2 紅ばら色と白ばら色のドレス
また別の日。真夜中姫とコルネリアがおそろいのドレスを着て、舞踏会に出席したことがありました。真夜中姫のドレスは紅ばら色、コルネリアのドレスは白ばら色でした。
ふたりが入っていったときから、会場の中心はこのふたりがいるところになりました。広間のどまんなかにいるときはもちろん、カーテンの陰の椅子で休憩しているときだって。
とびきり上質の闇を切り取ったような真夜中姫と、太陽のようなコルネリアはいつも、ひと目を引かずにはいられなかったのです。
……けれど。
「王妃様、コルネリア姫はどこです?」
ひとに言われて、真夜中姫はようやく、自分の友人の姿がないことに気が付きました。それぞれで踊りの輪に加わっているうちに、はぐれてしまったのです。
どんなに見回しても、その姿はかき消えてしまったように、どこにもありません。
「でも、まさかこんなところで、また誘拐なんてされないものよね……」
不思議に思いながら姫はつぶやきました。コルネリアを探しているらしい男性貴族が、ぴゃっと飛び上がります。
「ゆゆ誘拐ですってぇ。そんな! ぼくのコルネリア姫が一大事。急いで救出して差し上げなくっちゃ。きっと今ごろ、ぼくの名前を呼んで泣いているに違いないのに」
「違いましてよ、イェレミアス殿」
真夜中姫はかるく臣下をたしなめました。このコルネリアに恋する男性は、ときどき空想と現実の区別がつかなくなるようなのです。
「コルネリアが助けを求めるのなら、まず親友のわたくしに決まっているではありませんか」
「お言葉ですが、友だちより恋人でしょう」
「いつから恋人のつもりになったのです。だいたい恋人より親友でしょう。コルネリアはきっとまずわたくしを頼ってくれます」
話はどんどんずれていきましたが、結局ふたりはぷいと顔をそむけあって、正反対のほうにコルネリアを探しに行ったのでした。ふたりとも、とてもとてもコルネリアのことが大好きで、同じくらい心配をしていたのですからね。
太陽のように輝く彼女が舞踏会の中、とつぜん誰にも気付かれずに消えてしまうなんて、初めてのことなのです。
ぜんたい、どうしたというのでしょう。
友だちの姿を探して、真夜中姫はとうとう庭園にまで出てみました。月はありませんでしたが、ところどころに灯りが配された庭園は充分に明るく、美しい姿を誇るように浮かび上がらせていました。噴水が舞踏会に焦がれてか、ざわめきに似た水音を立てています。
夜そのもののような姫は、水音につられるように歩いていきました。
とことこ、とことこ……。
夜の精が導いてでもくれたのでしょうか。やがて真夜中姫の耳に、かすかな話し声がきこえてきました。
「どうしてわかってくれないんだ」
「どうしてわからなくちゃいけないの」
噴水の立てる音にかき消されがちの、男女の声。かたほうはコルネリアの声でした。もうかたほうは、誰のものだかわりません。
言い争っているような雰囲気も気にせず、歩を進めていた真夜中姫はけれど、ふと不審に思って立ち止まりました。
――どうして、噴水の向こうの人影は、ひとり分しかないのかしら?
そう、そこにはコルネリアしかいないように見えました。一見、彼女は噴水の縁に向かってしゃべっているようでした。そんなところに誰かがいようはずもありません。なのに、確かに聞こえてくる声はふたり分だったのです。
息を潜めるように見ているうちに、コルネリアが水面に向かって身をかがめ、令嬢らしさをかなぐり捨てて口を大きく開きました。
「ばか! わからずや! とうへんぼく!!」
叫んで、すぐにヒラヒラしたそでで目もとをぬぐいます。同時に「お願いよ……連れて行ってよ」と言う声が聞こえた気がしましたが、二度と男のひとの声は応えませんでした。
真夜中姫は呪縛から解かれたように見動きしました。理由はわからないながらも、泣いているらしい友だちを、ただぼんやり見ていることなど、姫にできようはずもありません。
でも、駆け寄って、どんなに聞いてみても、コルネリアは何でもないと、ただ繰り返すだけだったのです。
「ほんとに何でもないの、お妃様。ひとりごと。泣いてる? そうかしら。たぶん、ここに大きなカエルがいて……だから驚いただけ」
言葉がウソだということは、あまりにも明白でした。誰より夜の似合う真夜中姫は、明るい陽光の似合う親友の柔らかな手を、優しく握りました。
「わたくし、相談相手にもならない?」
「……心配させてごめんなさい。本当に相談するようなことじゃないのよ。でもお願い、ひとりにしてちょうだい、ちょっとだけ」
真夜中姫は悲しげに相手を見つめましましたが、言われた通りにしました。これは、とてもつらいことでした。会場への道をとぼとぼと戻る途中、なんど姫はため息をついたかわかりません。
しかし自分なりに理由を考えてはみたのです。
コルネリアが帰ったのを見届けてから、真夜中姫も舞踏会から引き上げました。侍女も返してしまって、そろそろと向かったのは、自分の部屋ではありません。すでに日の入りよりも、日の出のほうが近い時間。
なのに、開けた扉の向こうでは、あかあかと灯がともっていました。立ったまま燭台のそばで書類の束をめくっていた王様が、文字の連なりから目を上げました。かすかに灯火をまぶしがるような表情をします。
「真夜中姫。どうしたんだい、眠れない?」
問いかける声はどこまでも穏やかで、音楽的でもありました。もっとも、夜会服のままの相手に眠れない、という質問はふさわしくありませんでしたが。
真夜中姫は王様が窓横の壁を背にしているように、扉を背にしたままひと息に言いました。
「お願いがあります。じつは、コルネリアに恋人がいるようなんです。おそらくは身分違いの。あの子はひとり胸に秘めているみたいだけれど、わたくし、どうにかしてあげたくて」
それが、真夜中姫の考えた、コルネリアの悩みの理由でした。かなりのところ確信して、それなら親友のために何かしてあげたいと、王様のところにお願いに来たのです。
「あの子は泣いていたのです」
コルネリアの叔父でもある王様は、月色の頭をゆるくかしげました。寄りかかっていた壁から背を離し、書類の束を机に置きます。
「あなたは早合点するくせがあるね。あの子は身分が違うなんてばかなことくらいで、ためらうような女性じゃないよ。愛してるなら、泣いたりせずに、地の果てまでも追っかけていくだろうと思うよ。……遠い昔ばなしのように」
「じゃ、どうして?」
「どうしてだろうね。わからないけれど、あなたの願いだ。コルネリアが何かやっても、わたしは彼女の味方をすることを約束するよ」
王様はひとりごとのように「この前悪者たちを捕まえてくれた功績もあることだし」と置いた書類に視線を向けたまま、続けて付け足しました。真夜中姫はちょっとのあいだ王様の横顔を見つめました。
「ありがとうございます、陛下」
お礼を言って、それから扉の取っ手を握ったままだった手を動かし、そっと部屋を出ていったのでした。
夜のもっとも深い場所で染め上げたような髪が、廊下の暗がりに溶けていきます。
最後に絹ずれのさらさらとした音がして。
青い目で扉が閉まるところまでを見届けた王様は、また書類を手に取り、背を壁にあずけました。
さて、翌日もその翌日も、コルネリアは姿を見せませんでした。だから真夜中姫は、午後中、ひとりぼっちで木陰に座って、彼女のことをあれこれ考えていました。
姫は「そういうこと」に答えを与えるのを、なりわいにしている者たちを、大勢召し抱えていたのですが。友だちのことを考えるということが、嬉しくもありましたので、べつに神秘の力に頼ってみようとは思わなかったのでした。
木陰の真夜中姫は、木の根元に咲いているすずらんをながめながら、こう考えていました。
――コルネリアが誰かに恋をしているのは、間違いないはずだわ。わたくしにはわかる。だってあの子は泣いていたのだもの。でも、王様のおっしゃったことも確か。わたくしはコルネリアの話していた相手を見なかった。なにかわけがあるはずなのだわ。それさえわかれば。
けれど、どんなに頭を悩ませてみたって、答えなんてわかろうはずがありません。太陽はゆっくり空の中を泳ぎ行き、やがて真夜中姫はすずらんを残して、木かげから立ち去ったのでした。
天にはか細いきゃしゃな月が出ていました。
夜色の髪を持つ姫は、真っ白な夜着姿で、角灯ひとつさげて、長い長い階段を下っていきました。
姫が向かったのは、お城の中でも最も深いところです。牢屋の続く廊下を幽霊のように進んで行って、お目当ての鉄格子をのぞき込みました。
「こんばんは」
そこの住人は今まで眠っていたようでした。起き抜けに真っ白い人影を目撃して、ぎょえっと狭いベットからずり落ちます。先日コルネリアが捕まえた、もと姫お抱えの南の国の予言者でした。予言者はぶつけた肩をさすりながら、目を大きく見開きました。
「おおおおお王妃様……!?」
「そう。わたくし、あなたに聞きたいことがあって来たのですけれど。今よろしい?」
真夜中姫は返事も待たず、あまりきれいではなさそうな冷たい石だたみに、白いすそを広げて座りました。さっそく本題に入ります。よろしい? なんて聞いたくせに、相手の都合はおかまいなしです。
「それでね、あなたを捕まえたとき、コルネリアはだれかと一緒にいなかったかしら」




