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32. 今度こそ本当の

 何かを引きずる音がする。ザリザリと物が地面にこすれる音が。

 地面が揺れている。


 ふ、と紗世の意識が浮上した。目を開ける。暗い。真っ暗だ。

 ザリザリ、引きずられる音。揺れる地面。


 引きずられているのは自分だ。でも痛くはない。地面とこすれているのは自分じゃない。

 私は何かに包まれている。

 布?


 違う、袋だ。私は袋に入れられている。


 ハッと脳が覚醒した。まずい。袋に詰められ、移動している。

 この場面を知ってる。朱莉のゲームオーバー場面だ。袋に詰められ、穴に落とされ、上から土を。

 いや、何より怖いのは――……。


 ピタリ、と引きずられた感覚が止まった。身を起こそうと紗世はもがいたが、それより前に何かが袋ごと紗世を掴んで持ち上げた。

 穴に落とされる! 衝撃に備えて受け身を取ろうにも、ろくに身動きが取れないせいで、紗世はそのまま落下し、肩を打った。

 痛い。でもそんなこと言ってる場合じゃない。記憶が正しければ、この後に待ち受けているのは――。


 カサカサと音がする。

 小さく開いた袋の口から、何かが入って来る。

 それが何か、紗世には分かっていた。虫だ。少女が虫を袋に入れているのだ。


 パニックになっちゃいけない。耳の穴から入られたら困るから、耳を塞いで、目を閉じて……頭では分かっていても、カサカサと迫りくる虫の気配に、紗世の体は恐怖で震え始めた。無数の虫が袋の中に侵入してくる。様々な形の虫たちが。

 ひときわ大きく蠢くそれが自分の腕を這った瞬間、思わず紗世は狂ったように悲鳴を上げた。

 やめて、やめてやめて、気持ち悪い。

 袋の向こうで少女の笑う声がする。土のにおいがした。

――埋められる。虫と一緒に、袋詰めにされて。


 いや、怖い。

 蓮。


 半狂乱になりながら弟の名前を呼んだ瞬間、袋の外からすさまじい音がした。

 何かがぶつかる音、砕ける音、少女の悲鳴と泣き言。

 袋の中からでも分かるほどの冷気と、熱が、交互に巻き起こる。


「姉さん!」


 蓮の声が聞こえ、紗世は安堵のあまり泣き声を上げた。



◇◆◇



 悲鳴を聞いて屋敷内を走った蓮は、台所へたどり着いた。

 そこには少女がいた。もう紗世の顔はしていない。落ち窪んだ眼の薄汚れた少女が、床にしゃがみこんで笑っている。

 少女のすぐ前には、台所の床穴に落とされた大きなズタ袋があった。

 もぞもぞと動くズタ袋と、それを押さえつける少女。

 その異様な光景に、蓮は一瞬足を止めたが、袋から姉の、自分を呼ぶ声が聞こえ、頭が真っ白になった。

 何も考えず、ただ少女をなぎ倒す。不意打ちを食らったせいか、あるいは蓮と夏樹の技の連携がうまくいったのか、少女はろくに反撃できないまま昏倒し、そのまま霧散した。


 蓮は霧散した少女には目もくれず、ズタ袋に手をかける。呼びかけると、中から弱々しい姉の声がした。

 袋を開く。姉が詰め込まれていた。腕を掴んで引きずり出す。

 艶やかで綺麗な髪はくしゃくしゃになって、土で汚れていた。

 そしてカサカサと、大量の虫が紗世と共に袋から這い出してきた。

 蓮は息を呑む。


 こんなものが、姉さんと一緒に?

 ぞわ、と怒りで背筋が泡立つ。

 紗世を引き寄せようと肩を抱くと、紗世はピクリと体を震わせた。


「だめ、虫が、いる、から」


 服の下にも入り込んでいるのだろう、顔面蒼白で震える姉を見て、蓮の怒りはいよいよ頂点へ達する。


「一瞬我慢して、姉さん」


 蓮は息を吐き、出力をできる限り低くしながら、部屋中に冷気を漂わせた。

 周囲が瞬く間に凍っていく。荒業だが仕方なかった。紗世は玄武の人間だから、冷気の耐性はかなり高いはずだ。少しくらい凍っても大丈夫。

 背後で夏樹が呻き膝をつく気配がしたが、そんなものには構っていられなかった。

 紗世の体の表面が凍っていく。虫が活動を停止していく。

 蓮はゆっくりと紗世の体を撫で、氷を払い落とした。


「姉さん、服の下の氷、自分で落とせる?」

「できない」

「えっ」

「できない。取って」


 なんで、と蓮が聞く前に、紗世は自分の両手を蓮の前に差し出した。

 震えている。

 それは傍目にも分かるほどひどい震えだった。もちろん寒さもあるのだろうが、蓮は、姉がどんなに怖かったのだろうと思い、胸が痛くなった。


 背後にチラと目をやる。夏樹は行儀よく後ろを向いた。

 蓮は半分凍り付いた紗世の服のボタンを丁寧に外し、服の中に手を入れてそっと氷を落とした。

 ビシャと音を立てて氷の塊が落ちるたび、その氷の中にいる虫を蓮は踏み潰す。無意識だった。


 氷を全部落としてしまうと、紗世は少し落ち着いたようだった。

 蓮を見上げ、「れん」と呼ぶ。


「遅くなってごめん、姉さん。怪我は?」

「だいじょうぶ。でも怖かった」

「うん、ごめんね」

「蓮のせいじゃないよ」

「ううん。僕が手を離したからいけなかったんだ」


 そう言って、蓮は紗世の頭を撫でた。

 途端に紗世の目から、キラキラと大粒の涙が次々とこぼれ落ちる。


 蓮は思わず目を見開いた。

 泣いてる。姉さんが泣いてる!


 姉の涙を見るのはこれが初めてだった。悔し涙やら生理的な涙やら、それくらいはさすがに見たことがあったけれど。

 でも、こんな風に泣くところは、見たことがない。


 蓮はオロオロと、紗世を引き寄せて抱きしめた。

 紗世は静かに声を殺して涙を流していたが、そのうち堪え切れなくなったのか、ひっくひっく、と肩を震わせてわんわん泣き始めた。


「ごめんね姉さん。もう大丈夫だから。僕ここにいるよ」


 紗世をぎゅうぎゅうと抱きしめながら、蓮は壊れたテープのように「もう大丈夫」と繰り返した。


今日こそ間に合うかと思っていたのに、また0時を過ぎてしまいました…!

これはもう、木曜の朝7時までは水曜とみなす、と開き直るべき…なんでしょうか。

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