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君と眺めた永遠色の空  作者: 緑月晨夜
第1章 黒髪の捜し人
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第1話 図書委員

 たった今、帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わった。

 そのまま帰宅する人もいれば、部活動に参加しにいく人もいるだろう。

 いずれの場合にせよ、ほとんどの生徒は明るい心持ちのはずだ。

 大抵の高校生にとっては、授業を受けているときよりも家で遊んだり部活動で青春を謳歌したりしているときの方が何倍も楽しい時間なのだから。

 星屋宏樹(ほしやひろき)もそんな高校生の内の一人だ。彼は訳あって部活動には所属していないため、帰宅できるのが嬉しい系の男子である。

 学校指定の使いづらい紺色のバッグを肩にかけ、鼻歌混じりのルンルン気分で教室の外に出ていこうと……


「ちょっと、星屋君?」


 したところで後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこにはクラスメートである黒髪ロングヘアーの女子が呆れ顔で立っていた。

 宏樹はそんな彼女の顔を見て全てを悟ったが、敢えて何も知らないフリをすることにした。


「誰かと思ったら高瀬(たかせ)さんじゃん。俺に何か用?」


 なるべく相手に悪い印象を与えないように、宏樹は声の高さや抑揚に気を配りながら発声した。


「用も何も、今日は図書委員の担当の日だよ」


 宏樹の眼前に一枚の紙が突きつけられた。

 一瞬怯んだ宏樹だったが、その紙が何なのかはすぐに分かった。

 毎月始めに図書委員に配られる当番表だ。

 今日の日付のところにはペンで赤丸が付けられており、視線が自然とそこに行ってしまう。


「二年三組って書いてあるでしょ」


 図書委員会に限らず他の委員会もそうだが、基本的に一クラスからは男女一人ずつがその委員会に所属する。

 二年三組の図書委員は、星屋宏樹と高瀬真波(まなみ)の二人というわけだ。


「……どうしても行かなきゃ駄目ですかね?」

「だめです」

「今日は帰りたい気分なんだよね」

「だーめ」

「じゃあ、駅前に新しくできたアイスクリーム屋でアイス奢ってあげるから」

「…………だめ」

「今ちょっと迷ったよね?」


 真波がアイスクリーム好きだということを知っていた宏樹による卑劣な作戦だったが、真波を三秒ほど悩ませただけのお粗末な結果となった。

 宏樹は無事、真波に図書室へと連行されていった。




 天井まで届かんとす本棚がいくつもそびえ立つ。

 収納されている本の数は流石と言ったところだが、それらを利用している生徒の姿は一つもない。

 それが宏樹たちの通う私立高校の図書室であり、宏樹が真波にたった今連行されてきた場所でもある。

 何故図書室の利用者が一人もいないのかと問われれば、今日は一学期中間考査、いわゆる中間テストのちょうど一週間前だからであると答える他はない。

 部活動に参加している者もいるが、多くはテストに向けた勉強に必死であろう。

 どちらにせよ、こんな時期に図書室になど足を運ぼうとする生徒はほとんどいない。

 いるとすれば、図書室の整備を日替わりで担う図書委員の生徒たちくらいなのだ。


「じゃあ星屋君、早速始めようか!」


 紺色のスクールバッグを本の貸出カウンターの脇に置いた真波が明るい声でそう言った。

 宏樹も真波と同じ場所にバッグを乱雑に置く。


「始めるって言っても、何もすることなくない? いつもならカウンターに返却された本を元の棚に戻せばいいけど」


 やはりテスト前のこの時期には、本を借りに来る生徒もいなければ返しに来る生徒もいない。


「でも、委員会の仕事をサボると大澤(おおさわ)先生に怒られるよ」


 真波の言う大澤先生とは、図書委員会担当かつ国語教師の大澤靖子(おおさわやすこ)のことである。

 長年この私立高校に勤務しており、生徒にも自分にも厳しい人物であるため、基本的に生徒たちからは忌み嫌われている。

 その長い教師生活の中で生徒からつけられた渾名は「クソババア」「化け物」「羅生門の老婆」「古本屋の埃」「化石」などなど数知れず。

 宏樹も大澤に対しては良い印象は抱いていない。むしろ他の生徒と同様に嫌っている。


「大澤先生ねぇ。どうしてあんな化け物が図書委員の担当なんだよ……」


 現実を悲観する宏樹だが、図書委員会の担当教師は大澤だけではなく、もう一人存在する。

 そのもう一人の教師というのが……、


「お、今日は図書委員がちゃんと来てるな!」


 今まさに図書室に姿を現した羽賀博光(はがひろみつ)である。

 羽賀は宏樹と真波のクラスの担任でもある。

 黒髪、黒目、黒スーツ、黒ネクタイ、黒革靴。いつも上から下まで黒で統一された格好をしている。

 端的に言えばイケメンであり、顔もカッコよければ性格も穏やかで、女子生徒からの人気もすこぶる高い。

 現に、羽賀のファンかどうかは分からないが、一人の女子生徒が彼の隣についてきていた。


「羽賀先生!?」


 宏樹が思わず驚きの声をあげる。

 気づかないうちに担任教師が湧いて出ていたら驚くのも無理はない。


「今日は、ってどういう意味です?」


 真波が羽賀の言葉に疑問を呈す。


「いやね、最近テスト前だからか、図書委員の子が全然来てくれなくてね。一昨日の二年一組も昨日の二年二組も」

「そうなんですね……」

「だからずっと私一人で、届いた新書の整理をしてたんだよ。いやー、今日は二人が来てくれていて助かった。流石は私のクラスの生徒だ」


 宏樹の目が死ぬほど泳いでいる。


「ところで、その人は……?」


 罪悪感を紛らわすべく、宏樹が話題の切り替えを試みた。

 羽賀と共に図書室にやってきた女子生徒についてだ。

 モンブランの様な髪色をしたその女子生徒が口を開く。


「え、私のこと覚えてないの?」

「知らないです」

「う、嘘でしょ。ほら、よーく思い出してみて? 定例委員会のときのことをさ」


 定例委員会というのは、月に一度、放課後に各委員会ごとで集まって仕事内容の確認や説明などが行われる会のことである。

 真波の持っていた当番表も、定例委員会時に配布される。


「あ、あー、もしかして、偉そうに喋ってた先輩……?」


 宏樹、ナチュラル失礼発言。


「偉そうって何!? 図書委員長だから、そりゃ皆の前で喋ったけどさ!?」

「あ、すみません! 思ってたことがつい!」

「ホントに思ってたんかよ! 私泣いちゃうよ!?」


 宏樹よ、もうそれ以上罪を重ねるな。

 アワアワとたじろぐ宏樹を見かねたのか、真波が助け船を出す。


「私はちゃんと覚えてますよ、萩原詩央(はぎわらしお)先輩」

「お、おー! 君みたいな後輩がいてくれて私は嬉しいよ! 委員長やってる甲斐があるなぁ、うん」


 詩央は急に上機嫌になると、腕を組んで満面の笑みでウンウンと首を縦に振っている。

 その様子を見た宏樹は真波に対して小声で。


「萩原先輩のこと覚えてたならもっと早くに教えてくれよ……」

「どう考えても覚えてない星屋君が悪いじゃん! それに、サボろうとしてたことを羽賀先生に黙っててあげたんだから、帰りに駅前でアイス奢ってね」

「く、さっきのアイス作戦が裏目に出るとは……」


 羽賀はコソコソ話をしている二人を気にする様子もなく、


「萩原君とは偶然図書室の前で鉢合わせてね。新書整理を手伝ってくれることになったんだよ」


 萩原がここに来た事情を説明した。

 そして、図書室の端に積まれた段ボールを指さした。


「あれが届いた新書だよ。まだまだあんなに残ってるから、四人で手分けしてさっさと終わらせちゃおうか」

「あ、はい!」


 その後は、羽賀の指示通りにひたすら新書を分類分けして本棚に収納していった。

 羽賀によれば、この大量に届いた本は全て大澤が注文したものであるらしい。

 その整理は全て羽賀に丸投げしたようだ。

 教師歴だけで言えば圧倒的にベテランである大澤に対しては、羽賀も従わざるを得なかった。

 次々と段ボールの中から取り出され、貸出カウンターの上に積まれたそれを、真波が両手で抱えるように持ち上げる。


「え、高瀬さんそんな一気に運べる?」


 ふとその様子が目に入った宏樹が思わず声を掛ける。

 別に煽っているわけではなく、普通に心配してのことである。


「大丈夫だよ」


 真波からの返事を聞いた宏樹は、自分も本を運ぼうと貸出カウンターに視線を向けたその刹那。

 バサバサと本が落ちる音がしたのだ。

 反射的にその音がした方向に顔を向けると、真波が運んでいたはずの本が散乱していた。


「……」


 宏樹には何が起こったのか理解できなかった。

 これではまるで、真波が一瞬の内に消えてしまったようにしか見えない。

 本が散乱する音は羽賀の耳にも届いていたらしく、奥の本棚の裏から顔を出した。


「何かあった? 大丈夫かい?」


 しかし、そこには誰もいなかった。真波も、宏樹も。

 ただ床に新書が散らばっているだけである。


「どうかしたんですか、羽賀先生」


 萩原が羽賀の背後から声を掛けた。


「星屋君と高瀬君の姿が見当たらないんだよ」

「へぇ。本の整理が嫌になって逃げ出したんじゃないんですか?」


 そう言うと、萩原は手に持っていた一冊の新書を本棚に差し込んだ。

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