【第22話】絡まれる勇者様
「シュルツ分隊長殿っ」
守衛の二人が姿勢を改め、男に向かって敬礼をした。
「お前たちはもういい、下がってな」
「ですが……」
守衛の一人が食い下がる。
「ほう、お前ぇ。俺の命令が聞けねえってのか?」
「いえっ、申し訳ありませんでしたっ」
二人の守衛は、シュルツの命令に従い、逃げるように守衛所へと戻っていく。
「いけませんねぇ。勇者様自ら街の規則を破るとは、他にしめしが付かないでしょう? 違いますかねぇ」
勇者様、と敬称で呼んではいるものの、男の口調にはイヴを敬うようなところは、全くと言っていいほど見当たらない。どうやらこのシュルツという男、かなりの曲者のようだ。
「私はっ、そんなつもりはありません。これからすぐに登記所に行って、彼の身分証を発行してもらいます。それの何処が規則違反なのですか」
珍しく少しだけ語気を強めたイヴは、射抜くような目でシュルツを睨む。
規則に反していない彼女としては、シュルツの言い分は言いがかりとしか思えなかった。
「そりゃあ、どこにも怪しいところがないヤツの話しですよ」
シュルツは人を小馬鹿にしたように口元を歪め、やれやれと大げさに肩を竦めた。
「ノーバディさんが、怪しいとでも言うのですか」
「ええ、ええ。見りゃあ分かるでしょう? その得体のしれない奇妙な服、おまけに魔族と同じ黒髪に黒い目ときてる」
「それはっ、偏見ですっ」
どうやらこの世界この国では、黒髪に黒い瞳の人間は偏見の対象になっているらしい。
魔族がそうだからという単純な理由のようだが、これからこの世界で生きて行かなければならない漣にとって、これは少々面倒なハンデになりそうだ。
「それだけじゃあない。魔物に襲われて、命からがら逃げたにしちゃあ、こいつの服には汚れどころか埃一つ付いてねえ。まるで新品の服を着て、今家をでましたって様子だ。ホントに森の中を走ったのか? しかも手持ちの武器がダガーだけってのも、それでよく生き残れたもんだ」
この男もバスターガンを武器と認識していない。
漣の考え通り、やはりこの世界に銃は存在しないらしい。
「こいつの服の材質もね、見たこともねえ妙な素材でできてやがる」
漣の服は 『グランゼイト』の設定通り、防弾、防刃の他に防塵、撥水の機能があり、埃や汚れを受け付けない。
かなり有効で便利な機能ではあるが、今はその性能が仇となったようだ。
「それは、以前探索したダンジョンで見つけた物です。おそらく、アーティファクトでしょう」
イヴはまったくのデタラメを口にすると、シュルツに気付かれないよう髪をかき上げながら漣に目配せをした。
「弱い俺が怪我しないように、勇者様がくれたんだ。調べれば分かると思いますけど」
臆する様子もなく堂々とした二人の態度に、シュルツは眉をひそめ舐めまわすように漣とイヴに目を向ける。
「王都の防衛部に問い合わせても構いませんよ」
勇者を管理運営する防衛部は国王の直属機関だ。一介の守備分隊長程度が易々と話ができるものではない。
シュルツは表情こそ変えなかったものの、チッ、と小さく舌打ちをした。
「いいでしょう、ここはお通りください。ですがコイツは街にいる間、監視の対象としますよ。問題を起こさなかったとしても、怪しい行動をとれば牢にぶち込みますんで、そこんとこをお忘れなく」
「分かりました。ご苦労様シュルツ分隊長」
イヴはシュルツに顔を向けることもせず、冷たい声と態度で応えた。
お疲れ様ではなくご苦労様と言ったのは、自分の方が身分が上だと示すためだろう。
マオの手綱を曳いてゆっくりと歩き始めたイヴは、横に並んだ漣に向かってちょこんと頭を下げた。
「ごめんなさい、不快な思いをさせてしまったわ」
「君のせいじゃないよ。アイツ、性格が捻くれすぎだ。よっぽど不憫な生活してきたんだろうな、気の毒に」
「彼はその……ここでもすこぶる評判が悪いの」
「君のことも、何か見下してるみたいだったしね」
「それは別に、良いのだけれど……」
「ああゆうヤツはさ、嫌われてるって自覚がないんだ。何でも自分の都合のいいように考えてる、まあ、頭の中お花畑なんだよ、きっと」
「頭の中、お花畑……蝶々とかも飛んでいるのかしら?」
イヴはいたずらっぽい目で漣を見つめた。
「蝶々っていうより、蛾じゃない?」
「そうねっ」
二人は顔を見合わせて笑った。




