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第3話 少年心理の理解は難しい

◇令嬢視点◇

 

「背の高い人には低い者の気持ちを察するのは難しいと思います。たまには視点を変えるのも一興ですよ?」


 私がそう言うと、殿下は初めて無表情を崩しました。

 最初はぽかんとした驚きの表情。

 不意を突かれたってことかしら?

 鳩が豆鉄砲を食ったようなって前世の言い回しよね。言わないようにしないと。


 次にじわじわと口元を緩めて、だんだんとそれは微笑みの形になっていきます。

 美形って得なのね、ちょっと口角を上げるだけでいいのだもの。


 そして瞳が。

 私の大好きなアイスブルーの瞳が温かく柔らかく輝いて。


 そして!

 とうとう!

 だれもが分かるくらい、はっきりと笑ってくれました!


 それだけでホッとしたし、なんだか嬉しくなりました。

 場が和んだのが分かります。なんせ前世は空気を読むことに長けた日本人ですからね、無表情は分かりづらくて怖いんですよ。


 なのに殿下ってば


「僕を見下ろす気分は、どう?」


 笑いながらそんなことをおっしゃる。

 慌てて壁ドンを止めます。

 足の力がへなへなと抜けて、私も座り込んでしまいました。

 目線が殿下と同じに、いえ私の方が若干下になりますね。私は正座しているからそれほど差はないけれど、立ち上がったときの差よりは座った状態の方が、殿下がより近しいです。

 ……それはつまり、足の長さが……げふんげふん。


 笑いながらの発言だから、軽口の類だとは思うのだけれど、いちおう念のため、


「不敬罪……ですか、ね?」


 と、問えば


「いいや。きみには許そう」


 そんなふうに答えてくださったのだけど。


 凄いわ、殿下。

 満面の笑みよ。あなたの表情筋、ちゃんとお仕事するじゃない!

 美形の笑みの破壊力はパナいです。心臓鷲掴みにされそうです。


 それに『きみには』許すって!

 私じゃなければ不敬罪なのね!

 私が許嫁だからですね!


 分かりました、許嫁免罪符ですね。水戸のご老公のモンドコロみたいな?

 違うわね。万人に効くものじゃないから、この場合は護符?

 お守り的な?

 適当なたとえが思いつきませんが無礼討ちは避けられる、と。


 私が笑いかければ殿下も笑みを返してくださる。

 なんだか嬉しくなってきました。ウキウキとしたこの心持ちはなんなのでしょう。


 あら。

 もう殿下のこと、怖くありません。

 無表情の美形は怖いけど、殿下が今のように笑ってくださるなら怖くないです!

 やっぱり微笑みは外交の初手ですね。敵意がないことを示す手段ですもの。


 この微笑みにいろーーーんな感情を載せたり隠したりするのが大人の社交術なのでしょうが、私たちはまだ成人まえの子どもですもの。

 ゆるんゆるんでも大丈夫でしょう!

 たぶん。おそらく。……きっと。




 護衛の方がお声がけしてくださったおかげで、床の上での正座からソファへ移動です。

 殿下の指示であっという間にお茶会仕様になりました。さすが、王宮にお勤めの方々はお仕事早いですね。


 目の前には薫り高い紅茶にキラキラしたお菓子。お皿が三段になってますよ!


 向かいの席には優雅にカップを手にする美少年……美青年、と言うべきかしら。

 少年の定義が曖昧な私が悪いのね。

 少年から青年に代わるこの過渡期が一番美しいって……いつ読んだものだったか謎だけど、たぶん前世よね。うなずけるわ。眼福だもの。うっとり。


 はっ!

 いけないいけない。うっとりしている場合ではありません。

 未だ、この世界がただの異世界(普通バージョン)なのか、ラノベかなにかの物語の中(断罪ざまぁバージョン)なのか、決定的な判断が付いていない以上、細心の注意を払って気を引き締めて行動しなければなりません。


 それほど、【王子の婚約者】というキーワードには要注意なのです。

 聞けば、私が生まれたときから結ばれた縁談らしいので、今さらの回避は不可能でしたが、(とは言え、さっさと教えやがれ糞親父)今後、王子殿下と仲良くなれるのならば仲良くしたいです。


 物事は最悪を想定して行動した方がいいと言いますし。


 万が一、ここが断罪ざまぁバージョンの世界であったならば、と想定します。


 億が一、【運命の恋】とやらが出現して私の存在が邪魔になったとしても、ある程度の親交を結べていれば話し合いの末、穏便な形で解消することも可能となりましょう。


 そしてそれを可能にするには、ひとえに、王子殿下の性格や知能指数のいかんによります。

 殿下がバカ野郎で先が見えない愚か者なら、私は衆人環視の断罪ショーの憂き目に合います。それは避けたい、是が非でも。


 殿下が誠実で賢く常識ある方ならば、穏便に婚約解消できるでしょう。


 と、なると。

 私がしなければならないことは、王子殿下と仲良くなりつつ、彼の性格を理解すること……でしょうか。


 ここが普通バージョンの世界であったとしても、許婚の王子殿下と友好を結ぶのは決して不利益にはならないでしょう。むしろそれ、バッチコーイよね。




 茶器を褒め、お茶菓子を堪能しつつさりげなく殿下と会話を楽しみます。

 ……楽しんで、おります……が。


 殿下。

 この一問一答形式、どうにかなりませんかね?


「……殿下のお部屋、ご本がたくさんありますね」

「そうだな」(にこにこ)


「……普段はどんなご本をお読みですの?」

「あるものを。適当に」(ニコニコニコーー)


 先ほどから殿下はとても良い笑顔でいらっしゃるのですが。

 にっこにこにーーっってどこかの学園アイドルがやってましたね、たしか。それくらい嬉しそうでいい笑顔なのですが。


 私の質問に一言返しで終了、会話ぶった切りって、酷くないですか?

 酷いですよね?!

 話を広げるってこと、してくださっても良くなくない?


 あぁ、でも文句も言えない私は公爵家令嬢とはいえ、一臣下でしかないのです。王族に連なる者ではあるけれど、ピカ一の直系王子殿下に文句垂れる訳にもいかず……。


他愛ない会話、何気ない会話、無意味な井戸端会議……。


 それらはのほほんとした空気の中、するものだと思うのですよ。

 こんなにも神経すり減らしながら続けるモノではないと思うのです……しくしく。


 顔で笑って心で泣いて。

 気分はすっかり太鼓持ち。相手は無意識にパワハラしかける王位継承権第一位の王子殿下。

 許嫁免罪符、さっそく使いたいわぁ……文句、言いたいです……。

 でも気軽に使ったらご利益薄くなりそうだから多用したくないですし……しくしく。




 紆余曲折(そんなこんな)を経て、殿下が唯一良い反応を示した話題が王女殿下、妹姫のことでした。苦労の末『会話のキャッチボール』が成立し始めましたよ! ハレルヤ!


 アンネローゼ・フォン・ローリンゲン王女殿下。ヘルムバート殿下のちょうど十下の姫君です。現在御年(おんとし)四歳の可愛い盛りだとか。


「髪の色は、母上譲りの赤みが強い金髪だな。そなたのように緩く波打っている。

 瞳は僕や父上と同じアイスブルーだ。頬がまあるくて、笑うと右の頬に笑窪(えくぼ)ができる。そして小さくて白い歯が顔を覗かせるな」


 嬉しそうに語る殿下にうんうんと相槌を打ちながら先を促します。


 いいですよ、いい傾向です。

 ちゃんと会話らしい会話になってます!

 進歩しています! ホザンナ!


「お二人でどんな遊びをなさるのですか?」

「最近のアンネのお気に入りは、僕を山に見立てて登ってくることだな」

「まぁ! 姫さまが? 山登りならぬ兄登りですか?」

「ははっ! そうだな、兄登り。してくるぞ。危ないからいつも僕はできるだけ床に座ってじっとしているのだが、この間、立ち上がってみたら歓声を上げて喜んでくれたぞ」


 うんうん。打ち解けた感がマシマシですね!

  殿下のお口も滑らかになってきました。


「私も姫さまにお会いしとうございます。姫さまはお人形はお好きでしょうか? 私は昔、着せ替え人形でよく遊びましたよ」

「着せ替え人形? アンネは持っているかな?」


 殿下は後ろに立つ侍従に確認するように訊きます。侍従の方は確認致しますと答えました。うん、知らないんですね。


「着せ替え人形……と、どう遊ぶのだ?」

「文字通り、持っているドレスをあれこれ組み合わせて着替えさせたり……お部屋をダンスホールに見立てて舞踏会に参加させたり……子どもに見立てて寝かしつけたり……その時々でいろいろありましたわ」


 リ○ちゃん人形、懐かしいわぁ……前世ではお世話になりました。

 でもこの世界ではあれよりグレードアップした人形だったなぁ。サイズは小さな女の子くらいだったし、ちゃんと瞬きしたし。

 お人形のお家は前世の感覚ではミニサイズの山小屋でお屋敷のお庭に作って貰って私も一緒に入れたし、ちゃんと小さめの家具付きだったし。


 貴族のスケールの違いが恐ろしかったわぁ……それと一緒にシルヴ○ニアファミリーサイズのミニチュア屋敷も用意してもらってました。

 室内で遊ぶ用ですね……私、今の両親に甘やかされ放題な気がします。


「サラ嬢は、着せ替え人形でもう遊ばないのか?」

「最近の私は……もう十ニ歳ですもの。お人形遊びは卒業いたしました」


 ふふっ

 二人で微笑みあう。

 なんだかとってもいい雰囲気。


 だから気が付かなかったのです。


 たしかに、殿下は上機嫌でした。ずっと笑顔でした。でも途中からその笑顔が心からのものではなく、笑顔の形の仮面になっていました。


 恐ろしいことに、きっかけが判りません。


 ですが殿下のご機嫌がいつの間にか悪くなったのは、理解しました。

 前世も相まって空気を読むのは得意ですし、数十分ですが殿下とご一緒してお話しさせていただきました。なんとなくですが殿下の為人(ひととなり)を理解しました。

 だから、解ったのです。殿下がご機嫌斜めになってることに。


 その証拠に、殿下は『婚約の記念に渡したい物がある』とおっしゃっていたのに、部屋を退出するときまでなにもくださいませんでした。

 侍女に持たせたとか、公爵邸へ贈り届けた、でもないのです。

 えぇ。執事に確認しましたもの。事実なのです。

 王宮でお仕事かなにかしていたのでしょう、私より遅く帰宅したお父さまからもなにも言付かっていません……。


 きっと、私がなにか決定的なミスを犯して殿下のお怒りを買ってしまったのです。

 だから贈り物なんてやる価値もない奴認定されてしまったのです。


 ぷちショック、です。


 物を貰えないから落胆するなんて、卑しい女とお思いでしょうか?


 でもね、ちょっとだけ憧れていたのですよ。【許嫁からのプレゼント】に。


 プレゼントって、相手のことを考えて選ぶモノですよね。

 だから期待してしまったのです。生まれたときから決まっていた許嫁相手に、殿下はなにを思いなにを考えて選んでくださったのでしょう、と。


 ぶっちゃけ、前世では処女のまま儚くなってしまった(らしい)し。殿方と交際なんてした記憶無いし。前世今世合わせても殿方からのプレゼントなんて初めてだったのですもの!


 だからこそ、【プレゼント】の言葉にホイホイ釣られて殿下の私室に入り込んでしまったのです……いやだ、私ったらチョロい女だったのね。自分にがっかりだわ。


 なにが殿下のお気に障ったのか判りません。

 判らないから謝ることもできません。

 せっかく会えたのに、もう嫌われてしまったのでしょうか。チョロいがっかり女だから嫌われたのでしょうか。


 なんだか悲しくなってしまいます。


「お、お嬢様っ?!」


 私付きの侍女のアンが素っ頓狂な声を上げています。どうしたのでしょう?


「どうなさいました? なぜ、泣いてらっしゃるのですか?」

「え? わたし、泣いてるの?」


 自室のソファに座った私の前に跪いたアンは、とてもびっくりした顔で私を見上げています。


 あら。


 わたしのスカートに透明の雫がぽたぽたと……。これ……涙、かしら。

 私、泣いてる? 膝の上に置いた手も濡れています。

 どうしよう、涙が止まらない。

 アンが心配そうな顔になってるけど私自身にも涙の止め方が判りません。

 殿下に嫌われたって思ったら……。


「……アンっ!」


 どうしていいか分からなくなったので、アンに抱き着いて泣き顔を隠しました。

 アンは私が泣き止むまで、ずっと私の背をぽんぽんって優しく叩いてくれていました。


 私はアンに抱き着いたまま、気が済むまで泣き続けました。

 泣き止んだときには、そのまま眠ってしまっていました。


 だから。


 心配したアンがお父さまに私が泣いたと報告したこととか。

 お父さまがその報告を聞いてどう思ったのか、とか。

 その結果、どういう顛末になるのか、とか。



 泣き疲れて眠りこけた私には、与り知らぬことなのでした……。




誤字報告、ありがとうございました!

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