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【第16話】姫勇者様って凄くない?

「それでは、出発しましょうか」


 朝食を終えて紅茶を楽しんだ後、イヴは焚火の火を消して立ち上がった。


 立ち上がる前に両手で自分の頬を叩いたのは、何かの意味があったのだろうか。


「俺がついて行ってもいいのかな? 秘密の任務だって言ってたけど?」


「構いません。一般人を保護するのも私の役目だから。ただ、戦闘になったら私の指示に従って。相手によっては、貴方を守りながらでは戦えないかもしれないから」


 漣をキッと見つめるイヴの瞳は、それがあり得ない事態ではない事を物語っていた。


「ああ、分かった。その時は一目散に逃げるって約束するよ」


 現実問題、未だレベル3で変身もできないのは心もとない。


 早くレベルを上げたいところだが、必要以上に強い相手と戦いたくもない。


 中学の時から、父親や祖父に連れまわされたお陰で、狩りに対して抵抗はないが戦いとなれば話は変わる。


 相手は鹿や猪ではなく(どちらも場合によっては危険な獲物だが)、人を積極的に襲ってくる魔物だ。


「ええそうね、約束よ。自分の命を最優先に考えて」


 念を押すようにじっと漣を見つめたイヴは、ふっと視線を外しマオの手綱を掴み歩き始めた。


「ここから一時間ほど進んだ所で、この旧街道から新街道に入ります。その先で……おそらくは……」


 その先をイヴは話さなかった。


 たぶん、戦闘になるということだろう。


「少し足を速めるけれど、大丈夫かしら」


 小学生のとき、片道3Kmの山道を毎日登校していたおかげで、足腰はかなり鍛えられたし、今は身体能力も強化されている。


 「大丈夫、ついていくよ」


 それから二人は特に言葉を交わすことなく、黙々と歩き続けた。


 途中何度かマオに騎乗するように促しても、イヴが頑なにそれを拒んだのは彼女の矜持だろうか。


 グランゼイトの装備には『HaTMC(ハートマック)Hall(ホール) Thruster(スラスター) MotorCycle(モーターサイクル))』というイオン推進型のバイクがあるはずだが、それがどのレベルで開放されるのか分からない今は、こうしてイヴと並び歩くしかない。


 彼女の言った通り一時間程で新街道に入り、それを進んだ所で問題の場所に着いた。


「ここです」


 そこは湖のアウトレットで、かなり広い河原だった。


「やはり……情報の通りだったわ……」


 イヴの見つめる先には、直径2m程の蜃気楼にも似た空気の揺らぎがあり、ゆっくりと渦を巻いていた。


「何だあれ?」


 元の世界では見た事もない現象だった。


「指向性転移召喚門……『ゲート』です」


「ゲート……?」


「ええ。入り口はどこか別の場所にあって、こちらは出口。入り口のゲートで魔物を誘い込み、こちらのゲートに転移させる仕組みです」


 きっかけは森を通る商人の、最近この森にいるはずのない魔物を見たという噂からだった。


 初めは単なる噂としてさほど重要視されていなかったが、魔物の被害が徐々に増えるにつれ街の施政者も無視できなくなり、冒険者を雇い森の調査にあたった。


 そこで発見されたのが、3ヶ所のゲート。


 そして、ゲートを破壊できる力を持つのは神託の勇者のみ。


「じゃあ君の受けた依頼って……」


「ええ。ここを含めて3ヶ所のゲートを破壊する事。既に2ヶ所は破壊済ですが」


 イヴは美しい装飾の施された鞘から剣を抜き「下がって」と漣に声をかけ、空中に浮かぶゲートへと歩み寄る。


「はあああああ」


 彼女の構えた剣が、気合と共に紫の光を放つ。


紫電(ライトニング)一閃(フラッシュ)!」


 剣を振りぬくと同時に、耳を劈く轟音が響き雷光がゲートを直撃する。


 その一瞬でゲートが消失し、あとには何も無かったような静寂が訪れ、爆音の余韻だけが耳に残った。


「すっげ……」


 今の一撃なら、装甲車でも撃破できそうなくらいだ。(実物を見たことはないので、あくまで漣の想像だが)


 人の出せるエネルギーを遥かに超えている。


 そこが勇者の勇者たる所以だろう。


「これで、任務完了です。どれだけの魔物が召喚されたのかは分かりませんが」


 イヴは剣を納め、軽く息をついて髪をかきあげる。


 光を反射してきらきらと輝く鎧とその仕草は神々しいほどに美しく、漣は息をするのも忘れて見つめていた。


「大丈夫ですか? 説明もしなかったから、驚かせてしまったみたいですね」


 惚けている漣の顔を見上げて、イヴは心配そうな表情を浮かべる。


「ああっ大丈夫っ。凄いなぁと思ってさ。あれってやっぱり、魔法?」


 あまりにも近いイヴとの距離に気付き、漣は慌てて一歩後退った。


「いえ、魔力は使うけれど魔法ではないの。『魔導技(フェンシス)』と呼ばれる、剣術に各属性の魔力を乗せた技、といったところかしら」


「魔導技か……ホント凄いなぁ……」


 子どものように純粋な憧憬の眼差しを向けられて、なんとなくむず痒さを覚えたイヴは、僅かに頬をそめて自分を抱きしめるように腕を組む。


「そ、そんな……、私は、八勇者の中でも駆け出しで、一番レベルも低くて……そんなに、たいしたものではない、わ……」


「そっか、じゃあまだまだ強くなるんだ……君みたいに素敵な女性が勇者なんて、やっぱり凄いよ」


 漣に他意はなく、ただ自然に褒め言葉が出ただけだ。


 イヴは切れ長の目を見開いて暫く漣を見つめたかと思うと、みるみるうちに湯気が出そうなほど赤くなった顔を背ける。


「あれ? どうかした?」


「そんなコトはっっ、軽々しく口にしては、ダメっ……だと思うのっっ」


 顔を背けたまま、イヴは蚊の鳴くような声で呟いた。


「えっと……俺、なんか失礼な事言った、かな?」


 漣は自信なさげに尋ねる。


「い、いえっ。別に、その……」


 その時。


ENEMY(エネミー)!】

 敵対者の接近を示す赤い文字が、漣の目に映った。



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