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第2話 Boy meets a girl.

◇王子視点◇

 

「どうでしょう、殿下。見下ろされて囲いこまれると、こわいですよね?」


 背中を覆うフワフワのハニーブロンド。

 仔猫のような丸い翠の瞳。

 こぶりの鼻。

 白磁の頬。

 愛らしい唇。


 可憐な美少女は、花も恥じらうような満面の笑みを浮かべた。

 ちっとも恐くなんてなかった。むしろ。


「背の高い人には低い者の気持ちを察するのは難しいと思います。たまには視点を変えるのも一興ですよ?」


 彼女の言葉とその笑顔に心臓が射抜かれる音がした。


 むしろ彼女は……。




 サラ・フォン・ベッケンバウワー公爵令嬢。

 僕の許嫁(いいなずけ)


 彼女が生まれたときに結ばれたそれは、いわゆる政略結婚にあたる。


 王族には、いや、貴族にはあたりまえのことだ。納得している。

 彼女の父、ベッケンバウワー公爵家当主クールベアト・フォン・ベッケンバウワーは、僕の父の従兄弟で王家の血を引いている。

 王家の権威をより重厚とすべく結ばれた僕の婚約は、同時に僕の後ろ盾を作るもので、隆盛を誇るベッケンバウワー公爵家が選ばれた。


 ……はずなのに。


 今、眼前で殺意を含んだような目線で僕を睨む公爵に内心恐れ(おのの)く。

 と同時に、父が今日の許嫁との初面談の前日、僕に教えてくれた情報に感謝する。


 曰く、娘溺愛の公爵はこの縁談に難色を示しているが、王家に反抗する意思はない。

 ただただ、娘可愛さゆえに『嫁に出したくない!』と僕らを対面させず十二年、のらりくらりと逃げ回っていたのだとか。


 父上がとてもいい笑顔で僕に話してくれた。

 あの言葉がなかったら、僕は公爵に呪い殺されると勘違いしていただろう。


 本当に王家に反抗する意思は無いのか? と疑うレベルで憎々しげに僕を睨むベッケンバウワー公爵。

 いちおう、僕、王太子なんだけど?

 あなたの未来の主君なんだけど?


 その隣に佇む小さく可憐な令嬢は、好奇心旺盛な輝く翠の瞳を僕に向けていた。


 僕はこういう瞳をまえに見たことがある。

 大きく無垢な瞳で、好奇心旺盛で。

 でも僕が触ったら、泣いてしまうかもしれない。

 年の離れた妹がそうだったから。


『貴方の妹姫よ。可愛がってあげてね』


 母は僕を生んだあと体調を崩し、しばらく離宮で静養していた。

 快復してもすぐに次の妊娠はしなかったが、待望の第二子を授かったのは僕が九歳の頃だった。


 十も年の違う妹なんてどう扱っていいか分からない。しかもまだ立つこともできない赤子をただただ観察していたら赤子は泣き出した。

 とてつもなく焦ったことをよく覚えている。


 僕が妹に触れるようになったのは、彼女が自力で歩きだすようになってからだ。


 この許嫁の姫、サラ嬢はどうだろう。

 自室で間近に観察すると、彼女は小さく震えていた。


 どうしよう。怯えさせたくはないのに、どうしたらいいかわからない。


 そのまま観察し続けると、サラ嬢はゆっくり、恐る恐るといった体で僕を見上げた。


 少し濡れたような目元。

 大きな翡翠の瞳。

 こちらをうかがうような上目遣い。


 ……なるほど。


 僕の乳兄弟(ジーク)が女の子の上目遣いは可愛い! と言っていたが、これのことかと合点がいく。


 確かに。これは庇護欲が刺激される。

 まちがいなく可愛い。


 彼女のこの震えはどうしたら止まるのだろう。

 僕はどうすればいいのだろう。


 ああそういえば、ジークはなんか言ってたな。『でもその見た目の可愛さに騙されると、ハニートラップに引っかかるマヌケ野郎になるんだぜ』だったか。


「僕は、こわい……か?」


 震えている年下の女の子になんと言えばいいのか。

 怖がらせたり怯えさせたりはしたくない。とりあえず、ゆっくり宥めるように話しかけてみる。


 この娘はハニートラップとは無縁だろう。公爵家のご令嬢だし。

 むしろ悪い男の罠にかからないようきちんと保護しないと……あぁ、だから公爵はあんな目で僕を牽制していたのか。

 って、僕は悪い男じゃないぞ? 正式な許婚なんだし。


 そんなことをぼんやり考えていたら、あれ? と思う間もなく立ち位置が入れ替わっていた。

 そして低くなってくれとのジェスチャー。

 なんだか分からないけど、彼女から僕へ初めての要望だ。示されるままに床に腰を下ろす。


 と。


 バンっっ


 大きな音を立てて、僕の頭の横――背後にある壁を両手で叩くサラ嬢。


「どうでしょう、殿下。見下ろされて囲いこまれると、こわいですよね?」


 見上げれば年下の許嫁が『してやったり』という顔で僕を見下ろしていた。


 視界いっぱいに広がるハニーブロンドと輝く翡翠の瞳。


 怖いなんて、とても思えなかった。

 とても。

 とてつもなく……可愛かった。


 いま四歳の妹が、僕を驚かせて嬉しそうに笑う顔に似ていた。

 それを見たジークは『ドヤ顔して♪ 可愛いですね』などと言ってたっけ……。


 うん。

 可愛い。僕の許嫁はとても、途方もなく可愛い。

 しかも。


「背の高い人には低い者の気持ちを察するのは難しいと思います。たまには視点を変えるのも一興ですよ?」


 なかなか含みのある彼女の言葉。


 身長の高い低いを指して言っている……というよりも、僕の身分のことも含めて言ってないか、これ。


 だってそう言った彼女の顔は妹のような『ドヤ顔』……というより、母がよくする『慈愛の瞳』をしている。


 なんだ、この娘。面白い。

 可愛いだけじゃない。大きな翡翠の瞳は英知の輝きをも見せる。僕より二つ下の、親の決めた婚約者。


 僕の、許嫁。


「僕を見下ろす気分は、どう?」


 そう訊けば、とたんに眉尻を下げて困ったような表情を見せる。


 ――あぁ、これも可愛い。


「不敬罪……ですか、ね?」


 恐る恐る問いかけるきみ。


「いいや。きみには許そう」


 僕がそう言えば、安心したのかほにゃっとした柔らかくあどけない笑みを見せる。


 年相応だ。うん、やっぱり可愛い。


 気が付けば二人とも床に腰を下ろして話し込んでいた。護衛のポールに促されるまで気が付かなかった。

 令嬢を部屋に招いておいてお茶も出さないなんて、失礼だった。


 侍従にお茶の用意を命じれば、さほど待たずにいつものお茶が供される。お茶の芳香の中、彼女と向かい合わせに座っても自然な会話が続いている。


 あぁ、良かった。

 僕の印象はそれほど悪くなかったらしい。年下の女の子との会話はどうしたらいいかと悩んでいたけど、サラ嬢となら気負わず会話を楽しめる。

なにより、サラ嬢の笑顔は良い。こちらまで和む。



「殿下は、本当はとても可愛らしいお方なのですね」



 弾むような口調で嬉しそうに言われるまで、僕は確かに上機嫌だった。





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