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2. 少年の話


「……、姉さん」

 呻きながら、少年はひっくり返った車から這い出した。車は何本もの木をなぎ倒して県道まで落下していた。車自体は木に激突した衝撃でめちゃくちゃになっていたが、少なくとも落下の衝撃は和らいでいた。

 少年は必死に、後部席から少女を引っ張り出した。少女は気を失っていたが、怪我は無いようだった。

「新島さん、大丈夫?」

 運転席から、同じように青年が這い出す。青年にも、怪我は無いようだった。

「ひぇ、車がぺしゃんこ……、社用車で良かった……」

「性格悪いね。会社に怒られるんじゃないの?」

「スクープがあるんだろ? それを持って帰れば大丈夫さ……、ところで、なんで俺たち無傷なんだ?」

「姉さんが守ってくれたんだ」

「あぁ……記憶は無くても、力は使えるのか? それなら……」

「いや……、どうだろう、たぶん危険が迫ったから無意識に出てきたんじゃないかと……」


 少年は先ほどの、死体の指に半狂乱になった姉を思い出していた。

 普段なら、この人は絶対にあんな醜態をさらさない。特に自分には。

 そもそも僕と逃げたりしない。


 ふと、少年が口を噤む。同時に、山頂の方でひときわ大きな閃光が走った。地鳴りが走り、山が震える。

 少女がピクリと動いて、そっと目を開いた。



◇◆◇



「オンボロの家だなぁ」

「お前ね……、文句言うなよ、こんな山の麓に新築の借家があるわけないだろ」

「土地買って建てなよ」

「永住しろって言うのか、こんな気味の悪い土地に」

「ひどいなー」


 車から脱出した三人は、トボトボ歩きながらどうにか、山の麓にある青年の家までたどり着いた。

 どこにでもありそうな古い日本家屋に足を踏み入れ、少年はホッと一息つく。室内をきょろきょろ見回した。


「立派な応接セットだ。家具付き借家なんだね」

「まぁ、そうだな。ベットのある部屋は、いくつかあるよ」

「この置時計とか、呪われてそうだね」

「やめろ」


 少年は朗らかに笑った。居間にある革張りの立派なソファに腰を下ろし、「お茶とか淹れてよ」と青年に命令する。少年が場を和ますために、無理に明るく振舞っているのが分かったのだろう、青年は逆らわず「へいへい」と答えてキッチンへ消えた。

 少年は少女の腕を引っ張り、座れと仕草だけで示す。少女が素直に隣へ腰掛けると、そこで初めて少年は大きくため息をついた。


「姉さん、よく聞いてね」

「……はい」


 少女が小さく返事をする。その心細そうな様子に、少年は一瞬感じ入るように目を細めた。


「姉さんの名前は、玄野紗世(くろのさよ)っていうんだ。いい? 紗世(さよ)だよ」

「はい」

「僕は(れん)。姉さんの弟。あと秀悟って名前の兄さんがいる。三人兄弟なんだ。それで、さっき居た山ね、玄武山って言うんだけど、そこにある村に僕らは住んでる」


 少年――蓮はそこまで言って、じっと少女を見た。

 少女も静かに、蓮を見返す。


「さっきの……見たよね? 死体が動いたの」

「……はい」

「僕にも、正直何が何だか分からない。でも一個だけ分かってることがある。僕らの山は、玄武って名前の神様を祭ってた。今日はその玄武様を兄さんに下ろす日だったんだ。たぶん、それが失敗したんだと思う」

「……失敗」

「そう。でも、兄さんがヘマしたんじゃない。そうじゃないと、思う。僕は儀式を最初から見てたけど、途中までは上手くいってたんだ。だけど急に……」


 蓮はそこで口を噤み、困ったように視線を彷徨わせた。何をどう話せばいいか迷っている。そんな様子だ。

 少女は静かに待っている。


「姉さん、この一帯はね、黄龍が封印されているんだよ。分かる?分かんないよね?でもとにかく居るんだよ、大きな龍の神様が。それを封印するために、四方の山に四つの神様が祭られてるんだ。僕らはその中のひとつの神様を……祭ってる。祭ってた。それが玄武様だよ」


 玄武、の言葉を言う際に、蓮はもう一度少女をじっと見た。


「玄武様の力を兄さんに下ろして、黄龍の封印をかけなおすんだ。今日がその日だった。他の山でも、同じようにやってたはずだよ。今日の午後六時に、それぞれの山が同時に、祭ってた神様を依り代に下ろして、黄龍を再封印するはずだった」

「それが失敗したってことなのか?」


 いつの間にか紅茶を持って戻って来た青年が、コーヒーテーブルへトレイを置いて蓮へ質問する。

 紅茶を受け取りながら、蓮はうなずいた。


「そうだと思う。玄武様は兄さんに下りてきてた。黄龍の封印が一回解かれて、再構築されていくのも見た。だけど途中で……何か不測の事態が起きたんだ。それで総崩れになって、兄さんも抑えきれなくなって……」

「それで村が全滅した?」

「四つとも全部ね」


 蓮の言葉に、青年は眉を(しか)めた。それが本当だとすれば、ここら一帯はとんでもないことになっている。


「結界から、何かが出てこようとしてた。それで、兄さんは僕に、姉さんを連れて逃げろって言ったんだ。だから僕は本宮まで走って……そしたら姉さんは倒れてた」


 ほんの一瞬、蓮は身震いした。誤魔化すように紅茶を一口飲み、少女を見て、力なく笑う。


「姉さんを起こして、一緒に逃げて、今ここにいる。何か質問はある?」

「……」

「あと、この人は新島さんだよ、雑誌記者の人。姉さんは毛虫みたいに嫌ってたけど」

「えっ。俺、嫌われてたのか?」

「当たり前だろ、儀式前で村中ピリピリしてるってのに、アンタ空気読まずにウロウロしてさぁ」

「許可は貰ってたぞ!」

「そこなんだよなー、なんでこの時期によそ者が入って来るのを許したんだろう、父さ、ん……」


 ふと蓮は口を噤んだ。持っていた紅茶をテーブルに置く。ティーカップがガチャンと耳障りな音を立てた。


「姉さん、たぶんだけどね、父さんも母さんも死んじゃったと思う」

「……はい」

「でも、こんな言い方アレだけど、僕たち、あまり父さんと仲良くなかったから。気を落とさないでね」

「そうなんですか」

「そうなんですよ」


 気を使われていることを察したのか、少女は小さく微笑んだ。

 久しぶりに見る姉の笑みに、蓮もホッとしたように笑う。


「ひとつ、質問をしていいですか?」

「あ、うん。いいよ、なに?」

「今日は、西暦何年の、何月何日ですか?」


 蓮は目を瞬いた。質問が意外だったからだ。


「今日は1999年の7月30日だよ」


 少女の目に初めて、何かを確信したかのような強い光が灯った。

 

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