13. 鎧武者
鎧武者の移動スピードは遅い。広い部屋や廊下で遭遇した場合は、かなりの確率で逃げることが出来る。
ただ、鎧武者は一度プレイヤーを認識すると、執拗にどこまでも追いかけてくる。逃げた先に別の敵がいた場合、急いでその敵を倒さないと、鎧武者が追いついてきて、プレイヤーは2体を相手にすることになる。
紗世は廊下を見渡した。いくつか扉はある。
狭い部屋に逃げれば、逃げた部屋に新たな敵はいないかもしれない。でも刀を振り回す鎧武者との戦闘は不利になる。
広い部屋に逃げれば、鎧武者との戦いには向くかもしれない。でも別の敵が潜んでいる可能性がある。
一番いいのは、この廊下で鎧武者を撃退してしまうことだ。紗世は自分を庇う蓮の背中に問いかけた。
「蓮、ここで戦える?あいつは刀を振り回してくるんだけど」
「リーチ的に無理かもしれない。狭すぎる。僕は単体相手の遠距離技は持ってない」
無理だ!
紗世は覚悟を決める。
「こっち!」
蓮の腕を引き、廊下を引き返す。廊下の真ん中にある両開きの襖の前に立った。
「ここはきっと広い部屋だと思うの。何がいるか分からないけど、広い部屋の方が闘いやすいから」
「待って! 僕が開ける!」
襖に手を掛けていた紗世を強引に引き戻し、蓮は自分で襖を開けた。
部屋は大きな和室だった。壁際に棚はあるが、人形は無い。紗世はほっと息を吐く。
襖の反対側は一面ガラス戸になっていて、その向こうは縁側だった。広い庭が見える。蓮はガラス戸に駆け寄って開けようとしたが、戸はビクともしない。
「なんで開かないんだよ!」
「鎧武者が出てるから。建物内は移動できても、庭には出られないんだよ」
紗世は早口で答えた。
巡回敵に遭遇したら最後、敵を倒すか、あるいは一定の時間が経過しない限り、ダンジョンからは出られない。
遭遇してから1分も経ってない。まだ逃げられない。
ところでこの部屋は見覚えがある。縁側のある部屋。
紗世は壁の棚を見た。引き出しの多い桐の棚。近寄って一つずつ引き出しを開ける。
(朱雀の御守り!)
真ん中の引き出しの中にちょこんと、赤い御守りが置いてあった。主人公の朱莉が最初のステージ終盤で入手するアイテムだ。紗世は御守りを手に取る。
朱莉はこれを手に入れることによって、「炎舞の壁」という技を使うことができるようになるが……。
自分にも使えるだろうか?
「姉さん、向こうに下がってて」
考え込む紗世に、蓮が焦ったように声をかける。部屋の隅を指さした。
技が発動するか試してみたい気もしたが、足手まといになるのも嫌なので、紗世は素直に従う。
ギシギシと、廊下のきしむ音がする。鎧武者がすぐそこまで来ていた。
◇◆◇
紗世が部屋の隅へ行ったのを見届けてから、蓮は部屋の中央に立った。手にバチバチと凍気を走らせる。
(刀使いは嫌いだ)
兄の秀悟は刀使いだった。正確に言えば、刀を具現化して使うことが出来た。
それが出来るのは、玄武の村では秀悟だけ。だからずっと羨ましくて、憎らしくて、どうやったら対等に戦えるか、そんなことばかり考えてた。
さっきの日本人形戦を思い出す。あれは失敗だった。雷の出力が高すぎて、全部焦げて粉々になってしまった。人形相手ならそれでもよかったけど、あの鎧は駄目だ。焦がして破壊で きる大きさじゃない。凍らせなくちゃ。
姉さんならもっとうまくやる。亀閃掌は姉さんの技だ。冷たくて静謐な。すべてが凍り硬まる、おっかなくて綺麗な技。流れる滝さえ凍らせて。
(動きを止めるのはあれしかない)
部屋の襖が開いた。鎧武者が現れる。
既に刀を抜いている! 蓮がそれを認識したと同時に、鎧武者の動きが急に速くなった。刀を振り上げまっすぐ蓮目がけて襲い掛かって来る。
「……っ、亀閃掌!」
勢いに気おされ一瞬のけ反りながら、蓮は掌から技を放った。冷たい吹雪が部屋の中心を暴れまわる。
鎧武者の動きが吹雪に阻まれ鈍くなった。しかし凍る気配はない。蓮は鎧武者の懐に飛び込み、刀を持つ腕を掴む。そのまま直接、溜めた凍気を叩き込んだ。
ビキビキビキ! と音がして鎧武者の腕が凍っていく。もっと。もっと速く。砕けるまで硬く。
――――いける。
蓮は掌に再度力を込めた。腕さえ破壊してしまえば、もう刀は使えない。
その時背後から、紗世の焦った声が聞こえた。吹雪がまだ続いているためよく聞き取れない。でも紗世のいる場所には攻撃は届いていないはずだ。
まさか近づいて?蓮の攻撃は無差別だ。不用意に近づくと巻き添えを食らう。蓮の意識が一瞬、紗世へ向いた。その時。
ガツンと頭に強い衝撃が走った。痛みに、蓮は思わずよろめき、膝をつく。目の前がチカチカする。
なんだ? 蓮は顔を上げ、鎧武者の兜が飛んでいるのを見た。
(分離するのかよ!)
吹雪の出力をあげる。動きを止めなくては。けれどもそちらに意識が行くと、凍気のコントロールができなくなる。
凍らせたはずの鎧武者の腕が動き始める。パワーが足らない。鎧の腕が刀を振り上げ始める。あれに斬られたら死ぬ。
「……クソッ」
斬られるのも、また頭に一発喰らうのもごめんだ。蓮は吹雪の出力をさらに上げ、鎧武者から距離を取ろうとした。
だが立ち上がろうとした瞬間、ドン!と背中に重い衝撃が来た。死角からの攻撃。息が詰まって、その場に倒れこむ。
駄目だ、自分の吹雪じゃ兜の動きを止められない。個体が重すぎるし小さすぎる。
鎧武者の足が、蓮の背中を踏み、そして腹を蹴とばした。その痛みに集中力が切れる。吹雪がやむ。
「蓮!」
紗世が悲痛な声で叫び、蓮に駆け寄った。逃げてと言いたいけど喋ることが出来ない。痛みに喘ぐだけ。情けない。
蓮は必死に床に手をつき、上体を起こした。紗世を、紗世を守らないと。
兜はスゥと動き、鎧武者の体に戻った。そして蓮を見下ろす。赤く光る眼。鎧が刀を振り上げた。
蓮は必死に紗世を背に庇う。本当は逃げてほしかった。でも、もうそんな時間はない。
その時、紗世が背後から、蓮の体に腕を回した。二人の体をしっかりと密着させる。紗世の体が、ひどく熱い。
「炎舞の壁!」
鎧武者の刀が振り下ろされると同時に、紗世が叫んだ。瞬間、蓮の前に炎の層が現れる。まぶしく強く光る壁が、刀をはじき返した。




