【第19話】秘密にしとこうね?
「ノーバディさんっ、もう大丈夫ですよ。ノーバディさんっ」
イヴは剣を鞘に納めると、戦闘前に漣が駆けていった森の方向を見つめて叫んだ。
ハーピーの生き残りが、漣と同じ方向に飛んで行った事も彼女には気がかりだった。
「まさか……」
ハーピーに見つかって襲われたのではないか。
レベル3の人間がハーピー3体に襲われれば、生き残ることはまず不可能だ。
そんな不安が首をもたげ、急いでマオを呼び漣を探しに行こうとしたちょうどその時。
森の木の陰から、漣が手を振りながら走って来るのが見えた。
「無事で安心しました。怪我もないようですね」
「お陰様でね。君も……」
漣は辺りに横たわる魔物の死骸を見渡し、大きく息をつく。
「こんな数の魔物相手に傷一つ追わないとは……やっぱり凄いなぁ」
きらきらとした漣の瞳に見つめられ、イヴはほんの少し頬を赤らめ顔を背けた。
勇者として羨望の眼差しを向けられることには慣れているが、漣の目はどこか違う気がする。
イヴ個人に向けられる尊敬の念、といったところだろうか。
それほど真っすぐな漣の瞳に、イヴは思わずドギマギしてしまう。
「そんな……それほどでも、ない、わ」
照れ隠しで落としたイヴの視線の先に、頭のつぶれたハーピーの死骸が映り、戦いの最中に感じた違和感がイヴの中で疑念となって甦った。
「少し、奇妙に感じたことがあるの……」
「え?」
「見て」
イヴはハーピーの死骸を指さした。
「私に向かってきたハーピーよ。頭から突っ込んできたわ」
そこから数歩すすんで、今度は首のないオークプルートの脇へ立つ。
「このオークプルートの足首を見て。この傷は私がつけたものではないわ」
それに、とイヴは付け加えた。
「もう一体のハーピーは、仲間であるはずのオークプルートを襲撃して、バラバラにされた……考えてみれば、こんなことあるわけがない。それに、オークプルートの大斧も粉々に砕けている……」
顔を上げたイヴは、問い詰めるような視線で漣を見つめた。
「それから、飛び去ったハーピーたちがどうなったのかも、気になるのだけれど」
明らかにイヴの目は漣を疑っている。
だが、そう勘ぐられることは想定の範囲内。ここは役者としての演技力で誤魔化しきる場面だ。
「3匹のでっかい鳥、ハーピーだっけ? それが飛んで行くのは見えたよ。そのまま逃げたんじゃないかな? その2体のハーピーについては俺は見てないから良く分からないけど、オークプルートの傷って、たぶん踏み込んだ時に昔の古傷が開いたとかじゃないかな? 大斧はたぶん、金属疲労でプルートの振るう力に耐えられなかったとか……」
漣は口元に拳を添え、いかにも冷静に考察していますといった表情で、思い当たる理由を並べた。
「そう……ですか……」
イヴはハーピーとオークプルートの死骸に目を向ける。
弓矢での攻撃ならば矢が残っているはずだが、どこにも見当たらない。
オークプルートの傷からも魔法の痕跡はなく、何かの攻撃であったとしてもその方法さえ分からない。
「貴方の言う通りかもしれないわね……」
もう一度漣を見つめたイヴは、漣が何か隠しているのではと思いながらも、それ以上追及するのはお互いに得策ではないと考えこの話題を終わらせた。
「魔物の死骸はどうするの?」
「そうね、冒険者協会に持ち込めば討伐の報酬が幾らか貰えるけれど……」
「じゃあ、俺が運ぼうか?」
漣の亜空間収納ならこの数程度は問題なく運べるのだが、イヴは首を振ってその申し出を断った。
「それでは貴方の魔法収納が公にされてしまうわ。今はまだ二人だけの秘密にしておいた方が良いと思うのだけれど……」
魔法収納のスキル持ちは国で保護管理される。
それは漣にとってあまり有難いことではない。
今後どうなるかは分からないが、当分の間は自由に動きたいところだ。
「確かに……その方が良さそうだ。国から管理されるなんて、考えただけでうんざりだしね」
手のひらを見せ大げさに肩を竦める漣に、イヴは笑って「そうね」と答えたが、その笑顔に僅かな影が差したのを漣は見逃さなかった。
彼女は勇者。
国や世界で管理されている最たるもの。
その行動に、見た感じほどの自由は無いのかもしれない。
「死骸は焼き払って、魔核だけ回収しましょう。それに、ハーピーの羽根も」
そう言ってイヴはオークプルートの胸をナイフで抉り、ソフトボール大の赤い球体を取り出した。
「それって、魔物にはみんなあるの?」
漣が解体したアルミラージからも、黄色い球体が出てきた。
「そうです。色や大きさはそれぞれ違うのだけれど、この魔核を持っているものを魔物と呼ぶの。人や動物には無い器官よ」
全ての死骸から魔核を抜きハーピーの羽根を切り落としてから、イヴは魔法の火でその死骸を完全に焼き払った。




