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ありふれた私の話  作者: ちゃいろ
第1章
3/3

目が覚めると、ぼんやりと薄暗い天上が見える。

うぅ…頭が痛い…。

なんでこんなに頭が痛いのか?

なんだか目もしょぼしょぼして開けにくい…。

寝起きで頭が回らない。

今何時だろう?

スマホを探して枕の周辺をパタパタとしながら探すが見当たらない。

ベッドの中でパタパタしていると、「おはようございます」と、誰かに話しかけられた。

びっくりして上半身を起き上がらせる。

天蓋カーテン越しに話しかけられ、昨日の記憶がジワジワと甦る。

あぁ…夢ではなかったのか…。

落胆が強く、胸が苦しくなり、嫌な汗が背中を伝う。

ユナが天蓋のカーテンを開けると、窓から覗く空が薄く白んできていた。

昨日、ユナから話された内容のショックで泣き疲れて眠ってしまい、翌日の朝になっていたようだ。

ベッド脇にユナが来て、もう一度「おはようございます、さおり様」と笑顔を向けてから白湯を手渡してくれる。

とても喉が乾いていたようで、ひりつく喉を白湯がゆっくりと染み渡って行くのがわかる。

ふぅ、と一息付いた頃に、「おはようございます」という声とともに、洗面具を乗せたカートが目の前に用意される。

カートを持って来てくれたのは、きりっとした目元にショートヘアーだから、たぶんマリーだったと思う。

顔を洗い、ユナとマリーに少しユルっとした薄ピンクのドレスに着替えさせてもらってから、テーブルへ移動する。

いや、自分で着替えられるしそう主張したけれど、仕事をさせてくださいと涙ぐまれれば断れなかったのだ。外からは見えないけれど、下着やら靴下やらがゴテゴテしていて確かに一人では着れなさそうだったので大人しく着替えさせてもらい、手を引かれてテーブルに移動だなんてどこのお嬢様かと自分でも思いましたとも…。

テーブルの席に着くとすぐに双子が朝食を持って来てくれた。

こちらでは洋食に近い食事を摂っているみたいだ。

用意された食事は、硬くてちょっと酸っぱいパン数種類に野菜のスープ、赤身のステーキにたくさんの種類の果物。

何のお肉なのかはわからないけれど、牛っぽい。牛だと思いたい。

ソースには油をたっぷり使っている様で見るからにギトギトとしている…

せっかくの赤身のお肉なのに油まみれとか勿体無い…

パンにはジャムやバターが付くが、既にバターをたっぷりと塗って焼いてある様子。

スープにも野菜だけでなく肉が使われている為、見るからに油っこそう…

一口ずつ食べてみたけれど、全体的に味が濃く油っこい…

果物だけは日本で食べたものとあまり変わらなかったので一安心した。

一般的な家庭では、私に出されたパンよりも遥かに硬くて酸っぱいパンに具なしのスープだけを食べているとのこと。

そこから考えると、あんなに邪険にされていた割りには破格の対応をしてもらっているのかと思う。

昨日は何も食べずに寝たからお腹は減っているけれど…。

うん、朝から重い。

30を過ぎた私には見ただけで胃もたれしそうだよ。

ご飯…自分で作りたいよ…。

味付けはもう少し薄味にしたり、出汁の工夫をしたり、油っぽさの少ないものが食べたい…。

けれど、何にも食べずにいた私のお腹は、脂っこさよりも空腹の方が我慢できなかったようで、全部ではないものの、果物を中心にお腹いっぱい頂くことができた。

いっぱい泣いて、色々と思うところはあったけれどご飯も食べて、少し元気になった気がする。

ユナに昨日はごめんねと謝り、お話の続きをして貰うことにする。



ユナ曰く。

私は魔力の高いお世継ぎを産むためだけに召喚されたらしい。王子たちには由緒正しい血筋のフィアンセがいて、国民は私のような存在がいることすら知らないという。

異世界から召喚された女性は、お腹様と呼び、子作りのために王子たちが訪問することもある為、ある程度整えられた部屋を与えられるのだそうだ。

食事にしても、なるべく栄養の高い物を与え、なるべく早く妊娠できるようにしていると。

本当に、子どもを作るためだけに召喚されたんだなぁ…。

フッと嘲り、涙が出る。

ユナは人間と獣人についても少し教えてくれた。

獣人は人間よりも高い魔力や能力があるけれど、数や知識で圧倒する人間が頂点に立ち、獣人は奴隷、もしくは使用人という立場の人が多いらしい。

ユナたちも侍女として働いているが、獣人は私のように表に出ない者に仕え、王族や高貴な方たちには人間が仕えているという。

自分たちはまだ幸せな方で、奴隷や外で生活している獣人たちは、それぞれに強い魔力や能力があっても数で圧倒する人間には勝てず、無意味な暴力に晒され続けているのだと、俯き、睫毛を震わせていた。

どうにかならないのかと聞いてみたけれど、小さな頃から奴隷契約や隷属契約をさせられている為、どうにもならないし、仕方のないことだと受け入れているのだという。

段々腹が立ってきた。

本当に勝手な人たち。

自分たちさえ良ければいいのか。

なんでそんなダメ人間たちの親玉の子どもを産み落とさなきゃいけないんだよ。そもそも触れられることさえ絶対に嫌だ。

……こんな国、滅びだらいいのに。





そう思ったら部屋がガタガタッと地震のように震えだす。


「ふぁ?!」

びっくりして変な声を出してしまったが、驚いたら地震?も止まった。



「なに?!地震?!この国って火山層がいっぱいあるとか?!」


不安になってユナに聞いてみるけれど、地震というものが何かユナはわからないみたいで、首を傾げられる。

それでも部屋が震えた理由はわかっているのか、ユナは眉を下げて悲しそうに言った。


「さおり様はその膨大な魔力を見初められて召喚された御身…。昨日も同様の現象が起きておりましたが、それどころではなく、気付かれなかったのかと…。」


………なんだそりゃ。

昨日もこんなことになってたなんて全く気づかなかった…。



「それから………

さおり様はこちらの世界で一日を過ごし、食事を摂取したことにより、魔力がこの世界に適応し始めた結果、小さな感情の起伏でも魔力が暴走しかけたのかと存じます…。」


「それってどういうこと?」


「こちらの世界に定着され、二度と異世界を渡ることが出来なくなるということです…」


「あなたは、こうなるとわかっていて行動したの?」

口に出たのは純粋な疑問。

彼女自身の気持ちを知りたかったのかもしれない。


「…………誠に、申し訳ございません………………」


聞き漏らしてしまいそうな、今にも泣き出しそうな消え入りそうな声で謝罪し、ユナは深く頭を下げた。

どうなるかわかっていて、上に命令されたら拒否できない彼女たちは、私をなんとか宥め、寝かしつけ、食事を摂らせた…。

…頭ではわかっている。

侍女たちのせいじゃない。

あの冷酷そうな目をした王族が悪いのだろう。


でも、私のこの悲しみはどこにぶつけたらいいのだろうか。

自分が知る "人間" ではなくなってしまったような、もう元には戻れないと突きつけられたこの気持ち。

悔しくて、やるせない。

少しは同じような気持ちになってくれているのか、侍女たちも悲しそうな、辛そうな顔をしてくれていたけれど…。

辛くて辛くて涙が溢れる。

今、この瞬間にも窓はカタカタと震えている。




……うるさい


うるさい。


うるさい!!!!



そう思えば思うほど、震えは大きくなる。





「この部屋は、魔力を強力に抑える施しがされておりますが、今は魔力がコントロールできずに暴走し、それでも抑えが効かなくなっているのでしょう…。

ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません…。

さおり様が魔力のコントロールを行えるようになれば、多少は不快な思いが減るかと存じます。

私の家は、魔力コントロールを安定させる力が強い家系のため、代々お腹様にお仕えさせて頂き、魔力のコントロールをお教えして参りました。

そのお手伝いを私にさせて頂けないでしょうか。お願い致します。」

ユナは深く腰を折り、私に懇願してきた。

彼女はこのお城に雇われている侍女であり、上に命令されて私のお世話をしているだけのはず。

それなのに、私のこと考えて、心配をして頭までさげてくれている。

今までのユナの言動から、それは嘘ではなく本心からなのだと、そう思う。

認めたくない。何もしたくない。

でも、殺されたくもない。

どうするべきなのかわからない…


「さおり様の身を守る為にも、お願い致します…」

どうしたらいいのか悩んでいると、ユナが更に言葉を重ねて腰を折っていた。

自分の身を守ることにもなるならやるしかないのだろう。

理解したくはないけれど、このままにもできない。そんな不安を抱えながらもユナに浅く頷く。


「よろしく…お願いします…。」




それからは、ユナに魔力コントロールやこの国、世界のことを教えてもらうことになったけれど…。

まずはお風呂に入りたい!!トイレに行きたい!!

たくさん泣いて汗もかいていたのにそのまま眠ってしまったのだ。身体がベタついていたし、トイレももう我慢できそうにない。

ユナに水周りを使ってもいいか、できたら使い方を教えてほしいとこっそり伝えると、にっこり笑って了承してくれる。

ユナに続いて隣の部屋に行くと、他の侍女たちもぞろぞろと付いてくる。

………何故。

人に見られながらトイレをする趣味はないし、出るものも出なくなりそうだ。

案内、使用方法を教えてくれれば後は大丈夫だと侍女たちを追いやろうとするが、自分たちの仕事だと侍女たちもなかなか引かない。

もう…漏れちゃうよ…。

涙目で必死に出ていってほしいと懇願するものの、ドレスの扱いなど、1人では困難だと説得され、ユナだけ残ってもらうことでなんとか他の侍女たちに出て行ってもらうことに成功した。

トイレは元いた世界と同じような形ではあるけれど、仕組みが異なる。トイレの穴は、大きいバケツのような陶器の樽状になっていて、底の方にスライム状の生き物が入っており、そこに向かって排泄する。

すると、そのスライムが排泄物を分解してくれるのだと言う。

この世界には、これ以外の様式のトイレはない。

また、トイレ自体が貴重で、使用人や一般家庭には専用のトイレがなく、共同のトイレしかないらしい。

このウニョウニョと蠢くスライム…

気持ち悪い…。

でも、そろそろ我慢も限界だったので、ユナにドレスと下着を捌いてもらい、トイレをする。

凄く恥ずかしい…。

ユナはなんでもないという様子で顔を背けてくれているし、スライムのお陰か、音も臭いもしないことがせめてもの救いだった。


トイレが終わると、ユナが水差しを片手に持ち、「失礼致します」とスカートを持ちあげようとする。

「ちょ、ちょっと待って!」

急にテンパって大声を出して止める私にキョトンとするユナ。

今まで下の世話なんてされたことがないし、人にアソコを洗ってもらうなんてさすがに嫌すぎる。

スカートをあげるのだけはユナにお願いして、水差しは自分で持って洗う。

あぁ…本当に嫌…

だれかトイレットペーパーとウォシュレットください…



トイレの後はお風呂。

そのお風呂でも一悶着…。

トイレが終わるとすぐにアメショ三姉妹がタオルや石鹸などの物品を抱えて入ってきた。

着替えはまぁしょうがないとしても、身体や髪を洗うのは自分でしたい。

けれど、侍女たちはそれこそ譲れない仕事なのだと頑なに主張する。王子と閨を共にする時だけ身体を洗ってもらい、それ以外では身体は自分で洗うこと、髪だけは侍女が毎回洗うことでなんとか合意してもらえた。

…あんな王子たちと閨を共にするなんて絶対嫌だし、阻止するために頑張るけれどね。

ふぅ…まだお風呂に入れてないのにもう疲れた…。

丁寧にドレスを脱がし、湯船に入れられる。

その脇で、ミリー?メリー?どちらかわからないけれど、獣の悪臭と鼻につくきつい香水の混ざった、吐き気を催す石鹸を使って桶で泡立てている。


「それ、私に使うの…?」

「左様でございます!」

もちろんですとも!とでも言いたげにニコニコ笑顔の双子さん。

「…………それ、使わないとダメ?」

そんな双子に言い放った私の言葉に、何を言い出したのかとびっくりした顔をしている。

いや、私からしたらなんても物を使うんだって思っているけれどね。

くっ臭い……。

でも今はこれしかないんだよね…。

一般の人は、この鼻につくキツイ香水のない、獣臭いだけの石鹸を使っているからただ臭くなるよりは用意してくれた石鹸の方がまだましなのだそう…。

ちなみに、王族や高貴な人たちも同じような石鹸しか使っていないと…。

仕方ないので、湯船に浸かりながら用意してくれた臭い石鹸で髪を洗ってもらい、柔らかなスポンジで身体を自分で洗う。

くっ…やっぱり臭い…。

臭いもきついけれど、洗浄力が強く、肌がヒリヒリと痛いし、髪の毛も思ったよりかは軋んでいないけれど指の通りが悪くなってしまっている…。

お肌と髪の毛のお手入れは手を抜いたことがなかったのに…悲しすぎる…。

暖まってから湯船から出ると、大きなタオルで拭かれ、シンプルなドレスを着させられる。

石鹸はあるけれど、トリートメントや化粧水というものはない様子。

唯一あるのがバターをお肌に塗りこむマッサージのみ。

まじか………。

これは早急に手を打たないと、お肌と髪の毛が死ぬ…。

何かと気にかけてくれる侍女たちだ。

お願いしたら、石鹸の改良やらトリートメントなど、用意してくれるかもしれない。

もう一度自分の肌と髪の毛に触れてみる。

ゴワッ………

カサッ………

キシッ………

………はあぁぁぁ

涙目になりながら深い深い溜息を付いた。

このままじゃいけない!三十路のおばさんをこれ以上惨めにしないで!


水周り部屋から出てすぐ、まだ双子が髪の毛をタオルで拭いてくれていたが、構わずデスクに向かう。

以前ハマっていた自然派シャンプーや洗顔、手作り化粧水等の作り方を覚えていたので、それを忘れないうちに書いてしまいたかったのだ。

ちなみにデスクに足が向くやいなや、ユナはサッとデスクに紙とガラスペン、インク壺を置いてくれていた。できる侍女さんである。

デスクの椅子に座り、ペンを取ると、石鹸を作る際の塩析方法、ハーブなどによる匂いの付け方、さらに、説明書きだけでできるかはわからないが、天然エッセンシャルオイル等の作り方を書き記していこうと紙に文字を走らせて数文字。

ピタリと手が止まる。

日本語を書くつもりで文字を走らせていたにも関わらず、そこにある文字は日本語ではなかった。

なんなら私の知っている英語、ドイツ語、フランス語とも違う、見たことのない筆記体だったけど、何故か書けるし、読める。

何故。

これは何語なの…?

混乱するものの、先程から顔がやたら突っ張り、髪の毛をゴワゴワとさせながら乾かされている現状を捨て置くわけにはいかない。

じわりと広がる嫌な不安や焦りに一旦蓋をして、只管にペンを動かしていく。

今はそれどころではないのだ。

スラスラとペンを動かし終え、机にコトリと置く。

うん、ざっとこんなものか。

書き終えた紙をユナに渡す。

ユナは読みながらふむふむと頷いているし、あの字はこの世界の文字なのだろう、きっと。言葉と文字に苦労しないチートをつけてくれた誰かにそっと感謝しておく。

「ここに書いたものは、お肌、髪の毛に良く、臭くない石鹸と、髪に艶を出したり、肌のキメを整える化粧水やエッセンシャルオイルというものの作り方です。今の石鹸だけでは確実に髪も肌も荒れてしまいます。私付きの侍女以外は誰も見られないように保管し、出来れば早めにその内容の物を用意してもらいたい…です…。

………できますか?」


初めは威勢よく話していたが、あまりの勢いに侍女たちがびっくりした様子が見え、最後の方は少し不安に思いながら声が小さくなる。

あれ?ダメだったかな…。

不安に思っていると、ユナたちがクスッと笑って「かしこまりました、ご用意させて頂きますね。」と紙を受け取ってくれた。

どうやら私の勢いに押され、びっくりさせてしまったようだ。

面目ない…。


「先代たちから、お腹様は高い魔力だけでなく、その高い知識も素晴らしかったとお聞きしております。残念ながら、その知識をうまく活かしきることも、継続させることもなかなかできていない状況で、申し訳なく存じます。」


うーん…

たぶん王族や高貴な人たちは差別意識が強そうだったから、異世界の知識なんて汚らわしくて用いたくないって感じなのかな?


まぁ、こちらの知識を活かすも殺すもここの人たちの勝手だ。注意されない限り、私も勝手にさせてもらおう。

ありがたいことに、侍女たちも快く引き受けてくれたから一先ず彼女たちに託そう。











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