【第12話】亜空間収納は、危険?
その後。
一時間ほど旧街道を進むと現在使われている新街道との合流点に出て、野営地の湖畔に辿り着いた頃には日もすっかり傾き始めていた。
「日が暮れてしまう前に、野営の準備をしましょう」
「わかった、手伝うよ」
湖畔はそれほど広くはないが頻繁に使われているらしく、下草の丈は短く刈られ、湖面に向かう傾斜もなだらかでほとんど角度を意識させない。
湖の水は透明度が高く、湖畔から10mほど浅瀬が続いた先にかけあがりがあるようで、水遊びをするのにも釣りをするのにも良さそうだ。
「ここの水って、飲めるのかな?」
漣は夕日の反射できらきらと輝く湖面を指さした。
「ええ、大丈夫、そのままでも飲めるわ」
「そっか、じゃあ後で汲んでくるよ」
飲めるとはいっても、生水をそのまま飲む気にはなれない。
サバイバルキットにある、非常用のタンクに入れておく前に、一度煮沸した方がいいだろう。
「それでは、火と食事の準備をしましょうか」
「食料はあるの?」
「ええ。パンに塩漬け肉と、ザワークラウトも少しだけれど」
イヴはマオの背に積んだ大き目の鞄をぽんっと叩いた。
「塩漬け肉に、ザワークラウト……」
典型的な、大航海時代の保存食のようだ。
料理法によっては不味くはないだろうが、調理器具も揃っていないこんな場所ではあまり期待はできそうにない。
そういえば、【パントリー】に入れて置いておいたウサギの肉が、そろそろいい具合に熟成されている頃だ。
問題は、その肉が食べられるかどうか。
「ちょっと聞きたいんだけど、ウサギって食べられるのかな?」
「ウサギ、ですか?」
ウサギ、と聞いても、イヴが何やら不思議そうに首を捻っているのを見ると、この世界には元の世界のような兎はいないのかもしれない。
それとも、同じような動物はいても呼び名が違うという可能性もあるし、ここは考えるより実物を見せた方が早いだろう。
「これなんだけど、魔物だよね?」
漣は亜空間収納から、まだ解体していないウサギを一羽取り出し草の上に置いた。
「え!? 今どこから出したのっ? え、まって、ひょっとして貴方、魔法収納を使えるの?」
漣が思わず後ずさってしまうくらいにイヴは驚いた表情で顔を近づけ、彼女のイメージとはかけ離れた大声をあげる。
「えっと、まあ、そうかな。あの、ちょっと落ち着いて……」
亜空間収納は左脚に装着したレッグバッグの機能で、けっして漣(もしくはグランゼイト主人公の早瀬右京)が魔法を使える訳ではない。
「ごめんなさい、取り乱してしまって。でも、魔法収納のスキルは極希少なもので、国中を探しても片手に足りないくらいなの」
「え……」
剣と魔法の世界なら一般的とはいわないまでも、そこまで少ないとは思わなかった。
「……神託の勇者よりも少ないのか……」
イヴは漣から目を離さずに頷く。
「だから、魔法収納のスキルを持った人たちは、国で管理されて国の仕事を任されるの。もちろん、高い給金と地位を保証されているわ」
「主に、どんな仕事を?」
だいたいの予想はつくが、一応聞いてみる。
「軍事物資の運搬が殆どかしら。彼等は一人で、輸送用の馬車5~10台分の荷物を収納できるらしいわ」
馬車10台分で国の管理になるのなら、容量無制限の漣はどうなるだろう。
イヴに知られたのはちょっと不味かったかもしれない。
「これからは、人前で使わない方がいいわ。私も見なかったことにします。いいですね?」
「ああ、気をつけるよ、ありがとう」
どうやらイヴは本気で庇ってくれるようだ。
「では、その話はここまでとして……それが食べられるかということでしたね」
イヴは漣が置いた魔物の死体を指さした。
「それはアルミラージね、ちろん食べられます。毛皮や魔核も素材として売買されます。これを、どこで?」
アルミラージの角の生え際に小さな穴が開いている以外、どこにも傷が見当たらないのを不審に思ったのか、イヴは漣の目をじっと見つめた。
「ああ、それが、気付いたら魔法収納の中に何体か入ってたんだ。何体かは解体した状態で」
自分で狩ったと正直に答えても良かったが、漣を弱いと思っているイヴに、これ以上不信感を持たれないようにした方が無難だろう。
「そう、もしかすると貴方も、同じような仕事をしていたのかもしれないわね」
組織立った魔物狩りの時にも、魔法収納持ちは重宝されるらしい。
「記憶が無いから何とも言えないけどね。とりあえず、食べられるのなら俺が食事の準備はするよ。助けてもらったお礼もかねてね」
「それは助かります。実を言うと私、料理はあまり得意でないの」
イヴは胸の前で手を合わせ嬉しそうに笑うと、火を起こす準備のために薪になりそうな枝を探しに行った。
「もっと冷たい感じの娘かと思ったけど……」
見た目はクール系だが、笑うと意外に幼さがあって可愛い。
「ま、それよりもメシの準備だな」
漣はパントリーから熟成済みの肉とまな板、それから包丁を取り出す。
思いつくレシピから、一番食べやすくて手間のかからないものを選んで、調味料を探す。
「よし、どれもあるな」
漣は早速、料理に取り掛かった。




