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夢無し王子のカエル姫  作者: 水月 裏々
二十年前
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1 夜の国生まれの王妃様

 あるところに夜の国と呼ばれる王国がありました。小さな、本当に小さな王国でしたが、住人のだれもが、夜の色の髪や瞳を持っている不思議な国でした。

 その王様の子どもたちの大勢ある中に、ひとりのお姫様がおりました。このお姫様はとりわけ美しく、とりわけきれいな夜色をしていましたので、ひとびとに特別な名前で呼ばれていました。

 いわく、朔の闇の真夜中姫、と。

 夢のように美しい真夜中姫は、多くの王様や王子様たちに求婚されました。

 けれども姫は、百人の男性が訪ねてきて愛の詩を千篇捧げたって、万の贈り物を差し出したって、決してだれにも「はい」と言いはしなかったのでした。

 なぜなら姫は夜の国の外に、夜の色を持つひとはひどくまれだということを、ちゃんと知っていたからです。それは彼女にはひどく寂しく悲しく、心細い事実に思われました。

 けれども永遠にそうしているわけにはいきません。姫は父王の命令で、あるとき、とうとうお嫁に行くことになったのでした。


 真夜中姫をむかえた若い王様は、温かい黄金の月の髪をゆらして、少し首をかたむけてこう言いました。


「ようこそ、わたしの王妃となるひと。あなたは、わたしになにか望むことはあるかい」

「なら、わたくし……幸せになりたいわ」

「いいよ。あなたは王妃になるのだからね」


 それがふたりが交わした最初の会話でした。姫と王様とは祭壇の前で手を重ね、そうして真夜中姫は、お妃様となったのです。

 けれど王様は夜になって、ようやく宴会が終わり、ふたりきりなったとき。やさしくお妃様の髪にキスをして、安心させるようにほほえみました。


「あなたのことは、これからも真夜中姫と呼ぼう。あなたはもう、わたし以外にそう呼ばれることはないだろうからね」


 だからお妃様は、やっぱり真夜中姫でもあったのでした。王様は忙しいかたで、ほとんど夜しか顔を合わすことがありませんでしたので、姫は毎日自由に過ごしました。服も真珠も宝石も、望めば望むだけ与えられました。

 そんなふうに、夢の中のように過ごしていたからでしょうか。

 時が経ち……三人の子どもが生まれ、一番上の王子が十三、末の王子が六つになっても、姫は嫁いできたときの少女のままに見えたのです。

 もちろん、変わったこともありました。

 子どものことではありません。末王子のみはいつもそばに呼んで、かわいがっていましたが、その王子のことさえ、かわいがるだけでした。それだって、人形を相手にするときのように、気が向いたときだけ。世話はすべて召し使いに任せていました。

 変化は花の香を含んだ、外からの新鮮な風が運んできたものでした。姫にはじめての友だちができたのです。

 太陽の寵愛深き金髪に、春の空色の瞳をしたその大貴族の娘は、名をコルネリアと言いました。彼女もまた花の精のようにきれいな娘でした。


「ねえ、お妃様」とコルネリアは、いつもそう真夜中姫に呼びかけました。ふたりはお天気がいい日は、いつも木かげにテーブルを出して、そこでお茶を飲みました。だから今回コルネリアが真夜中姫を呼んで、会話を始めたのも、木かげでのことです。


「むこうの小さな泉のあるお庭をご存じ?」

「いいえ。わたくしきっと知らないわ」

「じゃあ今度一緒にいきましょうよ。あのね、すごいの、こんなに大きなカエルがいたのよ」


 コルネリアは、自分の前に置かれたトルテを、つつんとナイフでつついてみせました。そんな例えをしたら、たいていの令嬢は食べる気を無くしそうです。

 でも、()()()()さんとは不仲らしいふたりは、変わらず食べ続けました。真夜中姫がこくんとお上品に一欠飲み込んで、たずねます。


「それであなた、カエルと仲良くなったの?」

「さあ、どうかしら。ただ……この前あそこを通ったとき、ちょうど第三王子様に差し上げようと思っていたまりを、泉に落としてしまったの。そうしたら、ね、信じられる? なんとそのカエルさんが拾ってくれたのよ」

「まあコルネリア!」


 真夜中姫はくすくす笑いました。


「かわいいことを言うのね、コルネリア」

「ありがとう。でも本当のことなのよ、お妃様」


 コルネリアは不平顔です。


「ご自分だって、つい先日も『南国の予知能力者』なんて触れ込みのインチキ男を召し抱えたくせに。予言者なんてもう三人目でしょう。なのに、わたくしが少し夢見がちなことを言うと笑うというのは、ちょっとひどいわ」

「あら、まあ、そういうことじゃないってこと、あなたこそわかっているくせに。そんなふうに言うなんて、ひどいのはコルネリアだわ」


 ふたりはお互いに向かって頬をふくらませ合い、すぐに同時に笑い出しました。


「でも、ほんとのことだったのよ、お妃様」

「ええ、あなたが言うならそうだったのよ」


 真夜中姫が「ねえコルネリア、ずっとお友達でいてくれるわね」と言うと、コルネリアも「いつまでも、離れたって友達でいましょうよ」と言いました。

 そんなように、ふたりはまるで、物語の中の、あの色違いの二輪のばらの娘たちのように仲良しだったのです。


 さて、この数日後のことでした。

 昼食をすませた真夜中姫は、刺繍をしながら、いつものようにコルネリアを待っていました。ハンカチにばらとすずらんを咲かせてしまうと、新しく届いたドレスを着てみたり、次々侍女に髪を結い直させてみたりしました。

 日は傾いていき、やがて太陽は空を緋に染めようとこころみ始めます。そのころ姫は新しい髪型を考案し、満足して、今度は末王子を呼んで遊ぶことにしたのでした。

 部屋に来たエーデバルト王子は、今日の勉強の成果を報告してから、きょろきょろ周囲を見回し、小首をかしげました。大きな黒い瞳を、夕陽がぽわっと色付かせます。


「お母さま、コルネリア姫はこないのですか?」


 それは、午後中ずっと真夜中姫も考えていたことでした。新しい予言者に予言をさせてみようかとも思ったりしましたが、あいにく今日は出かけていて留守だったのです。

 真夜中姫は自分にそっくりの息子の顔を、憂いを込めてのぞき込みました。


「そう、こないのですよ。寂しいことね」

「どうして? ケンカしたのですか」

「ちがうわ。わたくしにもわからないの。用事ができたのかもしれません。エーデバルトはどうしてだと思いますか」


 んんんーと細い首とその上の頭が傾いていきます。肩まで伸ばした夜色の髪が一緒に揺れました。


「あのね、ぼく、きっとユ……ええと、ユウ……ユウカイ! されちゃったんだと思うんです。ミノシロキンめあてで、そういうことがあるって。このまえ教師が言ってたんです」


 いったいそれは何の教師だったのでしょう。

 王子は小さな握りこぶしを作って力説しましたが、もし本当に誘拐事件だったら一大事です。まさか、とちょっと想像して青ざめた真夜中姫に、追い打ちをかけるように「正解」と声がかかりました。

 声と一緒に扉が開いて、恐怖の水妖(ウンディーネ)が入ってきました。髪もドレスもぐっしょり濡れて、水がしたたり落ちています。後ろからはタオルを抱えた召使いたちが、ばたばた付いて来ていました。


「でも違いますのよ、王子様。身代金目当てじゃなくって、南の国に売り飛ばされそうになったんです」と水妖は続けました。


「まあコルネリア!」と真夜中姫が声を上げます。

「どうしたというの、その格好は。とうとうイェレミアス殿がおそってきたの? べつの崇拝者かしら。それとも弟ぎみとケンカして?」


 ちがうわよ、と裾を絞りながらコルネリア。


「だから、わたくし南の国に売り飛ばされそうになったの。お妃様、あの新しいエセ予言者はだめよ。あれが犯人だったわ。ひどい目にあった。今つきだしてきたところだけど」

「あらまあ。でも……じゃあなた、人買いの船から海を泳いで帰ってきたというの? すごいのねえ」

「残念だけど、そんなにすぐに船は出ないものなの。どこかの倉庫に半日入れられてたの」


 コルネリアは湿った髪を拭くついでに、においをかいでみて、きゅっと眉をしかめます。


「親切な通りすがりの男性のおかげで助かったのだけど、足を滑らせて海に落ちたのよね。――まあ、恐れ入りますエーデバルト様」


 濡れたタオルの代わりに乾いたものを差し出して、小さな王子はにっこり笑いました。


「ん、ぶじでよかったです。コルネリア姫のお顔が見られないと、ぼくもさびしいんです」

「ありがとうございます王子様。お優しいのね。これであと二十歳ぶんくらい成長なさってたら、わたくし押しかけ女房になってしまうかも」

「ううん。ごめんなさい、それはだめ」


 コルネリアの冗談に対する王子の返事は、とっても生真面目でした。「あらあら」とコルネリアは身をかがめて、あどけない顔をのぞき込みます。


「もしかして予言を気にしていらっしゃる?」


 この王子様には特別な予言があったのです。けれど王子は「それもそうなんですけど」と小さな眉間に、やっぱりちっちゃなシワをきゅっと寄せました。


「それだけじゃなく……あの、じょうずに言えないんだけど……だめなんです。だってコルネリア姫は目が違うもの」


 へんな言葉でした。聞いたほうは、ぱちくり目をまたたかせずにはいられません。


「……王子様にはもう意中のかたがおあり? いったいどんなお目々をしたかたなのかしら」

「あのね、ほんとは、ぼくにもわからないの。でもとってもとっても、とぉっても不思議できれいなんです。ぼく、それを知ってるの」


 王子様は夢見るお年頃のようでした。しかし一生懸命説明する姿が、あんまりにも可愛いらしかったので、コルネリアと真夜中姫は、ほほえみ合わずにはいられなかったのです。


「とっても不思議できれいな目ね。……そう、わたくしも知っているわ。お妃様と王子様の黒い瞳。それから…………緑の瞳」

「緑? 葉っぱとか、カエルみたいな色?」

「ええ。でも魂を抜かれてしまいそうな、すごいまでの緑の目をしていたの。あの――男のひと」


 コルネリアが口にしたのはそれだけでしたが、その表情は、もっとたくさんの何かを語っているようでした。だから真夜中姫は、なんだか不安な気分になって。まぎらわすように、幼い王子を膝に抱え上げ、自分と同じ色の髪に顔をうずめたのでした。

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