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【第13話】姫勇者様の口に合う?

簡単ですが、料理回です。


 漣は、特に料理が得意という訳ではない。


 学生時代に一人暮らしをはじめてから、俳優を目指してのバイト生活だった転生前まで、できるだけ食費を浮かせるために自炊を心がけ、一通りの料理はこなせるようになったというだけのこと。


 だから、それほど凝った物というより、手軽で誰にでも美味しく作れる物がレパートリーの基本だ。


 レシピはWebで探せばいくらでもあるし、材料や調味料は近くのスーパーで手に入るものばかりだったから、当時料理初心者の漣にも簡単に作れた覚えがある。


 それでも繰り返し作っているうちに、ずいぶんと慣れて手際も良くなった。


 特に包丁の使い方は、自分でも見事だと思うくらいには上達した。


「さて、じゃあまず肉を切るか」


 まな板に肉を載せる。


 アルミラージの肉はいい具合に熟成できたようで綺麗な赤みが刺し、そのまま刺身でもいけそうな美味そうな色になっている。といっても、良く分からない野生動物(魔物)の肉だから、火を通さずに生で食べる気はしないが。


 食べ応えを重視して、肉は一口大よりやや大きめに切り分けてボウルに移す。


 量は2人分だから400gか、いや少し多めに600gほど。残ったらそのまま亜空間収納に入れておけば、明日の朝でも熱々のまま食べられるだろう。


 料理酒、醤油を適量、香り付けのごま油が肝心。すりおろし生姜を多めに、すりおろしニンニクは風味づけ程度に少量が漣の好み。


 料理酒もそうだが、チューブ入りの生姜とニンニクが調味料扱いなのは何気に嬉しい。


 あとは、鶏ガラスープの素と塩、粗挽きの黒胡麻を振ってよく揉み込む。


「とってもいい香りですね、美味しそう」


 焚き木を拾って火の準備を終えたイヴが、興味深そうにボウルを覗き込んで目を細めた。


「ああ、ごま油の香りだね」


 まだ漬け込みの時点でありながら、食欲をそそる香ばしいごま油の香りが立つ。


「ごま、油……?」


 首を捻っているところを見ると、この世界にごま油が存在しないのか、それとも料理の苦手なイヴが知らないのかのどっちかだろう。


 肉を漬け込んだボウルにラップをかけ、一旦パントリーに収める。熟成機能を使えば2分ほどで漬け込みが完了するはずだ。


「ザワークラウトをもらってもいい?」


「ええ、どうぞ」


 イヴが革の鞄から、瓶詰めのザワークラウトを取り出す。


 このまま食べても悪くはないが、少しだけ手を加えてスープにしてみる。


 鍋に水を張って火に掛け、沸騰する前にザワークラウトを入れ、コンソメ顆粒と醤油、みりんを少々加えて一煮立ちさせた後、火から少し離して保温しておく。


 本当ならベーコンやマッシュルームを加えたいところだが、それは無いものねだりなので我慢するしかない。


 その間にパントリーから漬け込んだ肉を取り出し、一つずつ片栗粉にまぶしていく。


 最後は肉を揚げるだけだが焚火では油の温度が心配なので、パントリーからカセットコンロを取り出してサラダオイルをフライパンに注ぎ、180度に熱してから肉を揚げる。


「それ……魔道具、ですか? 初めてみるわ……」


 カセットコンロの火を、イヴは興味津々な目でじっと見つめ、溜息混じりに呟いた。


「こんな、小さな火がたくさん輪になって並んで……しかも青い……」


 元の世界ではごく普通のコンロにこんな反応を見せるとは、イヴは割と好奇心が強いのかもしれない。


「たぶん、俺の国の魔道具だと思う。使い方だけは、なぜか覚えてるんだよね……」


 誤魔化し方が微妙だったような気がしたものの、イヴは「それも妖精の道を通った影響でしょう」と、一応納得してくれたようだ。

 そこから4分ほど。


 ジュワジュワ大きかった油の音が、パチパチと拍手のような高い音に変わり、衣がカリっとしてきて焦げ色が付き、菜箸が軽く刺さるようになった。


「よし、と。出来上がり」


 網付きのクッキングパットにキッチンペーパーを敷き、その上に揚げたての唐揚げをよそう。


「フライドミート、ですかっ!?」


「うん、まあそんなトコ」


「まさか、こんな所で宮廷料理を食べられるなんてっ」


 油が貴重なのだろうか。ただの唐揚げがそんな高級料理とは思いもしなかった。


 きらきらと目を輝かせたイヴに見つめられて、照れくささを感じながら漣は準備を続けた。


 折り畳みテーブルをサバイバルキットから出して組み立てる。折り畳みの椅子まで揃っているから至れり尽くせり、もはやサバイバルキットというよりはキャンプセットと呼ぶべきではないだろうか。


 テーブルの上に唐揚げとスープの鍋を置いて、取り皿を並べる。


 日が暮れて薄暗くなってきたので、ランタンをテーブルの中央へ。


「オイルとも魔法光とも違う光……とても明るいのに、それほど眩しくはない……ノーバディさんの持ち物は、不思議な物ばかりね」


 ランタンは表面のガラス自体が発光しているらしく、電球やLEDでもホワイトガソリンでもない謎光源。この設定は漣も知らないが、イヴの言葉通り明るい割に優しい光なので、長時間でも目は疲れなさそうだ。


「さ、そんな事より、食べて。俺の国の料理だから、口に合うかどうか分からないけど」


「はいっ。実はさっきから、この香りにお腹が鳴りっぱなしなの。とても美味しそう、ありがとうございます」


 そう言ってイヴは、盛り付けられた唐揚げに直接手を伸ばす。


「ああ、ちょっと待って。これを使って」


 漣はイヴが手掴みする前に声を掛け、手にしたフォークでザクリと唐揚げを突き刺して見せた。


「それは、何ですか? スプーンとは違うみたいだけれど……」


「フォークだよ。こうやって突き刺して使うんだ」


「はあ、なるほど。これなら、手を汚さずに済みますね」


 フォークを持ったイヴはもの珍しそうに眺めた後、漣に倣って唐揚げに突き刺した。


 フォークを初めて見たとなると、この世界の食文化は14世紀以前の欧州並みのようだが、ザワークラウトは16世紀から18世紀に定着したもののはず。1世紀には古代ローマで食べられていたという話もあるので、元の世界の歴史をこの世界に当てはめるのは無理があるようだ。


 そのあたりは、これからじっくり観察していけばいい。 


「熱いから気をつけて」


 いきなりかぶりつこうとしたイヴは、漣の「熱い」にぴくりと肩を震わせて一旦手を止め、少し息を吹きかけてから遠慮がちに一口齧った。


「んむぅっっ!」


 途端に変な声をあげる。


「え?」


 イヴはその切れ長の瞳をこれでもかというくらいまん丸に見開いて、さらにぷるぷると震えている。


「あ、やっ、マジで口に合わなかった……」


 日本人好みな味付けは、いかにも西洋人な彼女には合わなかったのかもしれない。


「ご、ごめんっ。すぐ作りなお……」


 だがイヴは素早く咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。


 暫くの沈黙の後。


「おいっしいいいいいぃ!!」


 歓喜に満ちたイヴの叫び声が、薄闇の空に響いた。


ここまでお読みくださりありがとうございます!

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