表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/44

34. 蒼太の後悔

 蝉の声を聴くたび、蒼太は思い出す。


『もう会わない』


 あれは7月の暑い日で、たった3週間前のことだ。

 高校からの帰り道に紗世が言った。たった一言、唐突に。


 ……いや、唐突とは少し違うか。薄々気づいてた、自分だって。紗世がいつだって何かを諦めて、考え込んでいることは。

 7月の終わりには、儀式がある。

 記録によれば、儀式を初めてから今まで、失敗したことはない。

 でも所々に不明瞭な記録があって、俺たちは、それが何を意味するのかなんとなく分かっていた。


 どんな犠牲を払っても、とにかく封印を行いさえすれば、成功は成功なわけで。

 依り代や守り人が何人死んだとしても、完遂さえすれば記録は成功と書かれるわけで。

 だから自分たちは、少なくとも俺は、全員が五体満足で終わる可能性は低いのかもしれないと、覚悟はしていた。


 していたけど。でも。

 でも、紗世のことはあまり心配していなかった。

 玄武は依り代が二人いる。矢面に立つのは秀悟だったし、紗世はバックアップのはずだ。

 秀悟の刀を製造し、結界を張るのに出てくるだけ。怪我をして傷つくのは秀悟の役目だ。

 だから、紗世は無事に秋を迎えると思っていた。


 もう会わない。


 そう言われた時はひどく動揺して、でも同時に楽観もしていた。

 秀悟が無事に儀式を終えれるか分からないから、きっとナーバスになっているんだ。

 すべてが無事に終わったら、きっとまた。

 そんな風に考えていた。


 だから。


『姉さんを逃がすことが出来たら、一緒に逃げてくれる?』


 青ざめた顔で、あの弟がそんなことを言ってきたときは驚いた。

 大嫌いな俺の所に、人目を忍ぶようにやって来て。


『逃がすってなんだ? 紗世に何かあったのか?』

『あの人、死ぬ気だ』


 あの時の衝撃は忘れない。

 死ぬ? どうして?


『僕、なんとか姉さんを説得してみる。だから、姉さんが逃げれたら、アンタ一緒に逃げてよ』

『……お前、俺にそれを頼むのは……』

『姉さんが逃げたら、どのみち儀式がどうなるか分からない。兄さんと僕だけじゃ、玄武様を無事下ろせる保証がないから』


 蓮はひどく落ち着いて、暗い声で恐ろしいことを言う。

 今まで、自分たちは皆、この弟だって、儀式の成功のためだけに生きてきたのに。


『……なんでお前が一緒に逃げないんだ?』

『塀を乗り越えるのに、こっち側から持ち上げなきゃいけないんだ。姉さんは僕が持ち上げるにしても、僕はひとりじゃ乗り越えられない』

『待てよ、何言ってるんだ。逃げるって文字通りの意味なのか? 誰にも告げずに……秀悟にも言わないで紗世を逃がすつもりなのか?』

『そうだよ』


 迷いない返事。蒼太はひどく驚いて、それから、本当に紗世が死ぬんだと思った。

 蓮が続ける。朝早く、まだ門の見張り以外は誰も起きていないような時間に、紗世に塀を越えさせる。

 成功したら連絡するから、玄武の山の麓まで、紗世を迎えに来てほしい。


『そんなことして、お前は大丈夫なのか?』

『怒られるだろうね。でも儀式が終わるまでは、殺されないだろうから大丈夫だよ』


 それの何が大丈夫なんだよ、と蒼太は思ったが、言わなかった。

 蓮はすっかり覚悟を決めた目をしていて、余計なことを言うのは憚られたからだ。


『頼んだよ。連絡するからね』


 言うだけ言って、蓮は帰ってしまった。混乱する自分を残して。

 紗世が死ぬ。もう二度と会えない。


『もう会わない』


 あれは本気の言葉だったんだ、と蒼太は初めて気がついた。

 その日から、蒼太は電話の音に敏感になった。いつ蓮から連絡がくるか分からない。眠るときも、携帯電話を胸に抱いて眠った。

 電話は鳴らなかった。


 当然だろうな、と蒼太は思う。紗世が、弟が大変な目に合うと分かっていて逃げるわけがないし、我が身可愛さに秀悟を裏切るとも思えなかった。

 鳴ったら嬉しかったけれど。


 儀式が近づくにつれて、蓮の言葉が重く胸に浸透する。

 紗世は本当に死ぬんだろうか。もう二度と会えないのだろうか。


 自分たちは何のため儀式をするんだろう。

 彼女が死んで、あとには何が残るだろう。


 儀式の当日も、自分はそんなことばかり考えていた。

 この儀式が終わったら、自分は、一番好きな女の子に、もう会えないのだろうか。


 紗世。

 あの子のことばかり考えて。だから。


 だから、この身に宿したはずの青龍が、突然吹き荒れるように暴走した時、咄嗟に制御できなかった。

 集中してなかった。

 青龍の穴から黄龍の力が噴き出して、山を蹂躙した時も、自分は後手後手に回って、そして。

 気づいたときには、何もかも終わってしまった。村は全滅だった。黄龍が全部食べてしまってた。

 生き残ったのは自分だけ。


 俺のせい。

 たぶん秀悟なら、もっとうまく対処出来たろうに。


 死体だらけの村を歩いて、途方に暮れていた時に、待ち望んでいた電話が鳴った。

 相手は紗世でも、蓮でもなかったけど。


『生きてるか』

「……生きてる。俺だけ」

『十分だろ』


 電話の向こうで秀悟が嗤った。


『篤紀と連絡が取れない。それに、気づいてたか? 黄龍に朱雀が混じってた。朱雀だけコントロールされてないんだ。あいつ死んだのかもしれない』


 ビク、と体が硬直する。

 よせよ、そんな簡単に死ぬとか言わないでくれ。もう二度と会えないなんて。


「紗世は? あいつは無事か?」

『逃げた』

「なんだって? いつ?」

『儀式が失敗してすぐ。蓮が連れて行った』


 蒼太はホッとして、その場に座り込んだ。

 良かった、生きているなら。

 生きているなら、それで。また会えるなら。


 たとえ自分のことを忘れていても。



「――、――っ!」


 紗世の声がする。風の音が強くて、うまく聞き取れない。

 ところで自分は、いま何をしているのだっけ。ひどく苦しい。足に力が入らない。


「――蒼太さん!」


 はっ、と蒼太は目を開けた。

 目が痛い。血だ。血が目に入って、痛い。

 それでも必死に目を開くと、目の前に落ち窪んだ顔を少女がいた。こちらを見ている。自分の胸倉を掴んで、やすやすと持ち上げている。

 脚が何かに当たる。石の感触。水のにおい。細かな砂利が落ちて、遥か底で水に落ちる音が聴こえる。


 井戸だ。自分のすぐ背後に井戸がある。落とそうとしている。


 少女の向こうに、紗世が見えた。

 逃げろって言ったのに。


 蒼太は少女の手を掴んだ。

水曜はバタバタしていて、投稿できなくてすみません…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ