ……。さっきも言ったけど、俺は庶民料理しか作れないよ?」
クレムが小さく首を振った。
「実は……この街に来てからもう一週間ですけど、まだ一度も料理をしたことがないのです……お家は借り物ですし、キッチンを使って汚したくないもので……」
「ホントはさ、3人交代で食事の準備をする予定だったんだけどね~」
リーナが腕を頭の後ろに組んで笑った。
「じゃあ、今まで食事はどうしてたんだ?」
リーナとクレムが顔を見合わせる。
「街の屋台でフィッシュパイとか炙り焼きの肉とか……買ってるかな」
「パンだけの時もありますし、後は干し肉とザワークラウトですねぇ」
「……なんか……」
見目麗しい乙女が3人。
いかにも優美な食生活かと思いきや、日々コンビニ弁当で済ましてしまう独身男と変わらなかった。
美女3人で干し肉を齧る絵はなかなかにシュールだ。
イヴが漣を料理人として雇ったのも、そんな理由からなのだろう。
「さすがに、ね。もう飽きちゃってさ~。作ってくれるなら、贅沢は言わないよ」
「私も、お手伝いしますねっ。先ずは、何を買いますか?」
漣はさっき見つけておいた魚屋へ、二人を案内した。
買い物のお金を出してくれるのはクレムだ。
と言っても個人のお金ではなく、勇者であるイヴに支給された資金と、冒険者ギルドから依頼された分の報酬の管理を任されているそうで、何か欲しい物がああればクレムを納得させる必要がある。と、リーナが耳打ちで教えてくれた。
「いらっしゃい! 生きの良いのが揃ってるよ!」
店の前で立ち止まると、恰幅の良い中年女性が声を張り上げた。
「なあお姉さん、そっちの生きてるやつを見せてほしいんだけど」
「お、兄さん、なかなか目が高いじゃないか。このゼーバルはついさっきあたしの旦那が釣って来たものでねぇ。足の速いゼーバルをこれだけ新鮮なうちに買えるのは、ウチだけだよォ!」
「足が速い……」
この世界でもそんな言い方をするのかとも考えたが、おそらくオールリンガルの機能によって、漣が理解できる言葉に翻訳されているだけだろう。
値札を見る。
800レニ。
他の魚のほぼ5~6倍の値段だ。
ちなみに1レニが鉄貨一枚。10レニが銅貨で100レニは白銅。さらに1000レニ銀貨に10000レニ金貨。
と、貨幣の仕組みはイヴに教わった漣だったが、この世界の経済状況や平均収入を知らないため、貨幣価値についてはほとんどわかっていない。
「800レニか……」
それが順当なのか高いのか。
漣はおそるおそる、クレムの顔を覗き込む。
「ゼーバルは、とても美味しいお魚ですねぇ。ちょっと高いですけど、それなりの収入はありますから、大丈夫ですよぉ」
財布を握るクレムのお許しが出た。
「じゃあ、お姉さん。そのゼーバルを4尾もらうよ」
「ありがとうございます! で、どうやって持って帰るね。1尾10レニで捌いてやるけどさ」
なるほど合わせて1尾810レニか。足の速い魚なら、この場で捌いてもらう人が多いのだろう。
なかなか商売上手だ。
「いや、そのまま持って帰るよ。これに入れてくれ」
漣は、肩に掛けたクーラーボックスをイケスの前に下ろし蓋を開けた。
「なんだいそりゃ?」
「まあ、小さなイケスってとこ」
面倒なので、漣は適当に端折って説明した。
「へぇ~、初めて見たよ」
そういって首を捻りながら、店主は水と魚をクーラーボックスに入れてくれた。
「どうも」
「またよろしくねっ、お兄さん!」
クレムに代金を支払ってもらい、漣は他の店をまわり、鶏とよく似たクリーツァという家畜用の鳥の卵をいくつか買った。
「卵って、普通こんな市場じゃ売ってないんだけどね~」
卵は割と高級品で、他の街では大きな商店でしか買えないそうだ。
「魚と卵? どう使うの?」
意外な取り合わせだったらしく、リーナは不思議そうに首を傾げた。
「ま、それはできてからのお楽しみ、ってコトで」
漣は片目を閉じてリーナに応えた。




