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19. 氷の壁

 紗世は夢を見ていた。


 夢の中で、紗世は病院にいた。馴染みの友人たちと共に、TVの前に座っている。

 画面には『逢魔が時の呼ぶ声』が映っている。秀悟パートのラスボス前。一人でボスへ向かおうとする秀悟へ、朱莉が自分も行くと言うシーン。


『ケリをつけなきゃいけないんだ』


 秀悟は朱莉を振り払って一人で向かう。プレイヤーには、秀悟が死を覚悟していることが分かっている。

 朱莉編の主人公である朱莉は、ステルスゲームのように隠れるしかなかった序盤に比べ、終盤になると出来る技が増えていく。

 しかし秀悟編は逆だ。序盤の秀悟は非常に強く、ほぼ無双状態で進んでいく。しかし章が進むにつれ、保有していた霊力の枯渇や怪我により、どんどん操作が難しくなっていく。

 ラスボス手前まで来ると、もはや秀悟と朱莉の戦闘能力はほぼ同じくらいになっている。

 ゲームバランスを考えれば当然の処置だが、現実で考えるとなかなか酷だ。数日前に戦う術を得たばかりの少女と同じレベルまで落ちてしまうというのは。


 霊力ゲージの最大値は初期の半分以下に減り、刀の具現時間もリーチも短くなる。怪我のせいで視界は狭まり、おまけに利き腕を負傷するためコンボ技が出せなくなる。

 負傷の原因は凍傷だ。秀悟を執拗に追いかける怪物は、物を凍らせる能力を持っている。その能力は秀悟も持っているため、最初は相殺できていた。けれども途中から、怪物の方が力が強くなっていく。終盤で秀悟はついに押し負け、利き腕にひどい凍傷を負いながら逃げる。


 だからこそ満身創痍の秀悟に、炎の力を持つ朱莉が言うのだ。自分もついて行く、と。

 相反する力を持つ自分ならきっと役に立つ。役に立ってみせる。だから連れて行って、と朱莉は懇願する。しかし秀悟は承知しない。

 死を覚悟しているから。


「秀悟は自分の運命に酔ってると思うなぁ。1%でも助かる見込みがあるなら、朱莉を連れて行くべきだよ」


 コントローラーを持っていた友人はそう言い、周りの子も同意した。

 けれども紗世は、そうかなぁ、と思ったのだ。


 秀悟はどんどん弱くなっている。つまり、一瞬一瞬の今が一番ピークの強さなのだ。時が経てば経つほど弱くなっていくのだから。

 だから「今」勝負するしかない。未来に引き延ばせば延ばすほど、勝率は下がっていく。

 彼は勝てると思って戦いに行くわけじゃない。ただ「今が一番勝てる可能性が高い」から行くだけ。負けるかもしれないと思っても、差し違える覚悟で戦いに行くだけ。

 そんな戦いに、他人を、会って数日の女子高生を連れて行くだろうか?


 行かないわ。私なら連れて行かない。

 どうせ死ぬなら、最善を尽くしてから死にたい。誰かを巻き添えにするなんて嫌よ。

 何かを成し遂げたい。生きた証が欲しいもの。

 秀悟もそうだったんじゃないかしら。朱莉に覚えていてほしかったのかも。自分がいたことを。自分が成し遂げたことを。


 そうでしょ、兄さん。


 ハッと紗世は目を覚ました。

 窓の外から鳥の鳴き声がする。カーテンの裾から差し込む日の光が見える。

 朝だ。紗世は横を見る。昨日と違い、蓮はまだ隣で寝ていた。寝息一つ立てず静かに。かすかに上下する胸が、彼が生きていると感じさせる。

 紗世は腕を伸ばして、ベット横の机に置いた自分の腕時計を手に取った。7時。起きていい時間だ。

 蓮を起こさないようにそっと起き上がる。蓮はピクリとも動かない。可哀想に、疲れているんだろうと紗世は静かにベットから下りた。


 そして気づく。部屋のドアが凍っている。

 紗世はそろそろとドアへ近づいた。表面を触る。冷たい。

 ドアは分厚く硬い氷に覆われ、周囲には凍気が漂っている。


 ビクッと紗世は身をすくませた。


 よく見ればドアだけではなかった。壁も天井も、透明な氷に覆われている。でも、つららのようなものは見当たらなかった。部屋の中心は寒くない。寒いのは壁際だけだ。なのに氷はまったく溶けていない。水滴ひとつ浮かんでいない。


(蓮が、やってるの?)


 紗世はベットの蓮を振り返った。蓮は静かに眠っている。

 けれども蓮の力の残滓を、紗世は感じた。部屋中に張り巡らされた氷の壁。意識がない状態で、蓮は能力を使っている。

 誰も入ってこないように。あるいは誰も出て行かないように。


 紗世は部屋から出ることを諦め、静かにベットまで戻って腰掛けた。

 透明で、ところどころが白い、氷に囲まれた部屋。出たくても出られない。なんだか病室に似ている。

 紗世は首を振った。やめよう、そんなことを考えている場合じゃない。

 今日は何をしよう? 秀悟を探すために、また朱雀山へ行くべきだと思うが、蓮が承知するだろうか。

 夏樹もついて来たがるだろう。単身で行動されるより、一緒に行った方がいい。蓮は嫌がるかもしれないが。


(そうだ、御守り……)


 紗世は机に畳まれて置かれたスカートのポケットから、朱雀の御守りを取り出した。昨日は混乱して忘れてしまっていたけど、これは夏樹へ渡すべきだろうか。

 彼の方がうまく使えるはずだ。元々は朱莉のものなのだから。

 自分でも使えると知れたことは僥倖だったけれど。


(でも、あんなに霊力を消耗するんじゃ、使い勝手が悪すぎるわ)


 それに制御が難しかった。自分の周囲一面を敵味方区別なく攻撃しているようでは、実践では使えない。昨日の鎧武者の時のように、味方が自分のすぐ傍にいる時なら使えるかもしれないが……。

 たとえば今のような。


 紗世はすぅと息を整えて、御守りを手に握り意識を集中した。

 鎧武者戦では必死だったから、火力最大で発動してしまったけれど、今みたいに落ち着いて発動させれば、少しはコントロールできるかもしれない。

 たとえばこの部屋の氷を溶かすくらいなら――……。


 だが紗世が技を発動させるより速く、部屋の氷が反応した。

 突如として、薄く張っていただけの氷がビキビキと厚く白く変化していく。氷の表面に亀の甲羅や蛇の鱗のような模様が浮き始めた。


 そして何かが、紗世の腕を強い力で掴んだ。そのままベットへ引き倒され、柔らかなマットレスに背を打ち付ける。その衝撃に、紗世は小さくむせた。


「痛っ……! 蓮、起きてたの」

「いま起きたんだよ。おはよう。何してるの」


 紗世をベットに縫い付けたまま、覗き込むように上から蓮が尋ねた。

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