ツンデレさんと騎士様
思い立って勢いで書きました。
「これ、差し上げますわ」
きれいに手入れをしているであろう白い手に濡れたタオルが握られてこちらに差し出されている。
「何黙って立っていらっしゃるのかしら!!私がタオルを渡そうとしているのよ!受け取るべきじゃない!」
早朝から騎士団の練習があり、日が昇ると同時に訓練場へやってきた。しばらく他の団員達と練習をしていると彼女がやってきた。名前は確かバーバラ。侯爵家の三女と同僚がいっていた。オレンジ色のクセがかった長い髪が朝日に照らされて輝いているように見える。
顔つきはきつく、ボルドー色の口紅をつけてよりきつく見える。目つきもやや吊り上っているが、美人の部類ではないだろうか。
彼女は時々騎士団の練習を見学しにきている。差し入れもしてくれている。初めはあの顔つきと高飛車な態度で団員達もいい顔はしていなかったが、高級菓子やワインに陥落していき、今では見学用の椅子とテーブル一式が用意され、そこで侍女がいれた紅茶を飲んで見学をしている。
そして連絡が終わるとタオルを渡してくれる。
「きょ、今日は暑いからた、タオル冷たくしときましたわ!」
「……お嬢様」
「……え?何?他にも?」
「朝食……」
会話の際には侍女がこのように足りないところを補ってくれているようである。ただ、丸聞こえなだけで。
「あ!そうそう!今日は特別に私が自ら作ったサンドイッチもあるのよ!お食べになるでしょ!?お座りになって!」
「いえ、自分は一騎士ですから、皆と食堂で頂きます」
「……え?」
「タオルいつもありがとうございます。それでは」
一騎士である自分が婚約者でもない女性から何かを頂くことはできない。彼女にタオルを返し、他の団員達と共に控え室へ戻ろうと踵を返した。
「お、おまちになって!!」
「……何か?」
「あ、あの……」
「……お嬢様、一緒に……」
「い、いいいいいい一緒に食べるのならいいのではなくって!?」
ほぼ叫び声で練習に参加している騎士団員達全員に聞かれたことであろう。前に同じことがあり、他の団員が揶揄ったところ泣き出して、逃げてしまったことがあった。それ以来、彼女を揶揄うことはだめ、という暗黙のルールが出来上がった。
「……食堂でなら……」
「やっぱり、私のサンドイッチ食べたかったのね!?さあ、行きましょう!」
バーバラ様には騎士団の食堂は侯爵家のご令嬢には厳しいかもしれない。それを侍女に伝えようとしたところ、目線で把握済みと訴えられてしまった。侯爵家の侍女はそこまで把握しているものなのか。
「朝からきつい練習をされていますでしょ?ですから私、ボリュームはあるけど食べやすいものを作りましたのよ。きっとお口にあうと思いましたの。……ク、ク、クク、リフ様のお好みは完璧にリサーチ済みですから!不味くはないはずですわ」
後半にかけて尻つぼみになって聞こえなくなるが、顔が真っ赤になっているので聞き返すと怒ってしまいそうだ。
もうかれこれ数ヶ月のつきあいだ。どこが地雷なのか何となく把握している。
「では今度お礼を……」
これまで多くの差し入れと気遣いには嬉しいところも多かった。お礼に必要な時に力になろうと、話そうとしたところ彼女が突然立ち止まった。
「お、お、おお、お礼」
まるで身体全体が全身鎧を来たかのような動き方になっていた。顔が一気に真っ赤になっていた。
「何か困ったことがあれば力になろう」
真っ赤な顔が一気にいつも通りに戻った。女性とは摩訶不思議なものである。バーバラ様だけなんだろうか?
「そ、そうよね。そんなお出かけとかいうような方ではなかったわね……」
「出掛けたいのか?」
「え?」
「護衛が必要ならいつでも声をかけてくれ。休みの日ならいつでも付き合おう」
「……お嬢様、好機です……」
「え?どういうこと?」
「……護衛をしてほしいといって二人で出かける好機です……」
「……それは不誠実ではなくて?」
「……そんな手を使わないとクリフ様とご結婚できませんよ」
バーバラ様の手に握られた扇子がビシッと音がして壊れたようである。
「では休みの日を教えてくださるかしら?どうしても私の護衛をしたいということですから、お任せ致しますわ」
新しい扇子に持ち替えて優雅に微笑む。こういう時は貴族のご令嬢だなと思う。
話すうちに騎士団の食堂へついた。騎士団の食堂は貴族から庶民まで様々な位の騎士が使用するため、スペースが分けられている。貴族は二階の窓辺一帯がソファ席や座り心地の良さそうな椅子と高そうなテーブルが並べられている。
ちなみに庶民スペースは一階の木の丸椅子に何十人も使用できるテーブルが並べられている。そこの一区画がどうにも貴族席のような高級そうな椅子とテーブルがあった。
「あちらに席を用意して頂いたのよ」
「……なるほど……」
なるほど、としか言えなかった。侍女の方が把握済みといっていたのはこのことだったのか。これは侯爵家のなせる技なのか。庶民である自分には想像しかできない。ウェイターまでいた。
あまりに場違いだが、ここ数ヶ月の間、彼女が騎士団に見学に来るようになってからこういうことが普通になってきているので、既に騎士団員は何も気にしなくなっている。良いのか?
「さあ、席におつきになって頂戴。……冷たい紅茶を出して頂戴」
「かしこまりました。お嬢様」
バーバラ様は椅子に座り、その向かいに座る。侍女はバーバラ様の後ろについている。落ち着かない。椅子がふかふかすぎるしテーブルが高そうで傷をつけてしまいそうだ。
「わ、私行きたいところがございますの!」
「どこですか?」
「庶民の皆様がよく、その、仲の良い男女がよく、その、行くという……」
「公園?」
「違いますわ」
「……お菓子屋さん?」
「お、お菓子屋さん?」
「お嬢様、カフェでございます」
「か、かふぇよ!知ってる?」
「……名前だけなら」
「有名なところが城下町にあるのですって?私そこに行きたいのよ!だから連れて行きなさい!!」
「今度の休みにそこまで護衛しとけばいいのか?」
「ええ!勿論!他にどこか行きたいところが有れば仰って!ついていきますわ」
そのタイミングでウェイターが紅茶を持って戻り、侍女がサンドイッチの籠を広げ始める。
「私、こう見えても料理は何とかできますのよ」
サンドイッチはバーバラ様がいっていたように食べやすそうな軽いものが数多く入っていた。所々お肉や果物が入っていた。
「どうぞおたべになって!」
「……一緒に食べないのか?」
「わ、私はこの後屋敷に戻った後に豪華な朝食を食べる……きゅるるるる」
その途端に顔が真っ赤になった。
「な、ななななな何の音かしら!?変な音が聞こえたものねー!?……きゅるるるる」
テーブルに突っ伏してしまった。バーバラ様のためにサンドイッチをいくつか侍女にいって取り分けてもらった。ウェイターには温かい紅茶とデザートをお願いした。
「バーバラ様、一緒に食べよう」
きっとあげた瞳には涙が一杯溜まっていた。そしてまだ顔と言わず全身真っ赤になっている。
「わ、私、侯爵家の令嬢ですのよ!こ、こんな、ことで負けないんだから!!」
勢いよく立ち上がりそのまま出ていこうとする。侍女は静かにその後を追っていく。
「次のお休みの時忘れないでくださいまし!!ご機嫌よう!!」
「デート……じゃなかった。護衛の件はまた連絡する」
その台詞を聞いた瞬間、口をあわあわさせ膝から崩れ落ちた。頭から湯気がでているように見えたが、意識を失ってしまったようだった。
その後バーバラ様を王城の救護室まで運びこんだ。侍女とウェイターには物言いたげに睨まれるし、後から団員達には揶揄われそうだ。
彼女と彼は、身分の差がありながらもその差を乗り越えて結婚し、幸せな家庭を築いたと吟遊詩人は歌う。
彼女は陰日向に彼を支え、彼は彼女を妻とするため、日々奮闘する物語の始まりの部分。