【第11話】姫勇者様はジョークがお嫌い?
「では、そろそろ行きましょうか、ノーバディさん」
そう言うとイヴは、遠くまで響くように指笛を鳴らした。
キュイっと、甲高い鳴き声がして街道に飛び出して来たのは馬、ではなく巨大な鳥。
「うおっ!?」
元の世界のダチョウに比べると数倍は大きく、馬よりも頭の位置が高くて、胴は馬よりも少し短いくらいだろうか。全身が薄緑の羽毛に覆われ、太い首にはたてがみのような細くて長い朱色の羽。体の大きさに比べて翼は小さめなので空は飛べそうにないが、二本の脚は恐竜のように太く立派で走るのは得意なようだ。
大きくて丸い紫色の目には愛嬌があるにも関わらず、猛禽類のように鋭いカギ状の嘴をしている。
「この子はマオ。竜脚種のウィンドランナという魔物ですけれど、おとなしい性質で人にも慣れやすいの。危害を加えることはないから、安心してください」
「魔物、か……」
鳥のように見えるが、竜脚種ということは鳥ではないらしく、なるほど言われてみれば恐竜に近いような気がする。
ハミのような物と手綱、それに鞍も装着されていることから、騎乗用の魔物のようだ。
イヴの話しでは、馬より乗り心地は良くないもののタフで力も勇気もあり、魔物に怯むこともないため、冒険者たちの騎乗として使役されることが多く、大食漢だが一度腹を満たしてやれば、二週間はエサも水もいらずで活動でき、短い旅程なら荷物を大幅に減らせるので行商人にも重宝されているらしい。
馬は専ら、人間同士の戦闘を主とする騎士や、貴族の儀礼を目的として用いられるという。
イヴは、すり寄ってくるマオの嘴を優しく撫でる。
キューィと長鳴して目を細めるマオの様子から、本当に良く懐いているのがわかる。
「この旧街道を湖沿いに少し下ります。今日はそこで野営しましょう」
野営ならこの近くの湖岸でも良いように思えて尋ねると、あまり広い場所は魔物や野生動物が集まりやすく、野営するには危険が多いとのことだった。
「それほど遠くはないから、夕方までには着くと思うのだけど、歩けますか?」
「ああ、大丈夫」
「精霊の道に巻き込まれたとなると、記憶障害だけではなく身体にも影響が出るかもしれないわ。無理なようであれば、遠慮なく言って下さい」
話し方はどことなく冷たい印象を受けるものの、穏やかに微笑むイヴの表情にはしっかりと暖かみを感じる。
手綱を手にマオを引いて歩くイヴの隣に並ぶと、彼女はちょこんと頭を傾けてもう一度笑った。
「乗らなくていいの?」
「ええ、何となく歩きたい気分ですから」
そうでないことは漣にも察しがついた。
マオに装着された鞍は明らかに一人用で、馬よりも短く丸いマオの背に二人が乗ることはできそうにない。
漣がマオを見た時の反応から、イヴは漣がマオに騎乗するのは無理だと判断したのだろう。
その判断から、自分よりもレベルの低い漣を一人歩かせるようなことをしたくなくて、自分も歩く選択をした。
あえてそのことを口にしないが、彼女の勇者としての矜持なのか、それとも彼女もつ本来の優しさからくるものなのかまでは分からない。
ただし、ずいぶんと気を使ってもらっていることだけは何となく分ったので、漣もそれ以上は聞き返さなかった。
「そうだ、俺もちょっと聞いていいかな?」
「何でしょう」
「君が一人でこの森に来たのは何で? ソロキャンプとか、散策が趣味ってわけじゃ、ないよね?」
少しでも打ち解けようと考えてそんな聞き方をしてみたが、漣の顔を見上げたイヴは幾分冷めた表情を浮かべていた。
「もちろん、遊びではありません。詳しくは話せないけれど、依頼を受けているの」
「あ、ああそっか、それが君の仕事なら、関係者以外には話せないよねっ」
「そうですね」
どうやらイヴは冗談が好みではないらしく、そっけない返事の後ぷいっと顔を背けてしまった。
「いや、不味ったな……」
その後はお互いに気不味くなってしまい、特に言葉を交わすこともなく、ただひたすら黙って森の古い街道を歩き続けた。
知りたい事はいろいろとあるが、不信感も不快感も抱かせずに聞くとなると難しく、漣は時々思い出したように天気だとか木の枝ぶりだとか、どうでも良い話しを繰り返すという、無駄なループにハマってしまう。
そんな微妙な空気を変えたのは、意外にもイヴの方だった。
「私は、その……ジョークがあまり得意ではありません……」
少し上目遣いに漣を振り向くイヴは、眉根を寄せてすまなそうに呟いた。
「でも、けっして嫌いという訳ではないの、ただ、その、何というか……」
「ああ、それなら大丈夫。俺もさ、お前のジョークはセンスが無いってよく言われる」
「そうなの?」
「記憶は無いけど、そんな気がする」
イヴは目を丸くして漣を見つめた。
「だって、面白くないと思ったでしょ? 君も」
「いえ、それは、その……」
どうやら図星だったようだ。はっきりとは言わないが、イヴの顔にそう書いてある。
「いや、なんかごめん」
「いえ、私こそごめんなさいっ」
早くも出会って二度目の謝罪祭りになった。




