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カグヤ 2

「国も、先生も、守ってはくれない。


恋愛をしない人が居ることが、非常識だから、助けてはくれない。だったら、にげるしかないもん」





「そっか」

場の空気が少し和やかになり、改めて自分の緊張に気付いた。落ち着こうとアイスティーを飲む。

あ、おいしい。

「ふーん、とりあえず悪魔って、本当に言われてて、本当に言葉だけじゃなく、のけ者なんだ?」

ツインテールの子が聞いてくる。

「うっ……」

その通りだった。

「なんで、そこまでされてるのかな」


「どうして、気になるんです?」


「グラタンさんは、私たちのヒーローだった」と言う。

女の子が、ぱちくりと瞬きする。店内ではジャズ調の穏やかなBGMが流れていた。

「ここに居る子はみんな、それぞれに事情があって、健全な心がありながらも強制恋愛に反対している……

 グラタンさんは私たちよりずっと前から、病気のことを訴えてきた。あたしがたまたまネットでその活動を知ってすごく感動して二人にも教えた。

そしていつか話を聞きに行きたいと思ってみんなで話をしてた、爆撃はそんな矢先だったんだ、無理矢理強制恋愛をさせようとするなんて──」

「そう、でしたか」

女の子の瞳が揺れる。カグヤがちらっとアサヒを見る。

「だから、もし、そんな風に迫害にあって居るなら! 何かあいつらに一泡ふかせられそうな情報があるなら知りたいの!」

カグヤが強く拳を握りしめる。


「あ……あ……の……えと」


そういわれても、役に立つのだろうか?

っていうか、何を知りたいのだろう。

「普通、代理なんてつかないし、そんな風に迫害されないよ!」

カグヤが言い、他の子も口々に「そうだよ」と賛同した。


「グラタンさんと同じで、生まれたときからハクナに都合が悪いから、隠してたんじゃないの!?」


 何か、答えようとしたときだった。

呼び鈴が鳴り、木の軋む音と共に、シャツ姿の、ガタイの良い男が入って来た。

あのときに家であった男だ。


「お父さん!」


「パパ……!」


 女の子と、カグヤが同時に言う。

謎の男が、カグヤには目もくれずに女の子の方を見てにやりと笑う。

「ハッハッ、相変わらずひどい怯えようだな。そんなに俺が嫌いか?」


女の子は怯えたように私の影に隠れる。


「言えよ、好き、だ嫌いは許されない」


「────す…………」


女の子は何か言おうとして口を閉じる。


「俺はな、『好き嫌い』が嫌いだ。

他人に評価されるのが我慢ならん。あらゆる全ての愛すべき生き物に対して、肯定し、全ての評価されるべき物が好きか良いでなくてはならない。嫌いは、存在すべきではないんだ、な。言ってみろ、好きと」


「ぁ…………あ……、す、き、……」


女の子は蒼白になりながらも答える。


「そう、痛いのも! 悲しいのも! 辛いのも! 怖いのも! 世の中に、嫌いなんかないのさ!」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……はぁっ、……」

 女の子の息が荒くなる。頭を抱える。好き、を言うだけにかなりストレスを感じている。軽くあしらえば良いと思うのに恋愛性ショックもあり薬を飲むくらいだから相当だった。



「ママとは──元気にやってるかな?


「……何を……、勝手に」


女の子は何か言おうとしてやめる。

息が苦しいらしい。


「こいつは、真面目に受け過ぎなんだよな。俺が僅でも、どんな一瞬でもすべての人類から嫌われるのが嫌いなのを知っていながら、いまだに嘘を覚えてくれない」

 よいしょ、と彼は後ろのテーブル席につく。

 隣に座る女の子は目を離すとそのまま倒れてしまいそうだった。どうにか踏みとどまっているみたいで、そうはならなかったが、すき、すき、とうわごとのように呟いている。病的なまでに嫌いを嫌うなんて、頭がおかしくなりそうだ。言いたいことや嫌なことは誰だってあるはずなのに。


「何よあなた、いきなり来るなんて」


 私が言い、カグヤが「クズ親父の子ども!? うわ、本っっ当にクズ親父! ふらふら出歩いたかと思えば、本っっ当に嫌いだわ、嫌いすぎる、好きになる要素がない」などとはっきり告げる。男は私たちを無視して、 コーヒーとケーキのセットを注文した。

「嫌われたものだな。今日は、ただ話をしたいだけだ。この悪魔を、置いていってくれないか?」


男は私を指差す。


「はああああああ!?」


私は思わず叫んだ。幸いにも店には私たちくらいしか客がいない時間だったが、ちょっと恥ずかしい。


「なあ、あんた……本当になんなんだ?」

しばらく黙っていたアサヒが質問する。


「…………」


アサヒを見る目が、異様に冷たい。


「──もうコクったか?」


「はあああああああ!? 何っ」


アサヒが、派手な音とともに椅子から立ち上がる。

「どしたのアサヒ」

「何かあったの?」

私や女の子が聞くが、アサヒはただ顔を紅潮させるだけである。


「この反応は……ふん、まだ、コクってはないか」


「いきなり何なんだよ! 失礼なやつだな!」

 よくわからない動揺をしながらアサヒが男を睨み付ける。


「アサヒ──お前は、あの家に、入っただろう?」


「っ……」


 言うまでもないが、カグヤのお父さんということは、ハクナの人だ。

名前くらい簡単にしらべられたのだろう。

「あの家が、なぜ、悪魔なんて言われて避けられてきたか、既にわかっているだろうに……」


「わからねぇよ」


いつの間にか飲み干したらしいアイスティーを、だん、とカウンターに置いてアサヒは繰り返す。


「わからねぇよ……ハクナも観察屋も、この街も、あいつにそこまでする程の理由なんか」


「ふん」

男はなにも言わずに、アサヒの腕を掴むと、立たせて私の方まで連れて来た。


「アサヒ?」


 目が合う。アサヒの顔が赤くなり、しかし、なんだか様子がそれだけでなくて変だった。

 しばらくそのまま眺めていると、ぼーっとなって、そして、カクン、と首を下げて俯いてしまう。

「え?」

 倒れそうだと思って伸ばした手が空を掴む。

「あ……ぐっ……」


アサヒは苦しそうにしゃがみ込む。

顔を覆いながら、何かを耐えているようだった。



「な、な──んだ、これ……これがっ……! まさか────!!」


「アサヒ!?」 

どうしたんだろう。

驚愕に目を見開くアサヒが気になる。何を見たのだろう。近付こうとしたが、男がやめておけ、と言った。


「そろそろ危ないかもしれんな」

 そして手刀を彼の後頭部に叩き込む。

アサヒはそのまま目を閉じて倒れてしまった。カグヤたちが店からそろそろ出るかを相談していると、男が手招きした。


「ここはどうせ、仲間の店だ。

ハクナの指揮をとる『俺が』居たところで下手に追い払えまい。教えてやる。せっかくだから、お前らも聞いてけ──昔話をな」





これは、44街が出来るずっと昔に伝わっていた古い話だ。


 昔々、強い悲しみと孤独に苦しむ、女の姿をした存在が村に現れ、亡くなった自分には与えられることのない未来に、ひどく嘆いては、生きているものを殺していた。

 生きているってのは、それだけで死んだやつには持ち得ない全てが与えられている。

将来、可能性、未来への希望。

特に、新しく生まれる子ども。

彼女の悲しみに一番近い存在である、子どもをよく食らっていて、これは諸説あるんだが……

 とにかく、生きても死んでも彼女の悲しみを慰めるものは何一つ無かったわけだな。村人も困るし、その存在も、自分を苦しめて栄えた村に生きる人たちなんか価値がない……とかで、あぁ、もとは村人だったといわれているらしいが、

何かの理由で、村が栄える道具として沈められたんだと。

  あまりに強く、そしてあまりにも、悲しみ過ぎていて、しあわせそうな人、つまり、のうのうと生きている村人たちが自分に近付くこと自体を拒む。

虐めてきたリア充なんかに話しかけられても口答えしたくなるわな。

 彼女はずっとあらゆるものを呪った。彼女の気分を鎮めてくれる者も長いこと現れなかった。


 『彼女』の悲しみに唯一触れられ、44街が出来る前の村で存在の怒りを鎮めたのが、あの家の者だよ。迫害され、孤独で、行く宛も無かったその者に共鳴するようにして眠りについたんだ。

 その存在が何なのかってのは今もわかるわけではないが──44街が出来るより昔の村では、神様と言われている。

愛され、救われ、うやまわれるようにと

 村人たちは彼女らを称えた。


ここまで話してわかっただろう。

『彼女』は自分に近い孤独に触れられる者にしか心を開かない。『あの家』を、学会や街の連中が隠したのはその為だ。

悪魔だなんて言って、掲示板や至るところにお触れを出してまでな。


──話が長いのに、意外と聞いているもんだな。若いのに感心だ。




 わかるような、わからないような話だった。私はずっと、悪魔だからと44街から隠されていたのに。


「でも──! 代理は? 代理の私が、他人に囲まれたりしてても良いの? それに観察されていたら、結局私──」


「どうも、年月が経つにつれて悪魔、の部分だけが曲解されたようだ、それとも……」










私とその男が話していると、ツインテールの子が言った。


「待ちなよ、それじゃあ、学会側はそもそもその昔話を認識してるってこと? その神様を、認めていたっていうこと?」

 金髪の子は無言のまま、私を見た。

鋭い目付きで見詰められている。

「答えないと、あの子をおいてくとかなんとかの話も聞いてやらない」

カグヤが言うと、男は、ふっ、と目元にあるシワを歪めて笑った。


「いいだろう。

それにはまず、学会の意義を話さねばならない」


「意義……?

運命のつがい、とかなんとかで、民を幸せにするんでしょう」


カグヤが投げやりに答えると、男は否定するでもなく話を続けた。


「我々の学会の目指した恋愛総合化、という意味は、恋愛を社会に総合的に纏めることにある。みんなが平等に恋愛を享受し、みんなが幸せになる社会、これが学会の存在意義だ」


私はそれを聞いたとき、なんとなく──気持ち悪いな、と思った。

けど、言えなかった。

誰も、言わなかった。


「実は、この意義が出来たのは最近だ。44街が出来るよりずっと前は、一人時間、などといい、一人一人が尊重されていたし、リアルが充実している者だけが恋人を作ることが多かったため、リア充なんて言葉で例えられ、爆破されていた。今とは真逆の思想なのだよ」


「信じられない!」

カグヤたちが各々驚く。

女の子も目を見開いて驚愕していた。

リア充……昔聞いたことがある。

そのときにも爆撃があったなんて、知らなかった。


 今とは真逆。

しかし疑問がある。

さっき聞き流していたけれど、神様は、リア充に話しかけられるのが嫌だった……?


「あれ?」

みんな同じように疑問を持ったらしい。

カグヤが質問する。

「ねぇそれっておかしくない? 

なんで今は、恋愛を強制してんの?

神様も自分を差し置いて孤独じゃない人が嫌いなんでしょ? 

学会は神様を認識してるって──」



 運命のつがい、恋愛の強制。

孤独を否定し、人々の間にある愛を賛美するように思える。それどころか今の学会は誘拐に手を貸し、嫁市場の斡旋までしているのだ。

明らかに、リア充を目指している。

 それも生半可な覚悟じゃない。



店の曲がアップテンポなものに変わった。JPOPのアレンジらしい。


「さぁ。俺は『会長』じゃないんでな」

男は面白そうに笑って言う。


「ただ『会長』が言うには、『魔の者』を遠ざけるには、幸せな気が必要だからだとさ……『前の会長は』そこまで必死じゃ無かったんだがね」



「前の会長……」

女の子が何か考え込む。

「あの家が、ママが、じかに攻撃されるようになったのも会長が変わったときからだ」


 そういえば、学会が今のかたちになる前の時代があったって、アサヒも言っていた。観察屋は、その頃にはまだ、マシだった。少なくとも今のように私が四六時中観察されていることは無かったはず。たぶんだけど……いや、とりあえず、あんなに強制的に恋愛条令が施行されたのは近年だ。それは確かなことだ。

そうだとするなら、それはやはり何らかの転機が学会側にあったのだろう。


「質問には答えた、悪魔なんて言い方が悪かったが、分かりやすいと思った。さあ、帰れ」


男が手を振り、カグヤたちを追い出すようにする。

「ちょっと、娘にひどくない!? 知らない妹が居たとかさらに初耳なんですけど! それに結局神様ってなんなのよ!? なんで、その子の、……子孫でしょう? 称えられるんじゃなかったの? 学会まで……そんな、突き放すような」


 男の表情が、一瞬曇る。

彼は三人に近付いて驚異の握力でそれぞれの首根っこを掴む。猫みたいだ。

「────さらばだ」

 「キャーッ!」

 三人が襟を押さえてじたばたするも、抵抗虚しくつまみ出され、出口まで体が向かわせられる。やがて呼び鈴が鳴り、ドアの向こうに投げ出された。





「……コクってからでは遅い」


「パパ」


女の子はじっと、パパを見つめる。


「二人きりになれたな、娘よ」


「パパがあの家に来ていたのを私は知ってる。学会が変わったのは、あの呪い──キムのせいなんだよね?」


─────────────


 どうやら、俺は眠っているらしい。

──闇のなかで、微かに、誰かの声が聞こえている。

誰かの、何かを訴えるような、逼迫した声。


責めて、居るのか?

あぁ…………

そうだよな。

赦せなくて、当然だ。

赦せないよな。

俺を見て、笑ってくれる、なんて、

そんなの、都合が良すぎる。

わかってたんだ。

俺が、壊したんだから。

わかってたんだ。


あいつが、あんなことがあってなお、何も感じずに俺を赦すなんて、そんなわけがない。



───こうやって、目を閉じてると、

思い出す。


「ずっと待ってたのに」


 あいつの、責める声が聞こえるような気がする。



「待ってたのに、ずっと、待ってたのに……」


お前は、待ってくれていた。

ずっと、たぶん俺が気付かない間も。

ずっと。




───出ていけ!!!



……あぁ。

わかってたんだ、ずっと。

逃げてたわけじゃない。だけど、

 いつの間にか、気付かないフリをしていたのかもしれない。

 こうやって、目を閉じてると、思い出すんだ。


「待ってたのに」


 ──俺はなぜ、あいつを救えなかったんだろう。何度考えても、何度も考えてしまう。

それが嫌で、目を背けた。

どう背けたところで、どうしたところで、ずっと、結局は、考えてしまっていたけれど。

「どうして来なかったの?」 

「待ってたのに!」


──考えても、考えても、進めないのは、考えていれば、何かを考えなくて済んだから。


 もしもあれが、俺が背負う痛みなら、あれが、俺を待つ宿命なら。

そこにまだ、 マカロニが居るんだ。

此処に。

 俺が逃げ出すかどうか、じっと、見ている。

「どうして、    」


あの家を見ていると、思い出す。

あの子を見ていると、思い出す。



俺はずっと、他人を好きになれることを……当たり前に思っていた。

 誰だって他人を好きになれるんだって、当たり前に思って、いい気になっていた。

幸せなんて、誰にでも当たり前にあるんだと、どこかでは思っていた。

 例えばその当たり前の幸せが無い者が居るとして、どれだけ惨めな思いをさせられるのかって、考えたことはない。

観察屋をしているときも、そうだった。

あいつが居なくなってから、いつの間にか、とりあえず生きていくことに必死になって──それどころじゃ無かった。

 あのときの俺なら、きっと、誰かの当たり前の幸せを奪っていても、それでも、ずっと、気付かないままだった。



『俺が奪ってしまったもの』が、そこにあるってことに。


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