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【第14話】姫勇者様は食いしん坊?

「え、え、やだ、うそっ……これ、ダメっ」


 とても食事をしているとは思えない艶っぽい声で呟きながら、イヴは次々と唐揚げを口に運ぶ。


「ええと、気に入ってもらえた?」


「はい、はいっ。それはもう。凄く美味しいっ」


 それを聞いて、漣はほっと胸を撫で下ろす。


 この世界の人も、味覚はそれほど変わらないようだ。


 漣はフォークに刺しっぱなしの唐揚げを一口齧った。


 片栗粉がカリッとしてごま油とすりおろし生姜、ニンニクの風味が口の中に広がる。


 肉は鶏よりも柔らかくて意外に獣臭さや草っぽい香りも無く、ジューシーで噛むと甘みが出るしっかりとした味。


「この肉、うまいな」


 脂が無いので胸焼けの心配も要らず、これならいくらでも食べられそうだ。


「これ、アルミラージのお肉ですよね。今まで食べたものとは、全然違うのだけれど……豊潤、というのかしら」


「熟成させたからだと思うよ。香ばしい香りが出て、旨味が増すんだ」


「熟成……熟成、なるほどそういう調理法なのね……はむはむ」


 イヴは首を傾げながらも、次々と唐揚げを平らげてゆく。


 おそらく、熟成の意味は分かっていない。


「スープもっ。爽やかで美味しいっ」


 ザワークラウトのスープは初めて作ったが、強すぎない酸味がとても優しく、唐揚げの油をさっぱりと流してくれる。


「お腹一杯、でも、もう一つ……」


 600g揚げた唐揚げが、もう半分以上無くなっている。


「どうぞ、肉はまだあるから、遠慮しなくていいよ」


「はいっ、でもこの一つで最後っ」


 そう言うとイヴは、一番大きな唐揚げをフォークで差し、じっくりと味わうように齧りついた。


 見かけに依らず、食いしん坊キャラなのかもしれない。


「美味しい食事を、ありがとうござました」


 食べ終えたイヴが、胸に手を添えて黙礼する。


 どうやらそれが食事後の作法らしい。


「お粗末さまでした」


 きょとんとした顔でイヴが見つめた。


「ああ、ごめん。咄嗟に頭に浮かんだんだ。多分、俺の国の風習みたいなものじやないかな」


「変わった風習ですね、全然粗末ではないわ。こんなに美味しい料理は、宮廷でも味わったことがありません。ノーバディさんは、料理人だったのね」


「え、えっと……」


 料理の味は調味料と覚えていたレシピのお陰。肉の旨味はパントリーのお陰で、特に漣の手柄ではない。


 誰にでも同じ味が出せる簡単な料理なのに、そこまでの評価はなんだか気恥ずかしい。


「食材や道具を保管できる収納魔法と料理の腕。お国ではさぞかし重宝されていたのでしょうね」


 いえ、箸にも棒にも掛からない、俳優志望のしがないフリーターでした。とはさすがに言えない。


「どうかな。よく覚えてないけど」


 完全に料理人認定されてしまった。


「料理人、か……」


 イヴが勝手にそう思ってくれるなら、今は話を合わせておく方が漣としても都合が良い。


「そうだ。食後のお茶はいかがですか? ヴェルデール産の、とても美味しい紅茶があるの」


「それはぜひ」


 使った食器と料理道具を纏めてパントリーに収納する。


 パントリーには洗浄機能もあり、いちいち洗う必要はないのがありがたい。


 一通り片付けが済んで、今度はパーコレーターを取り出しお湯を沸かす。


「あとは私が」


 イヴは丸みを帯びたティーポットに茶葉を入れ、パーコレーターのお湯をゆっくりと注ぐ。


 ティーポットが丸くなっているのは、たしか茶葉をジャンピングさせるためだったはず。


 紅茶には詳しくないが、その程度の知識は漣にもあった。


 茶こしを使って、紅茶を銅製のマグカップに注ぐ。


 所作の一つ一つが洗練されていて、戦闘の時とは違った優雅さについつい見惚れてしまう。


「どうぞ」


 差し出されたマグカップを受け取り一口。


 マスカットのように爽やかでフルーティーな香りが口の中に広がり、心地よい渋みがすっきりとしたのど越しと爽快な味わいを与えている。


「これ……美味い…」


 安いティーパックの紅茶しか飲んだことのない漣にも分かるほどの爽やかで上品な味わい。


 高級な茶葉であるのは間違いない。


「良かった、紅茶の淹れ方には少しだけ自信があるの。本当は陶器かガラスの器を使いたいのだけど……」


 イヴは遠慮がちに肩を竦めるが、漣の簡単レシピ料理と違ってこちらは本物だ。


「そっか、もし機会があれば是非堪能してみたいね」


 本音が半分、社交辞令が半分。


 相手は神託の勇者様で、漣は何者でもない異世界人で無宿人。


 この世界での立場が違い過ぎるし、街に着けばイヴとの接点もなくなるだろう。


「ええ。街に着いたら是非」


 イヴは社交辞令を超えた穏やかな笑みを浮かべ、少し弾んだ声でそう言った。


「さ、明日は朝早くに出発しますので、もう休みましょう。ここは既定の宿営地で、魔物避けの施術が施されているのだけど、念のために交代で見張りをしましょう。お願いできますか?」


「もちろん。どっちが先?」


「私が見張りをしますから、先に寝ておいて。2時間ほどで起こしますので、よろしく」


 それから夜明けまで、何度か交代しながらの野宿になった。


 見張りをする漣の横で、無防備にも見える姿で眠るイヴは、本当に漣を危険な相手とみなしていないのだろう。


 もっとも、10倍のレベル差があり勇者でもある訳だから当然と言えば当然だ。


 ただし、ぐっすりと眠っているようで、声を掛ければ即座に目を覚ますのだから、危険に対する警戒は怠っていないようだ。


「やっぱり、生きてる世界が違うんだな……」


 元の世界では、たとえキャンプでも寝る時に警戒など必要なかった。


 白み始めた空を眺め、漣は深い溜息を零した。

 


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 美しくて強いのに、食いしん坊な姫騎士とか最高じゃないですが。
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