表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

妖怪診療譚 その五 桂蔵坊

作者: 山谷麻也

 Ⅰ 妖怪の交通事故


「特急やくも」はJR山陽本線岡山駅から北上し、二時間あまりで米子駅に到着する。鳥取行きのJR山陰本線「特急スーパーまつかぜ」に乗り換え、三〇分ほど東進すると、倉吉駅である。

 倉吉市は鳥取県央部の玄関口であり、「白壁土蔵の街」として知られる。


 なぜか、西村京太郎先生のトラベル・ミステリー風な書き出しになってしまった。

 この小説の展開は、時刻表ともまったく関係ない。本来なら、パートナーの盲導犬・エヴァンと、のんびり鉄道の旅を楽しみたいところだが、今回はそんな気分ではない。

 鳥取県倉吉市のとある町に住む友人から、昨夜遅くメールが入った

「友達が事故っちゃらた。救急者も警察も来てこれねい。なんとかなろないか?」

 よほど(あわ)てているのか、入力ミスが目立つ。深夜なので電話は遠慮したのだろう。水臭いヤツだ。こちらから、かけてみた。

「ヨーカイ。ようかい、みたい。生きてはいる。仕方ないので、友達の家に連れて行く」

 そんな、カタカナや平仮名で言わなくても分かる。オレは妖怪鍼灸師なんだから。

 事故、さらに相手が妖怪と聞けば、見捨ててはおけない。今朝、JR土讃線阿波池田駅で、たまたま来合わせた「アンパンマン列車」に飛び乗り、岡山駅に到着した次第だった。


伯耆(ほうき)の小京都」とも称賛されるだけに、小さいながらも、落ち着いた街並みが続く。迎えのクルマは民家の庭に入って行った。背後に竹やぶが繁っている。

 座敷に案内してくれた。ケガ人は大型ペット用のマットに寝かされていた。


「コレなんだけど。本人は『ワシは児啼爺(こなきじじい)じゃ』って言い張るんや。どうも違うような気がして」

 児啼爺なら、別の作品で腰痛の治療をしたこともある(未発表)。サイン入り色紙だって、持っている。私を見ても、初対面みたいな顔をしている。

 爺が「私くらい有名になると、名前をかたる妖怪が多くて」と、ぼやいていた。そのタグイだろう。

 しかし、そんなことは後回しだ。ケガの治療を優先させなければ。


 骨には異常ないようだ。打撲傷だろう。内出血が認められる。押さえると、痛がる。

 倉吉に長逗留(とうりゅう)できないので、一本の(はり)に賭ける。患部にそっと鍼を当てる。軽く回転させる。ニセ爺は最初怖がっていたが、すぐに安心する。次いで、反対側を出してもらう。ブスッと、強刺激する。爺は声も出なかった。哀願するような目で見ている。

「はい。ケガしたところを押さえてみてください」

 爺はそっと手を当てた。次に、力を入れて押さえている。

「何をしたのですか? おかしい。痛うないわ。妖怪だと思って、(だま)さないでください。しまいには、(たた)りますよ」


 Ⅱ 捨てギツネ

「爺さん。お久しぶりです。なんで、倉吉くんだりまで来たのですか?」

 きょとんとして

「はあ? どちらさんでしたか?」

 少しイジってやりたくなる。

「妖怪鍼灸師の山谷ですよ」

 爺が凍り付いた。

「ピー(注:音声は変えてあります)という小説で治療した腰痛は、その後どうですか?」


 観念したようだ。しばらく時間をくれ、という。何やら、ブツブツ唱えていて、ポワーンと煙みたいなものに、包まれた。キツネが座っていた。

 キツネは語り始めた。


 私はこの奥の、大山(だいせん)の中腹に生まれました。貧しい農家でした。

 当時は、どのキツネ家庭も大家族でした。お爺ちゃん・お(ばあ)ちゃん、それに叔父(おじ)ちゃんも同居していました。

 食い物に不自由していました。きょうだいが三匹産まれました。お婆ちゃんは「跡取りになる一匹しか()らん」と言うので、妹と私は、大山の八合目くらいに捨てられました。キツネ社会にとって、歴史の教科書にも書かれているくらいの、衝撃的なことでした。

 その時、お母ちゃんは

「仕方がないんだよ。人間がどんどん開拓して来て、キツネの生活ゾーンが侵食された。狭いところにたくさんのキツネが()めば、飢餓(きが)問題も起きるわ。でも、人間だって弱い動物なのよ。人間は戦争もする。いずれ食糧危機に見舞われることもあれば、パンデミックだって現実のものとなるでしょう。食物連鎖の頂点に、君臨し続けられないのよ。決して、人間を(うら)んではいけない。ましてや、晴れて妖怪になったとしても、人間には害を及ぼしてはいけないよ」

 と、涙ながらに言いました。でも、その時は、ピンと来ませんでした。

 

 Ⅲ エリートの挫折

 キツネの話は続いた。


 長年の修行を経て、めでたく、妖怪になりました。芸名を「桂蔵坊(けいぞうぼう)」と名乗りました。主に人間に化けました。一番の当たり役が、池田藩に仕える若侍でした。

 身を粉にして働きました。江戸と倉吉を三日で往復できました。殿様の目のとまるところとなり、異例の出世をしました。


 あるミッションで江戸に(おもむ)く途中でした。猟師(りょうし)がネズミの燻製(くんせい)をエサに、トラばさみをしかけているのを見ました。江戸からの帰り、空腹をどうすることもできず、そのネズミに近づいてしまったのです。

 アクシデントに気付いた仲間が駆けつけ、トラばさみから外してはくれました。

「調子こいてんじゃんじゃねぇよ。おめぇは一千年、謹慎してろ!」

 前例のない、(きび)しい処分でした。


 謹慎処分が解け、二一世紀の日本に戻って来ました。浦島太郎の気持ちが、よく分かりました。

 引きこもりがちになりました。唯一の救いはインターネットでした。ある小説サイトに、子役をやってる老妖怪のことが書かれていました。

 その妖怪が他人には思えませんでした。たまらず、境港に行きました。「水木しげる記念館」で、情報収集をしました。

 昨日、尊敬する妖怪に姿を変えて、やっとカムバックできました。

 でも、長い謹慎生活で筋力は低下していました。ましてや、二本足で爺をやるとなるとフラフラ。何度となくリハーサルをしたはずなのに。疲れ果てて帰っているところへ、クルマが突っ込んで来たのです。


 友人らも泣いていた。私は治療家として、顔で笑っていた。

「つらかったね。これからは、一緒に捨てられたきょうだいの分まで、幸せにならなきゃね。あなたくらい実力があれば、いくらでも勤め口はありますよ」

 キツネは涙で()れた顔を上げた。

「そうだ。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)はどうでしょう。フェイスブックやライン、ツイッターなどで発信するのです。プロフィール写真は、彼に撮ってもらえばいい。プロのカメラマンなんですから」


 Ⅳ 憧れのママと一杯

 今日は、まだゆっくり食事していなかった。プロカメラマンは大事に至らず、急に空腹感を感じたもよう。みんなで食事に行こう、と言う。

「このままではね。ちょっと変身するから、待ってて。お好みは?」

 私は弱視なので、あまり識別できない。ここは、目のいい、プロカメラマンに全権委任する。

「山谷君の小説読んでるんだったら、『動物王国捕物控』のスナック『銀ギツネ』のママ、あの人間バージョンがいいなあ」

 確かに、彼はそんなメールをくれたこともあった。


 線路を越えたところに、小ざっぱりした飲み屋があった。

 居並ぶ海産物、それに農産物を前に、注文に迷った。お任せが最善。ただ、白イカ、ナガイモ、松葉ガニは一度味わってみたい。

 ともあれ、四人。正確には三人と一妖怪。それと盲導犬一頭で、乾杯!

 日本海の波の音が、遠く近くに、聞こえる。


 あの海、そして、大山の(ふところ)で、これらの幸が育まれたのだ。

 感謝して、いただこう。


「何かお願いしていいかしら。お揚げはあります? この人たちには、何かお魚でも……」

 ママがカウンターに声をかけている。

 山陰の日本酒もおいしい。雪の降る夜など、燗酒(かんざけ)がたまらないだろう。

 久しぶりに再会し、友人との話が(はず)む。


「注文、来たわよ。お話ばかりしてないで、ちょっと、つまんでみれば」

 (はし)を出そうとして、思わず手を引っ込めた。

 皿には、(しわ)くちゃの老婆の顔が、乗っていた。

「この辺では、タナカゲンゲと言います」

 と、マスター。

 亡母のことを思い出した。

「人に迷惑をかけてはいかん。真面目に、正直に生きんといかんで」

 それが口癖(くちぐせ)だった。

 皿の上から、母が説教している気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ