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カエルが30匹 王子様とお姫様

 魔法は嫌いだな、と言われても。カルラはそんなこと、とっくに承知しているのでした。エーデバルトは魔法使いはすべて詐欺師に見えるという、たいへん特殊な上にかわいそうな目の持ち主なのですから。

 しかし、それとこの体勢とは、なんの関係があるというのでしょう。今にも彼女を水面に落として、沈めてやろうと言わんばかりではないですか。

 いえ、外は暑いため、水のそばは涼しく快適と言えないこともないのですが……。


「…………ま、まさか、失意と超常現象嫌いのあまり、しゃべるカエルを泉にポイ捨てしようとか、理不尽なこと考えだしたワケだったり……」


 エーデバルトは怪訝そうに片眉を上げました。カエルの指差す水面を見て、ああと納得したような声をもらします。


「なんだってきみはいつもぼくを悪人にしたがるんだい。そもそもきみ泳げるじゃないか」


 なんだってこの王子はいつも「違うよ」とはっきり言わないのでしょう。それじゃあ溺死させようとも考えたのに、カエルじゃ泳げるのが残念だ、と言っているようにも聞こえます。

 カエルの非難の視線に、エーデバルトはちょっと目をそらしました。


「ぼくはただ――もしかして、きみが帰りたがるんじゃないかと思って」

「え、なんで?」

「……きみにかかった魔法をとく方法はなんだい?」

「え……」


 あたしにかかった魔法ですって。カルラは面食らいました。魔法使いと名乗る者は全員詐欺師だと思っているような、この王子様が今――魔法って? 幻聴でしょうか。え、ともう一度つぶやいてしまいます。


「もしかして頭打ったとか?」

「頭を打ってみればいいの?」

「ちがう! 暴力解呪反対!」


 もちろん壁に叩きつけ解呪にも反対です。生き物には優しくしましょう。生き物をいただくときにはちゃんと感謝して……

「って、そうじゃない!」

 カルラははっと我に返りました。ありえないと思っていた事態を前に、自覚している以上に、よほどうろたえているようです。


「そうじゃなくてね。いったいどうしたっていうの、王子。なんであたしが……あたしが……」

「どうしてきみが魔法……呪いかな……にかかってるか気付いたかって?」

「そ、そう」

「確信を持ったのは、きみの父ぎみにお会いしてすぐかな。きみが未だに気付かれてないと思ってたのが不思議なくらいだけど」


 目の前で木から落ちて、変身したりまでしていましたものね。しかしカエルが人間に化けたのではなく、人間がカエルになっているのだと理解しているのはさすがです。

 聞けば彼は魔法使いの家から戻ってきたときから、()()なのではないかという強い疑いを抱いていたということでした。あのいろいろ未遂事件前にやたら忙しそうだったのには、せっせと文献あさりなどをしていた、なんて理由も含まれるようです。

 そしてエーデバルトは「これはぼくの予想だから、間違ってても、あんまり気を悪くしないでくれると嬉しいんだけど」と前置きをしてから、手のひらに乗せたカエルにたずねました。


「きみの呪いを解くのに必要なのは、もしかして『愛』とかなんじゃないかい」

「な、なんで?」


 心のこもったキス……は、やっぱり愛が入っているのが王道かしら、なんて考えながらカルラは聞き返します。


「きみは夢の中で夢見る女の子だから」


 どういう意味でしょう。とりあえず王子は彼女が否定しなかったことで、自分の予想に確信を持ったようでした。納得したようにひとつうなずきます。


「それからきみ、王太子殿下のこと好きだろ」

「そりゃあね。もちろん大好き」

「……テオより?」

「まあ、そうね」

「ふうん」


 言って、エーデバルトは首を傾けました。


「カエルちゃんはやっぱり、好きな人に呪いを解いてもらいたいんだろうね」

「…………そう、ね……?」


 カルラも真似するように首を傾けました。いいえ、呪いを解いてくれるのは「運命のひと」の役目と決まっています。でも……解いてほしいひととなると、誰でしょう。選べるとしたら……?

 それは――とカルラは思います。

 当然王子様よ、そうでしょう?


「きみが帰りたがるんじゃないかって思ったのは、そこなんだ。ぼくが魔法がやっぱり嫌いな理由もね」

「どういうこと」

「ぼくが中途半端な調べ方をしたと思うかい。禁書になってる文献まで読んだんだからね。……魔法は、真実を映さずにはおれないものだとか。術者以外で魔法を解くことができるのは、『その魔法にかかっている者自身が選んだ者』だけだって書いてあったよ」


 いえ、ですから、呪いを解いてくれるのは「運命の人」に決まっているはずなのですが。どちらが本当なのでしょう。カルラは内心、そろそろプチンとねじ切れそうなほど、首と頭を捻っています。


「古いとある『旅』の風習についての記述もあった。事情をすべてわかってるわけじゃないけど、きみの旅は失敗に終わっちゃったってことなんだろ。残念だけど、兄上はきみを選ばなかったんだから」


 カルラの当惑に気付いているのかいないのか。おそらく後者の第三王子は、切なげにほほえみました。


「きみは友達想いのカエルちゃんだからね。ぼくがすねて引きこもってるふりをしてる間、心配して、一緒にいてくれたんだってことくらい、わかってるさ」


 引き留めてごめんと彼は言いました。


「でも、もういいんだ。ぼくはきみの友だちで、それだけ。そうだろ? なら、もういい。父ぎみのもとへ帰るといいよ。どうせぼくは魔法なんて大嫌いだ」


 待って、とカルラは返します。とにかく待って。ちよっぴりだけ、できるだけ手早く、頭の中を整理するから、終わるまで。

 けれど、ひとりで勝手に結論を出してしまったらしい王子には、待ってくれる気はなさそうでした。


「そばにいてくれて、ほんとに嬉しかったよ。今までありがとう、魔法にかかった小さなカエルちゃん」


 うつわの形にした両手が、ゆっくりと上がります。水面が離れ、反対に白皙の顔は近付いてきて。

 そこに座るカエルに――はっと仰向いたカルラの口に――熱いような柔らかな唇が触れました。


「待っ――」

「ばいばい、カルラ」


 瞬間、カルラは耳もとで、パンッと、何かが破裂するような音がしたのを聞きました。周囲に光が満ちていき、自分がその中で溶けていくのを感じます。一瞬のうちに、体がとろりと溶けて、それからまた、一瞬のうちに再構築されるのも。

 光がおさまったのと同時に、生き生きとした肌色の腕が伸びました。ぽかんと目を見開いている末王子の上等の上着の襟もとが、遠慮なくひっつかまれます。しかし間に合わず。


「だ、だから」


 まったくしゃがれていない、若い娘の声がうめきました。ぐらりと視界が傾いていきます。エーデバルトの体も、仲良く同じ角度に傾きました。彼は呆然と目を見開いたままです。まるで彼女の目に、魂を吸い取られてでもして、石になってでもいるみたいでした。

 やけっぱちでカルラは叫びました。


「だから待ってって言ったのに――――!!」


 バシャァンと、カエルが落ちるのとは、比較にならない水音が響きます。泉に盛大な水しぶきが立ち上がり、暑さでへばる植物に水を分け与えるように、あたりに飛び散りました。

 最近、木の上やら水面の上からやら、落ちてばかりいるような気のするカルラです。ばかり、ではないかもしれませんね。木と水で二回だけですので、もう一度……火の上なんかから落ちそうな気もします。


 ――それもイヤ!


 とはいえ、落ちた衝撃でか、エーデバルトはなんとか我に返ったようでした。すぐに泉の囲いの上まで自身と、カルラを引っ張り上げました。

 それでもいまいち、夢から覚めきっていないような表情です。ぼんやりと脱いだ上着を絞ってから、彼女の肩にかけ、またまじまじとその顔を見つめました。

「な、なんなの」上着の前をかき合せながら、カルラはどきどきしました。なんだか……なんだか……しゃべるカエルより珍妙な生き物になった気分。


「……きみの瞳は緑だったんだね」

「この目は父さん譲りなのよ」

「……髪は野花のはちみつ色」

「そっちは母さん譲りなの」

「きみは……やっぱり」

「え?」

「そうじゃないかと思ってたんだ」


 エーデバルト声は感極まったひとのように、かすかな震えを帯びていました。金貨の山を見つけた泥棒のように、両目にもいつにない光をたたえています。そしてそれが、食い入るように彼女を見つめているのでした。

「ねえちょっと」カルラの顔はだんだん赤らんできました。「ひとの話聞いてる?」


「もちろんだよ」


 水を含んだ髪を片手で耳の後ろにかきあげながら、エーデバルトは、夢の王子様のように微笑しました。


「昔、窓辺にいたね」

「なんのことよ。というか……そんなことより、ほかに言うことはないの。ほら、その、聞きたいこととか」


 疑問は少なくとも、カルラのほうにはたくさんありました。これは今度こそ本当に、自分の呪いが解けたということなのかとか、王子(あなた)はあれほど魔法を嫌っていたのにいいのかとか、じゃあやっぱりあなたはあたしを……とか。

 それに。


 ――まさか、あたしは、あなたを?


「魔法は真実を映さずにはおれないもの……」


 エーデバルトは詩の一節を暗唱するように、先ほど自分で言った言葉を繰り返しました。たぶん、先ほどとはぜんぜん違う心持ちで。


「きみは否定しないでくれたから、むしろ余計なことは何も聞きたくないな。ぼくはもうとっくに、悩みつくすほど悩んだんだから」

「あの、王子……?」


 居心地が悪い気までして、カルラは後じさろうとしますが、後ろは泉です。体をもぞもぞさせる彼女の頬に、エーデバルトはいっそ無邪気に晴れやかなまでの笑顔で、手を伸ばしてきました。羽のようにかすかな感触が頬をすべります。


「……赤珊瑚の瞳も魅力的だったけど、もとの色のほうが素敵だな。ね、もっとよく見てもいい?」

「だっだから緑は魔法使いの色なのよ。カエルは緑だし葉っぱも緑だし、空は青いし王子様は青い目だし金髪だし、金のまりは重要だし」


 もはや意味不明です。濡れた髪を優しく耳にかけられて、内心大混乱なのをごまかそうと、口を開いたはずのカルラだったのですが。逆に、すっかり頭が回っていないのを露呈してしまっていました。

 真っ赤な顔でうつむいてしまった彼女の、はちみつ色の髪を愛おしむようになでて、先を長い指に絡めながら、エーデバルトは体を傾けました。

「な、なによ」と下からのぞき込まれたカルラ。なんだか、胸をそらして強がっていないと、心臓が止まってしまいそうだと思いました。


「いいのよ、そんなにジロジロ見なくったって。あなた魔法使いの目は嫌いでしょ」


 聞いたエーデバルトは、ちょっと真面目な顔になりました。風のはささやきを聞くような、かすかな沈黙を挟んで。それから黒い瞳の末王子は、やっぱりにっこりして、魔法使いの娘にこう返したのでした。


「きみの夢の中の王子様は青い目だっただろうけど、ぼくが夢見てたお姫様は緑の目なんだよ。――離宮へ帰ろうか、風邪ひく前に」


 金の指輪のはまった、真っ白な手が差し出されました。カルラは身に染みつききってしまったクセのように、ぽんとその手をとって。

 まあいいか、と思いました。

 王子の言ったことについてや、今後のこと、自分の気持ちについてだって。もろもろすべて、あとで考えれば、まあいいか、と。

 結局エーデバルトは、帰れではなく帰ろうと言ったのですし、なんといっても、カルラが泉で拾ったのは、このひとの指輪だったのですからね。


 カルラがこの指輪を自分の指にはめることになるのは、もうほんの少しあとのこと。


 そののちふたりがどうしたかは、聞いてみなくちゃわかりません。




 ――おしまい――

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