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カエルが3匹 いちばん末の王子様

「ほら、あれが王子様」


 中庭に接する窓を開け、その枠にカルラを下ろした若者が外を指差しました。外は訓練所のようでした。

 剣や槍などを打ち合う音や、多くの人の声が、ひっきりなしに響いています。

 若者の指す方向に視線をやれば、確かに、ひときわ目立つ存在がいました。

 若者よりもさらに年上で、その髪も思っていたより暗い色ではありましたしたが、確かな金髪、剣を振るう凛とした横顔…………これは、本物です。カルラの思い描いていた通りの、憧れの王子様でした。

 でも。カルラはそ、と窓台に肘をついて中庭を眺めている若者に目をやりました。自分を送り出した父親の言葉が脳裏によみがえります。


『おまえは道の先でひとりの若者に出逢うだろう』


 その者こそがお前の運命になるだろうと、父魔法使いは言ったのでした。通ってきた『怒らぬ者』の黒い扉、その向こうで見た黒い瞳のちっちゃな赤ちゃん。


 あたしの運命って、王子様じゃなくて、このひとなんだ。


 カルラは凛々しい金の髪の王子と、黒い髪の若者を見比べ、少しだけ……ほんの少しだけ落胆しました。

 彼女は幼いころから、金髪の王子様と結婚するのが夢だったのです。なぜなら、それこそが王道の『めでたしめでたし』であり、運だめしの一番の成功だと思っていましたから。


「どうしたの、カエルちゃん」


 怪訝そうな、おとぎ話の王子様とは違う黒い瞳。

 後ろめたい気分になったカルラは、口の中でむにゃむにゃごまかして、また窓の外に視線を戻しました。――そして、思わず自分の声がしゃがれ声だということを忘れ、はしゃぎ声を上げます。


「わあ見て、かっこいい!」


 窓の向こうでら、王子様が対戦相手の武器を弾き飛ばして尻もちをつかせた上、ピタリと喉元に剣を突きつけていました。見事な腕でした。


「ああもう、まさに『王子様』って感じ! いや、うーん。この場合、どっちかって言うと騎士様?」

「王子様だよ、それで国一番の剣士。素敵だろ」

「ほんとに。女の子の黄色い悲鳴は独り占めだね」

「うん」


 カルラの褒め言葉に、にこにこ若者は少年みたいに本当に嬉しそうにうなずいて、王子様を見ています。それだけで王子様に憧れていることが、よく分かるほどの熱心さでした。

 なのに、その王子様のもとに従卒が駆け寄って何事かをささやき、王子様がぐるりとこちらを向いた瞬間。若者はぱっとカルラを持ち上げて、こそこそと部屋を出ていったのでした。


「ど、どうしたの」


 見つかりかけた泥棒みたいな動きに、カルラはあ然としてしまい、ようやくそう聞くことができたのは、部屋を出て廊下を越え階段を越え、さらに裏口らしき扉まで越えたあとでした。


「――どうって?」

「ええと、だいぶ泥棒みたいな動きだったけど、何かやましいことしたの」

「いや。なにもしないよ、カエルちゃん」


 若者はカルラを肩に戻して歩き続けました。なにもしていない、と言ったくせになかなかの早足です。逃げるように木々に紛れ、茂みをかき分け……。

 しだいにカルラは、この若者が、絶対何かあの王子様のものを盗んだりしたに違いない、と確信を持つようになりました。


「ねえ」

 ぺたぺたと綺麗な黒髪の先っぽを叩きます。


「謝ったほうがいいわよ」

「なにをだい」

「あの、よくわからないけど、とりあえず何か盗んだんなら返して謝るべきだわ。なくしてしまったんなら、それも謝るべきだわ。そうすれば仲良くなれるかもしれないわよ。大好きなんでしょ」


 若者が苦笑する気配がしました。足が止まり、また白い手袋に包まれた手の上に移されます。若者は近くの木の根元に腰を下ろしました。


「ぼくがあのひとを尊敬してること、わかるのかい、カエルちゃん」


 若者はカルラの乗った手を顔のそばに持っていき、目の前の親指と自分のどちらが大きいか試しているカルラを、のぞき込むようにして言いました。


「そうだよ。ぼくはあのひとを大好きだし誇りに思ってる。あのひとは強くて優しい……」

「うん。なに盗んだの?」

「きみってよっぽどぼくを悪人にしたいんだな。ぼくってそんなに悪人面してるかい」

「顔で人を判断しちゃダメだって父さん言ってたわ」

「じゃあ何で判断したの」

「中身?」


 カエルと人間はしばし見つめ合いました。中身って何、とお互い考える時間だったのでしょう。先にあきらめて口を開いたのは人間のほうでした。


「……きみの父さんも人みたいにしゃべれるのかい」

「ひとの父さんを人外みたいに言わないでよ」


 若者は目をぱちくりさせました。


「きみの父ぎみは、人間なの」

「当然でしょ」


 カルラは思わず半眼になりました。魔法使いは人間じゃないというのでしょうか。ひどい偏見です。


「じゃあ母ぎみは……」

「人間よ、当然。他のなんだって言うの」

「じゃあきみなんで」

「何。今度はあたしが人間じゃないって? 失礼な」

「だってきみどう見ても」

「あのねえ、あたしが人に見えないのは…………あ」


 カエルと人間はふたたび見つめ合いました。そうです、人とカエルです。自分のしゃがれ声にもなれてきていた上ついムキになって、ちょっと忘れていましたが、今カルラはカエルでした。そして呪いというものは――


「あのね、あたしがカエルなのは」


 打ちあけようとしたカルラは、口をぱくぱくさせたあと、言葉が出てこないことにガックリしました。しかし、とはいえ、わかってはいたことでもありした。

 呪いというのはたいていの場合、自分から話すことはできないものなのです。

 ですからカルラは、目の前の真っ黒な瞳、不思議そうに自分を見ている目に向かって、思い切りうそを吐きました。ええと、あたしがカエルなのはねえ。


「養女だからよ!」

「…………ふうん。きみのご両親はずいぶん変わり者なんだね。何をしてる人たちなんだい」

「魔法使いよ、父さんはね。母さんはずっと前に亡くなったわ。だからあたしたちは二人で鈴蘭の咲く谷に住んでるの。さらさら流れる川がすくそばにあって、とんがったモミの木(タンネンバーム)やヤドリギだらけの菩提樹(リンデ)もあちこちに生えてる」


 なんだかあの家にいたのはずいぶん昔のような気がします。出てきたのは今日のことなのに、もう懐かしくなったのでしょうか。


「魔法使いはもういないんだよ、カエルちゃん。魔法はもう何百年も前になくなってしまった」


 柔らかな声がそう言います。真っ白な手袋の上でうずくまって、カルラは「ふん」とつぶやきました。


「夢のない男はモテないわよ」


 若者はくすりと笑いました。


「残念、夢がなくてもぼくはモテるよ」

「運命の人には嫌われるわ」

「……そう?」


 なぜかちょっと気になったみたいに首をかしげた若者は、しかし遠くから聞こえた鐘の音に、すぐに笑顔に戻って聞きました。


「お茶の時間だ。ねえきみ、お腹はすいてないの?」

「お腹……」


 言われてみるとすいている気がするから不思議です。カルラが運だめしのために井戸に飛び込んだのは、昼前のことでした。魔法の空間の中で昼食の時間を逃してしまったのなら、それはお腹もすいていることでしょう。


「お腹は、へった、けど」


 カルラは言いよどみました。だって、カエルが食べるのって確か……ハエとか虫……だったような……。

 そんなものを食べさせられてはたまりません。


「あの、あたし、じつは人間の食べ物が大好きで」


 命綱か何かのように親指にしがみつく不審なカエルに、若者は別段不思議そうな顔もせず、ほほえんだままうなずきました。


「きみは特別なカエルちゃんだものね。なにが食べたい? 焼き菓子(ブレーツェル)練り菓子(マルツィパン)、それとも苺のケーキエルトベアザーネトルテ? それとも甘いものはいやかな」

「ううん、大好き」

「じゃあ決まりだ、盗みに行こう。少し我慢してて」

「え」


 立ち上がった若者にひょいと今度は上着の内側に放り込まれ、すとんと落ちかけたカルラはわたわたと慌てました。それからどうにかボタンに足をかけ、上着の襟の合わせ目に腕をかけてひと息付いたカルラは、片手でひらひらした薄いひだ飾りをかき分けながら口をとがらせ(たつもりになり)ました。


「ちょっと、何すんのよ。怪我でもしたらどうしてくれるの。だいたい盗みに行くってなに」


 すでに悠然と歩きだしていた若者は、せっせとカルラがどけたひだ飾りを、器用にもカルラに外が見える程度に戻して、こともなげに言います。


「ぼくらのためにこれから準備させるのは面倒だからね。もう出来上がってるところにいかなくちゃ。けれどそこは、悲しいことにきみみたいな可愛いカエルちゃんにも悲鳴を上げるような人たちばっかりなのさ。きみも目の前で悲鳴を上げて気絶されるのはいやだろ」


 それは確かにイヤかも、と生まれてこのかたそんな害虫みたいな扱いをされたことのないカルラは思いました。でも、いったいどこに行く気なのでしょう。


 答えは思ったよりも早く出ました。



「ええ、やはり夜会服はあの仕立て屋が一番ですわ」


「そういえばあなた弟ぎみが婚約なさったとか」


「まあその首飾りどこでお求めになったの」


「もうあの噂はお聞きになって」


 まあるく整えられた高い生け垣の向こうに現れた光景に、カルラは口をぽかんと開けました。そこで行われていたのは貴婦人たちのお茶会でした。

 白、赤、青、黄色。蝶のように優雅なたくさんの女の人たちが、色々な話に花を咲かせています。


「ここに、入るの?」

「そう。しばらく静かにしててね」


 カルラは思わずぐえっという声をもらしました。人の住まない谷に父親とふたりで住んでいたカルラは、お祭りなどで近くの町に行ったときも、どうしても女の子たちの中に入ることができませんでした。こういうところは苦手なのです。

 ……でも、男の人が女の人ばっかりのところに入るのには、もっと勇気がいるもんなんじゃないかしら。

 という考えは、ためらいなく足を踏み入れた若者に対する一瞬の静寂のあとの「きゃあーっ」という悲鳴に押しのけられました。害虫に対する恐怖や嫌悪の悲鳴ではなく、先ほどしゃがれ声ながらもカルラが、凛々しい第一王子様に向けて上げたのと同じたぐいの声です。


「エーデバルト殿下だわ!」

「エーデバルト様ですって?」

「うそ、どうしてこんなところへ」

「ああ夢の王子様(トラオムプリンツ)、本当にすてき」


 周りを見回さなくても、すべての視線と関心が若者に注がれているのが分かるようです。その注目度にカルラが圧倒されているあいだに、若者……いえエーデバルト(殿下、と誰かが言っていた気もしますが、どういうことでしょう)はひとりの女性に近付きました。

 金の衣装に細く白っぽい金の巻き毛をたらした、王女様のようなひとです。カルラより少し年上でしょうか。空に似た目で驚いたようにエーデバルトを見上げていました。


「突然おじゃまして申し訳ない、ローゼティーネ嬢」


 エーデバルトが優雅にほほえむ気配がしました。


「近くを通ったときに、あなたの竪琴のしらべのようなお声が耳に入って、どうしてもお顔を拝見せずにはいられなかったものですから」

「いいえ殿下。ここは王宮の庭園、あなた様が遠慮なさる必要のない場所ですわ。いつでもいらしてくださってかまいませんのよ」

「ありがとう、ローゼ。でもやはりお嬢様がたのお話の邪魔をするわけにはいかないから、失礼するよ。天の使いのように美しいほほえみを見られて本当に嬉しかった。では、また」


 ローゼティーネ嬢の手に自然でなめらかな仕草で口付けてきびすを返し、また他の数人の女の人と会話をするエーデバルトの、その見事な貴公子ぶりにカルラは呆然としました。

 でも、エーデバルトが皆に笑顔とお世辞を振りまきながら、さりげなくどんどんお茶会の中心部から離れていく腕前と、ついでに大きなお菓子の乗ったお皿を不審に思われることなくこっそりと盗んで行く腕前には、密かに感心してもいました。慣れているに違いありません。


「さあ、食べようよカエルちゃん」


 誰もいない場所に戻って、また木の根元に腰を下ろしてそう言ったエーデバルトは、なんとお盆とお茶まで持っていました。よたよた胸元から這い出してきたカルラの前に小皿を置き、いそいそと小さく切ったり割ったりしたお菓子を盛り付けていきます。

 その美味しそうな様子にニタニタしていたカルラは、あっ、とエーデバルトの黒い瞳を見上げました。


「名前を言っても聞いてもいなかったこと、思い出した。カエルちゃんでもいいけど、あたしの名前はカルラ、できれば覚えておいて」

「ああ、そういえばそうだった。失礼したね、ぼくはエーデバルト。自己紹介には姓も必要?」

「ううん。でもひとつ教えて」

「何だい」

「あなた王子様?」


 エーデバルト殿下は声を立てて笑いました。


「王子様っていうのは、ぼくのカエルちゃんによると金髪に青い目だって決まってるらしいけど」

「じゃ、あんたはニセモノよ。夢もないしね」


 ケッと息を吐いて菓子に噛み付いたカルラは、自分がばっちり歯のあるおかしなカエルであることに気付き、ひそかに心から父親に感謝しました。

 おかげで、こんなに美味しいものが食べられるのですからね。

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