【第17話】いきなり敵襲。援護は?
「何か来ます!」
イヴもほぼ同時に、近づいてくる脅威に気付いたようだ。
漣は素早く辺りを見渡す。
敵対者の接近は森の北側から。
アラートⅠが7体。Ⅱが3体。そしてアラートⅢが一体の計11体。姿はまだ見えないが距離にして約100m、人が走るよりも速い速度で近づいてくる。
「オークが7、オークウルフ3。それにレベル28のオークプルートまでいるようね。ノーバディさん、早く何処かに隠れて」
「いや、でも……」
いくら勇者とはいえ敵は11体、しかもアラートⅢまでいたのでは、楽な闘いにはならない気がする。
だが、イヴの返事は冷静だった。
「私は大丈夫。約束したでしょう? 早く行って」
「分かった。君も気を付けて!」
イヴはこくんと頷きにっこり笑うと、森の奥に目を据え剣を抜いた。
一先ずは彼女の言葉に従うしかない。
漣は森の東に入り、300m程走る。
いざとなれば、EARで援護しよう。
そう考えて、辺りの樹を観察する。
似たような背丈の樹々の中に、一本だけ大きく枝が張り出しひと際高い樹を見つけ、ジャンプして枝に飛び乗った。
「思った通り、ここならイヴたちが見えるな」
しかも、枝葉が影になり向こうからこちらは見えないだろう。
狙撃にはもってこいの場所だ。
漣はレッグバックの亜空間収納からEARを取り出し、スコープを覗いた。
最高倍率20のデジタルスコープは、イヴと魔物の姿をくっきりと映し出す。
「あれが、オーク?」
アラートⅠのオークに照準を合わせる。
ゲームや漫画などで見たことのあるオークは、たいてい豚のような顔をしているが、このオークは鼻がひしゃげたようになっているものの、どちらかというと日本の昔話に出てくる鬼に近く、革の鎧に剣を装備していた。
オークウルフはその名の通り、全身毛だらけで顎が狼のように突き出していて、いかにもオークの上位種だとわかる。
3m近くあるオークプルートに至っては、金属製の鎧に身を固め大きな戦斧を軽々と振り回してイヴを威圧している。
「大丈夫かな……」
そんな漣の心配をよそにイヴは悠然と駆け出し、先行する7体のオークのうち3体を一瞬で切り伏せた。
「はやっ」
まるで雷光のようなそのスピードに、漣は思わず感嘆の声を漏らす。
その間にもオークプルートの振るう大斧を躱し、オークウルフと切り結びながら、瞬時に距離をとりオークを倒してゆく。
瞬くうちにオークの7体は屠られた。
これで残りはオークウルフ3体とオークプルートの1体。
「これ、援護の必要ないかな……」
この状況なら、下手な援護は逆に邪魔になってしまうだろう。
ふとそう考えた時だった。
スコープに映し出されたイヴの頭上から、黒っぽい無数の礫が降り注いだ。
「何だ?」
イヴは間一髪で躱したが、黒い礫は空中の四方から次々と襲ってくる。
漣はスコープを礫の先の空中に向けた。
「鳥? いや、違うな」
上半身は人間の女性に近い姿だが両腕の代わりに猛禽のような翼が生え、脚を含む下半身は鳥そのもの。
顔かたちは整っていて美人には見えるものの、肌は全体にくすんだ灰色っぽく、まるで映画に出てくるゾンビのようだ。
「これって、所謂ハーピーってやつか」
アラートⅡのハーピーが全部で5体。
飛び道具がなければ、なかなか厄介な相手に思える。
そのハーピーたちが翼を大きく羽ばたかせるたびに、無数の羽根が手裏剣のように撃ち出される。
黒い礫の正体はこの羽根による攻撃だった。
漣は再度地上のイヴにスコープを向ける。
先ほどまでは優勢に戦っていたイヴも、空中からの攻撃には苦慮しているようで、今は防戦一方になってしまっている。
魔法で空中のハーピーを墜とそうにも、オークウルフとオークプルートの攻撃がそれを許さない。
ならば。
「少しは役に立てるかな」
漣はEARを構えなおし射撃姿勢をとる。
EARの銃口の上下左右には不可視のレーザー発射装置があり、そこから発射されたレーザーは銃にマウントされたデジタルスコープに赤い輝点として表示される。
射手はその赤い起点を標的に合わせ引き金を引くだけでよく、距離に合わせたゼロイン調整は必要ない。
またEARは、貫通力に優れた不可視の特殊な粒子弾を光速に近い速度で発射するため、重力や風、気温や湿度といった気象条件にも左右されず、一直線に標的を狙える。
設定によると射程距離は10Kmとあるが、地球上での地平線までの距離は約4.5Km(人が立った状態での視認)だから、実際の射程は4Km弱といったところだろう。
スコープの赤い輝点をハーピーの額に合わせる。
よく見れば見るほど人間そっくりに見える顔に、僅かに沸き上がる心の揺れを役者魂で抑え込む。
今の漣はフリーターの一般人ではない。敵を屠る戦士グランゼイトだ。
「恨むなよ」
漣が引き金を引いた瞬間、ハーピーの額に穴が開き後頭部が爆ぜる。
結末を確認するべく、漣は墜ちてゆくハーピーをスコープで追った。
「わっ、やばっ……」
ハーピーの墜落した先は、間が悪いことにイヴの真上だった。
異常に気付いたイヴはさっと身を躱し衝突を避けたものの、これでは援護しているのか邪魔しているのか分からない。
「ご、ごめん……」
聞こえるはずもないが、漣は申し訳ない気持ちいっぱいで呟いた。




