表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/44

9. でもそれ雑魚敵なんだよ

 頬に固い感触がする。畳の匂い。誰かが自分の肩を揺さぶっている。

 紗世は目を開けた。


「姉さん、大丈夫?」


 蓮がこちらを心配そうに覗き込んでいた。うなずいてゆっくりと起き上がる。あたりを見回した。

 和室だ。幸いなことに不気味な祭壇があるとか、今にも動き出しそうな鎧兜が鎮座しているとか、そういった様子はない。

 あるのはいくつかの棚、桐箪笥。棚には鏡やら馬の置物やら(なんだこりゃ)が置かれている。

 そして――置時計。


(セーブアイテム!)


 紗世は思わず立ち上がって、時計へ駆け寄った。両手で触れる。ほのかに光っている。

 背後にいる蓮に向って、紗世は言った。


「蓮、この時計、新島さんの家にあったものと同じじゃない?」

「え……、そう、かな? そうかもしれない、言われてみれば」

「この形を覚えておいてね。これから、これと同じ時計を見つけたら、すぐ私に教えて」


 紗世の言葉に、蓮は不思議そうな顔をして頷いた。


(これがセーブできる置時計だとするなら、この部屋はセーフルーム……安全地帯だわ)


 第一章に入って最初のセーブポイント。最初の部屋。

 紗世はもう一度、部屋を見渡した。

 あまりよく覚えていない。おそらくセーブポイントの認識イベントがあるだけで、この部屋で戦闘は起きなかったのだろう。

 朱莉はここで起き、置時計を『どこか気になる……』とか言いながら手に取る。プレイヤーはそこでセーブをする。


 それで……、そのあとは……。

 そう、部屋を出るのだ。正確には襖を開ける。そこで……。


「ここどこなんだろ、誰かいないかな。僕、見てくるよ」

「あ、蓮ちょっと……」


 いつの間にか、蓮がしびれを切らして襖を開けようとしてた。紗世は思わず静止する。なぜなら襖を開けると、その先から――。


「え、なに……?」


 戦闘開始なのだ。



◇◆◇



 蓮は襖を開けた状態で固まった。

 襖の先は廊下ではなかった。別の和室に繋がっていた。壁一面が棚の部屋だ。

 棚には数えきれないほど日本人形が飾られている。

 嫌だな。

 蓮は紗世を振り返った。姉は置時計に触れたまま、こちらを見て固まっている。


「姉さん、なんかすごいよこっちの部屋、来ない方がいいかも」


 こんなにたくさんの人形初めて見たよ、と蓮は視線を人形たちへ戻した。


(ん?)


 なんだろう、違和感がある。何か、人形たちの間に隙間ができたような……。

 カタン、と後ろから音がする。振り返ると、姉が時計ではなく、馬の置物を手に取っていた。


「蓮、こっちに戻って襖をしめて」

「え?ああ……」


 言われるままに、蓮は体を引いた。引こうとした。

 コン、と足が何かにぶつかる。


「?」


 なんだ? と蓮は自分の足を見た。

 人形だ。人形が落ちてる。


「え、なんで……」


 こんなとこにさっきからあった? と蓮は背後の姉を振り返った。紗世は馬の置物を握りしめたまま、厳しい声で叫んだ。


「こっちを見ないで! そのまま体を引いて襖をしめて!」


 え、なに? 状況を把握する間もなく、蓮の足に違和感が襲った。何かが自分の足を抑えている。いや、掴んでいる!

 思わず、蓮は悲鳴を上げた。そのままバランスを崩して尻餅をつく。

 人形だ。日本人形が万力のような力で自分の足を掴んでいる。蓮は咄嗟に人形を両手で掴んだ。引きはがそうと力を込めるが、びくともしない。

 カタカタカタと、隣の部屋から音がする。ズリズリと這いずる音も聞こえてきた。蓮は一瞬パニックになる。


「足の人形から目を離さないで。そのままこっちにきて」


 紗世の鋭い声が飛ぶ。蓮は足の人形を見たまま、言われるままに後ずさりした。紗世が素早く動き、襖をしめる。


「姉さ……」

「しっ、黙って。人形を見てて」


 蓮は黙って人形を見つめた。本当はこんなもの一秒だって見ていたくない。足にしがみついているせいで、顔が見えないのが唯一の救いだった。

 紗世は、人形が地面に当たるように、静かに蓮の足の向きを変えた。

 そしておもむろに馬の置物を振りかぶる。


 ちょっと待ってまさか――、蓮が何かを言う前に、紗世は置物を人形へ向かって振り下ろした。

 二度、三度。人形がどんどん粉々になっていく。足が自由になり、蓮はほっと息を吐いた。


「ごめん、姉さん。ありがとう」

「ううん。これはねぇ、こっちが見てれば動かないの。目を離すと近づいてくるのよ。だるまさんが転んだみたいに」


 なにそれこわい。

 蓮は粉々に崩れた人形を見た。


「もう、目をそらしていい?」

「大丈夫だと思うわ。ここはセーフルームだし……」


 紗世は、蓮にはよく分からないことをブツブツと言いながら、また置時計に触った。


「姉さん、ここに来たことあるの?」

「……ないよ。でも少しだけ知ってる。知識だけね」


 紗世はふふ、と笑った。


「ちょっと感動してる。物理攻撃が通じるということが分かって嬉しいわ」


 物理攻撃。

 その言葉があまりにも意外で、蓮も笑った。


「ていうかさ、これ、なんなのかな?」

「日本人形」

「いやそれは分かるよ。そうじゃなくて……なんで動いてるのかってことだよ」


 蓮の問いに、紗世は一瞬淋しそうな顔をした。


「なんでだろうね。黄龍のせいかな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ