驚きのプレゼント
アダムは5歳の誕生日プレゼントだった。
得意満面の顔をしたお父様に呼ばれて居間に行くと、奇妙な物体があった。
ソファーに布をかけられたその奇妙な物体はドーンと大きくて、赤いリボンでなぜかグルグル巻きにされていた。
布が白かったので、まるで梱包されたミイラに見える。
ものすごく嫌な予感がして部屋に入りたくなかったけれど、お父様の期待に満ちたその輝く瞳を見てしまうと逃げることもできない。
お父様がここを引っ張ってごらんとリボンの端を私の手に無理やり握らせるので、ビクビクしながらそれを引くとあっさりリボンはほどけ、パサリと布が床に落ちた。
私は息をのんだ。
ソファーに座っていたのは、綺麗な男の人だったからだ。
真っ黒な髪を背中で細いリボンで結び、艶々した漆黒の瞳は黒曜石のようで、まるで物語の中から生まれ出てきた貴公子のようだった。
繊細な顔立ちは中性的に見えるけれど、細身の手も体も明らかに若い男の人のもので、私が思春期の乙女だったら一瞬で恋に落ちたかもしれない。
まだ感性が子供だったので、あまりに綺麗すぎてちょっぴり怖いなぁと思ってしまったのは内緒だ。
ただ、人間ではないと一目でわかった。
額に煌めく青い石が埋められていたからだ。
染みひとつない白い肌の中心で輝く青い光は、その顔同様に美しかった。
アンドロイドやロボットに備えられたヘッド・ストーンと呼ばれる宝石にも似たその石で、他のロボットやAI等と情報を共有・交換できるのだ。
「アダムだよ。イヴリンの付き添いになるから仲良くしなさい」
え? と私は変な声を出してしまった。
だって、人型をしているとはいっても、アンドロイドはどこまでいっても機械なので動くお人形だ。
人間を相手にするように、仲よくってどういう意味だろう?
お父様はアンドロイド工学の一人者らしいけれど、寝ても覚めてもアンドロイドのことばかりで、お母様が亡くなってから止める人がいないらしいから、とうとうおかしくなってしまったのかもしれない。
物を大事にするのと同じ感覚で丁寧にかかわることを「仲良く」と呼ぶのなら、仲よくできるかもしれないけれど。
戸惑いながらもとりあえず無言を通してしまい、ものすごくかわいそうな人を見る目になってしまった私はたぶん悪くないと思う。
だけどお父様は「うっ」と一瞬ひるんで、その後で「娘がひどい」とウソ泣きをしていた。
「アダムはすごいんだぞ。世界初の思考しながら進化するAIだからな」
ひとしきり泣きまねをして気が済んだのだろう。
気を取り直したようにお父様はアダムの我が子自慢を始めた。
「思考するAI」
「そう、自ら思考して、行動進化していくAIのプロトタイプだよ」
プロトタイプには、実験的に少数だけ作られるものをさす場合と、基礎的な性能だけを装備して後から必要なものを個別にカスタマイズするために余白を多く備えている場合の二通りがある。
アダムは圧倒的前者で、お父様いわく「同じものを作れって言われてもさすがに無理だなぁ」だそうだ。
思いつく限りの「最新で試してみたかった機能」をゴリゴリと押し切って限界まで投入したらしい。
なんだそれ。
とんでもない物を作らないでほしい。
与えられたプログラムではなく、情報や経験の蓄積から「最善」を選び取って行動すると言われてもピンとは来ないけれど、従来のロボットやAIの範疇を超えているのはわかる。
こういうのは個人所有するには嬉しくない最先端だ。
ワッハッハッてふんぞり返って笑っていたけれど自慢するのはおかしい部分なので、遠い眼になった私は悪くないと思うのだ。
渋い顔をしていたら、スゥッと横から目の前に白い毛玉を差し出された。
長い指がとてもきれいな白い手はなめらかで、毛玉はその上でくつろいでいる。
手のひらサイズの毛玉は小動物っぽいふわふわした丸い塊で、白い毛に埋もれそうな赤いつぶらな瞳が私を見ていた。
この毛玉も額らしき部分に青いヘッド・ストーンが埋め込まれていたので、お父様が制作したロボットなのだろう。
毛玉は重力操作の機能があるらしく、ふわりと宙に浮かんだ。
力の抜けそうな緩さで、室内をふよふよと飛んでいる。
これ、たぶん、癒し系というヤツだ。
「アップルです。小型なので情報系に特化し、通信や演算機能もあります」
「アップル? 白い毛玉なのに?」
「アップルはフォワース博士の命名です、マスター」
思わず声の主を見ると、いつの間にかイヴリンの近くに立っていた。
私を見下ろす瞳は、夜の闇のように深い色をしている。
「マスターはやめてね、アダム。初めまして、イヴリン・フォワースよ」
「アダムです。よろしくお願いします、イブリン様」
普通の人間同士のように自己紹介をして、アダムと握手を交わした。
アダムの声は心地よいテノールの響きで、抑揚も人と比べて遜色ないものだった。
瞬きも滑らかだし、表情も不自然なところがない。
アンドロイドに表情筋があるのかしらと、ちょっと気になってしまった。
明らかに、今まで見たことのあるロボットやアンドロイドとは違っていたので、イヴリンは思わず眉根を寄せてしまう。
マスター呼びを拒否したら即座にアダムは他の選択肢を導き、ふさわしい呼び方を選び出した。
私の感情としては「様」呼びもごめんこうむりたいのだけれど、アンドロイドとマスターという関係上では最も無難なはずだ。
アンドロイドとしての最適解。
そのはずなのに、何か引っかかる。
どう表現すればいいかわからないけれど。
他にも「お嬢様」とかいろいろと候補はあるだろうに、私が納得できる落としどころを見つけたのは、数多の情報から演算で選び出したとは思えない。
機械として選び出した答えに聞こえず、人が思考して選んだ答えに聞こえてしまったのはなぜだろう。
お父様は作ってはならないものを、作りだしたのかもしれない。
確証はないし、ただの勘だけど。
なんとなくだけど、嫌な予感がする。
アダムはアンドロイドの枠を超えているような、なにか。
でも、いらないとは言えないのも理解していた。
目の前にいるお父様は、今にもハミングを始めそうなほどご機嫌だった。
「ほら、イヴリンも来年から寄宿舎に入るだろう? 侍従や秘書は連れて行ってもいいからね。人間は信用できないけれど、アダムは万能だし、パパともいつでも連絡が取れるし、いいことだらけだろう?」
ホクホク顔のお父様には悪いけれど、軽く頭痛が始まってしまった。
寄宿舎に入るまでの一年でアダムとのやり取りにも慣れろということらしい。
普通の子女は教育係を担うような大人の女性か、年齢の近い侍女を連れていくことが多いと聞いていたけれど、お父様は護衛から世話係までアダムにまかせる気だ。
「イヴリンには悪いけれど、君のパパは有能すぎるから、君は狙われやすいからね。どうかアダムに守られてほしい」
最高の逸材だよ! 俺、天才だから! などと満面な笑みを浮かべているお父様に、私はため息がこぼれおちないように天井を見つめてしまう。
アンドロイドなら人のような体調不良も、相性の有無も気にしなくて良いから大丈夫って。
もっともらしい事を言ってますけどね、お父様。
それならごく普通のお兄さんやお姉さんの姿のアンドロイドでもよかったでしょう?
こんな美青年の横に立ち続ける私は、ちょっぴり不幸だと思うの。