【第21話】異世界の街
「見て、あれがクローナークの街よ」
森を抜けてしばらく進むと、草原の南彼方に建物のシルエットが見えてきた。
「あれが、この世界の街、か……」
初めて目にするこの世界の文明に、漣は期待のこもった表情を浮かべて呟く。
森の中の街道は道幅も狭く縦一列で進んでいたのだが、今は気にすることもなく横に並んで走っている。
街に近づいた所で、イヴはマオの手綱を引いて止めた。
「ここからは歩いて行きましょう。その魔道具は、なるべく見せない方がいいわ」
「ああ、そっか。まあ、そうだね」
イヴにもあれだけ驚かれたのだ。このまま街へ入れば大騒ぎになることは間違いない。
「フォースイン」
漣はエンジンを切って降りた後、レッグバックの亜空間収納にHaTMCを収納した。
それから街の西側を通る街道を折れて、南側の正面入り口に向かう。
「何か、貴方の身分を証明するものを持っていますか?」
そう聞かれてポケットを探ると、見慣れない財布の他に生前もっていた運転免許証とマイナンバーカードが出てきた。
ちなみに財布の中には、金貨と銀貨が合わせて30枚ほど入っているようだ。
「メビウス少年……お金はありがたいけど、マイナンバーカードなんて何の役に立つんだよ……」
せめてこの世界で通用するものにしてほしかった。
「えっと、ごめん。何も持ってないな」
漣は財布とカードをポケットにしまい、すまなそうに肩を竦めた。
「いえ、突然精霊の道に巻き込まれたのなら、それも仕方がないわ。こうしましょう、貴方は私が雇った料理人で、ここに向かう途中魔物に襲われ一人生き残った。いいかしら?」
「構わないよ、それでいこう。命からがら逃げて、荷物も何も置いてきてしまったってカンジで」
「ええ。上出来よ。私が守衛に話しますから、貴方は直接聞かれるまで黙っておいて」
「ああ、分かった」
入口へと歩きながら、漣はクローナークの街を観察していた。
想像していたような城壁はなく、2mほどの木の柵で囲まれている。
柵の外側には水を引き込んだ幅も深さも5mくらいの堀が巡らされ、街への侵入を防いでいるようだ。
街の規模としては周囲がおよそ2Kmといったところか。街の東には大きな河が流れている。
家の屋根はいくつかみえるものの、ここからは柵が目隠しになって中の様子は窺えない。
「少し手間取るかもしれないわ」
「大丈夫、大人しくしてるよ」
街について早々、トラブルは遠慮したい。
できれば何事もなく穏やかに、目立つことなく過ごしたかった。
堀に掛けられた橋を渡り入口に近づくと、二人の守衛が簡易な守衛所から飛び出してきた。
「お帰りなさい、勇者様。ご無事でなによりです」
「ええ、ありがとう。街に入ってもいいかしら」
「はい……それで……」
守衛二人の視線が、漣に注がれる。
「こちらの御仁は一体……」
「出かけられるときは、お一人だったと記憶しておりますが?」
守衛たちは当然の疑問を投げかけた。
これからが演技の見せどころだ。
「彼は私が雇った料理人です。この街に来る途中で魔物に襲われて、彼一人が生き残り、私が助けて保護しました」
「魔物にですか……それは、御気の毒に」
守衛たちはイヴの言葉を信じて、漣に同情の言葉を掛ける。
「それで、失礼ですが身分を証明するものをお持ちですか?」
「勇者様のお連れにこんなことを確認するのは心苦しいのですが、一応規則ですのでご了承を」
もっと高圧的な態度に出るかと思っていたが、この二人は威圧することもなくかなり良心的だ。
勇者のイヴが相手だから、かもしれないが。
「それが、仲間たちがみんな殺されて、もう無我夢中で逃げたんで、荷物も何も全部おいてきてしまって……どこをどう走ったのか、気付いたら手に持っていたはずの鞄さえ、何処かに落としてしまったようで……」
漣は薄っすらと目に涙を浮かべた。
「そうですか……それは大変でしたね。分かりました、それでは街に入ったらすぐに登記所へ行って登録してください。勇者様が後見人であれば、すぐに身分証を作ってくれますよ」
「ではどうぞ、お通りください」
守衛の二人が後退りしてイヴに一礼する。
「ありがとう、ご苦労様」
イヴと漣が入口の門を潜ろうとした直前。
「おいおい、ちょいと待った」
街の方から歩いてきた男が、ふてぶてしい態度でイヴたちを止めた。




