6信じてくれる人
「何事だ!」
私の悲鳴を聞いた侍女たちがイアルを連れて部屋のドアを開けた。
部屋の中では泥まみれの私と……それから泣きながら私のドレスの泥を拭っているパルパラ。
パルパラはイアルを見るとすぐに彼に抱きつき
「申し訳ありません、私が……観葉植物を倒してしまってそれをお姉さまが支えようと庇って……」
パルパラはポロポロと涙をこぼしながら豊満な胸をイアルに押し付け上目遣いをする。
私は反吐が出そうなほどうんざりで、俯くことしかできなかった。
昔から、両親の前でこうやって罪を着せてきていたのだ。悔しいけれどパルパラは顔が可愛い。演技力もある。だからおとなしくて意見を主張しない私よりパルパラを信じるのだ。
イアル……あなたは
「どいてくれ」
私の予想と反してイアルはパルパラには目もくれず彼女を振り払うと私の元に駆け寄ってきた。
「怪我は?」
「大丈夫、土をかけられただけだから」
「よかった……変な感じでの対面になってしまったがすごく……あぁ綺麗だ」
イアルはそう言うと私に短い口づけをしてゆっくり瞬きをした。
「あっ……」
呆然とする私の頭を軽くぽんと叩くとイアルはパルパラの方に向き直り
「俺の妻は土をかけられたと言っているが君の主張は嘘かね?」
と氷のような目つきで言った。
「イアル様、騙されないで! お姉さまはそうやっていつも私に濡れ衣を……見てください。この傷を。ミシャール家が厳しくて嫌だから私から無理やり婚約者を奪ったんです! だからイアル様と本来結婚するのは私……なのにっ」
キンキンと騒ぐパルパラ。それを話半分に聞きながらイアルはかわいそうな観葉植物を鉢植えへと戻し、土だらけになった。
「そろそろだな、入っていいぞ。2人とも」
イアルの声かけで再びドアが開き、そこには2人の男が立っていた。
「パルパラ……君はなんてことを」
呆然と立ち尽くしているジョージ。信じていたパルパラの本性を見て彼は真っ青だ。
「ち、ちがうの!」
「違わないだろう、それはこの国の王子である俺が証人になる」
凛とした声は王子のものだった。
「大事な友人とその花嫁を傷つけるなんて、ジョージ、責任ものだよ」
「も、申し訳ありませんっ」
「どうやって責任をとってくれるんだね。今日の式は王子である僕の親友の晴れ舞台として力を入れているんだ。各国の要人だってきている。君の妻はそれを台無しにした。普通なら死罪ものだ、死罪は免れても貴族としての籍は剥奪。くらいだろうか」
ゴクリ、とジョージが生唾を飲む。
「ミシャール家は……このパルパラ嬢とは今この瞬間から何の関係もありません」
「ジョージ様? ひどい! どうしてそんな!」
パルパラが泣き叫んだ。
「相変わらずジョージは男らしくないな。それならしばらくの間、君の地位を降格で許してあげよう」
王子がにっこりと微笑む。
「では、イアル、それから奥様。このパルパラ嬢の死罪を望むかい?」
私とイアルは王子の問いかけに目を合わせる。私は小さく首を振った。
王子はにっこりと微笑むと泣き叫んでジョージの足元に縋っているパルパラに目線を合わせるようにしゃがみ込むと
「パルパラ嬢、君は優しいイアルと奥方の慈悲で死罪にはならなさそうだ」
パルパラの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「でも、君が僕の大事な友人たちを傷つけたのは本当だ。それに君はまたお姉さんを傷つけるかもしれないね。だから、君から貴族の地位を剥奪し僕の監視下で働いてもらうよ」
「えっ……」
「君も知っているだろう? 我が国の有する孤島にあるリーバス女子修道院。貴族令嬢たちが短い休暇で淑女として成長するために訪れる修行の場。君はそこで一生、修道女として身命を尽くし働いてもらう」
「いやっ……」
パルパラは鼻水を垂らし、涙をボロボロと流し今度は私の足元ににじり寄った。
「謝るから……許して、たすけて……おねえちゃん……」
「悪いが、うちの妻とはもう話さないでくれ」
私がパルパラに返事をする前にイアルが彼女を突き放す。そのあと彼は私の方へ向き直り……ひょいっと泥だらけの私を横抱きにした。
「悪い、ルカ。後すこしだけ参列客に待つように言ってくれ。妻を、最高に綺麗な姿にしてあげたいんだ」
「全く、君ってやつは。これは貸しだからね」
イアルは王子に向かって「サンキュー」と言うと、泣き叫ぶパルパラと真っ青な顔のジョージを無視して私と一緒に別の建物へと向かった。